第二十七話:旅立ち
神父様は、青年とエルを優しく見守りながら穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「ほれ、これが隣街までの二人分の通行証と、冒険者ギルドへの推薦証じゃ。無くすんじゃないぞ」
青年はその通行証と推薦証をしっかりと受け取り、深く頭を下げた。
「何から何まで、ありがとうございます、神父様」
神父様はにこやかに頷き、続けて言った。
「お主の家のことは、こちらでしっかり管理しておくから、心配いらんぞ」
青年はその言葉にほっとしたように息をつき、心の中で少しだけ安堵の気持ちが広がった。これで家のことを気にすることなく、冒険に出られる。
その時、青年は少しだけ足を止め、神父様に向かって声をかけた。
「神父様、実は…少し寄りたい場所があるんですけど、よろしいでしょうか?」
神父様は眉を上げ、少し驚いた様子で問いかけた。
「ほう、どこに行きたいんじゃ?」
青年は一瞬迷ったが、静かに答えた。
「祖父の墓です。しばらく家を空けるので、挨拶に行こうかと」
神父様はその言葉を聞いてしばらく考え込み、やがて優しく頷いた。
「そうか、あいつはきっと待っておるぞ。行っておやり」
青年はその温かい言葉に感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
青年の目には感謝の気持ちがこもり、ほんの少しの涙が浮かんだ。それでも彼はその涙をぐっとこらえて、静かに一歩を踏み出した。エルも無言でその後ろをついて歩き、二人は教会の扉を開けて外に出た。そこから始まる新たな冒険が、少しずつ、確かなものとして近づいていた。
教会の前に立つ神父様とシスターは、二人の後ろ姿をしばらく静かに見守っていた。青年が一歩一歩進むたびに、シスターの目には止めどなく涙がこぼれ落ちていた。神父様は穏やかな表情を浮かべ、その姿を見送る。
シスターは涙をぬぐいながら、小さな声で言った。
「坊や、エルちゃんをしっかり守るんだよ」
そしてエルに強く抱きつくと、続けて言った。
「やっぱり、別れたくないわ…」
エルもまた、涙を浮かべながらシスターにしっかりと抱きつき、心の中で何かを伝えたかったが、それは言葉にはならなかった。
その時、神父様が静かにエルの耳元で囁くように言った。
「エルちゃん、人間の言葉ではこういうんじゃ」
エルは、少しぎこちないけれど、穏やかな声で答えた。
「ありがとう……行ってきます」
その言葉は、シスターにも神父様にも、しっかりと届いた。
青年はその姿を見て少し目を潤ませながらも、しっかりと口を開いた。
「神父様、シスター。行ってきます」
その言葉を最後に、青年は静かに教会の門をくぐった。エルもその後ろに続いて歩を進め、二人の姿はだんだんと遠くなる。やがて、見えなくなった教会の前に残るのは、神父様とシスターだけだった。
しばらくして、以前青年とエルを教会に送ってくれた恰幅のいい商人が現れた。商人はしみじみとした表情で、神父様に声をかけた。
「……行ってしまいましたね」
シスターはまだ涙をぬぐいながら、商人に問いかけた。
「なんだい、あんた今ごろ来て、見送らなくてよかったのかい?」
商人はにっこりと笑いながら答えた。
「私にはそういう役は似合いませんから」
神父様は静かに言った。
「あの子が、こんなところで一生を終えるとは思えんかった。冒険に出るいいきっかけができて、わしも嬉しいぞ」
商人はその言葉を静かに受け止め、微笑んだ。
「そうですね。あの子たちは、第一歩を踏み出したんですね」
神父様は心の中で思った。
(勇者よ…あんたの孫は、旅に出たぞ。きっと素晴らしい冒険者になるだろうよ)
商人は静かに頷き、シスターはまだ涙をぬぐいながらも、涙を隠すことなく泣いていた。
教会の前には静けさが戻っていたが、その空気の奥には、確かに新しい希望の気配が満ちていた。
神父様の微笑みは、その未来を信じている者のものだった。