第二十三話:夕食のひととき
夕暮れ時、厨房から漂う香りが部屋に広がる。シスターが軽やかな足取りで戻ってきて、青年に指示を出した。
「坊や、料理ができたわよ。お皿を並べてくれる?」
エルは静かに座っていたが、すぐに立ち上がり、手伝おうとした。しかし、シスターが優しく手を振って言った。
「エルちゃん、あなたは座ってていいのよ。今は坊やがやる番だから」
エルは、少し戸惑った様子を見せながらも、すぐに静かに座り直し、青年の手元をじっと見つめている。シスターは、そんな二人を見て、小さく微笑んだ。
その時、教会の扉がゆっくりと開き、神父様が戻ってきた。ゆっくりとした足取りで部屋に入り、にっこりと青年に微笑みかける。
「おお、もう料理を並べたか?」
「はい、もうすぐです。」
青年はお皿を並べ終わると、神父様に向き直った。
「神父様、どこに行っていたんですか?」
神父様は少し曖昧な表情を浮かべながらも、にっこりと答えた。
「うむ、ちょっとした野暮用じゃ」
青年は少し疑問に思いながらも、問い返すのをやめ、神父様が席に着くのを見守った。皆が食卓につき、シスターが静かに手を合わせる。
「それでは、食事の前に祈りを捧げましょう」
食卓に座る全員が目を閉じ、祈りを始める。青年はすでに慣れているため、心を落ち着けて祈りを捧げるが、エルはどうやらこの習慣を知らなかったようだ。慌てて他の皆に合わせて目を閉じ、手を合わせる。
祈りが終わると、食事が始まる。神父様が突然、エルフ語で話し始めた。
「そういえば、エルちゃんだったのか?森に帰すのは、この青年が送ってくれるぞ」
その言葉に、エルは一瞬きょとんとした表情を見せ、青年もまた、その言葉の意味を尋ねるように神父をねた。
「神父様、エルに…なんて言ったんですか?」
神父様は軽い調子で答える。
「お主が森に返すとエルちゃんに言ったのじゃ」
青年はその言葉に驚き、口の中の料理を思わず吹き出しそうになったが、すぐにシスターの鋭い視線に気づき、慌てて食べ物を飲み込む。
「こら、汚い!」とシスターが一喝した。
神父様は笑いながらも、少し真剣な表情に変わった。
「実はな、隣街までの通行証を発行したんじゃが、期限が1週間しかないんじゃ」
青年はすぐに反応した。
「なんで急にそんなことを、しかも一週間って…。どういう意味ですか?」
神父様は軽く肩をすくめる。
「間違えたんじゃ、許してくれ。次の発行は来月じゃから、いつまでもここにエルちゃんを置けるほどここは安全じゃない。だから、明日行ってくるんじゃ」
青年はますます理解できずに尋ねる。
「森に帰すんじゃないんですか?隣街に行ってどうするんですか?」
神父様は穏やかな表情で答えた。
「森に返すと言っても、どこの森じゃ?隣街には、この街にはない冒険者ギルドがあるんじゃ。そこで情報を集めてこい。ついでに冒険者登録をしてこい。わしの名義で推薦してやるわい」
青年はその話に完全に置いていかれた感じだった。
「冒険者登録…ですか?」
「うむ、そうじゃ。エルちゃんの行く先が決まってないから、まずはその情報を集めるべきじゃろ」
シスターはにっこりと微笑み、何事もなかったかのように言った。
「とりあえず、食事を楽しみなさいな。明日のことは明日考えましょう」
青年はそれ以上何も言えず、ただ黙々と食事を続けるしかなかった。エルも無言で食事を口に運びながら、時折青年の方を見ている。それがどこか心に響くものがあり、青年はふと深呼吸をした。
(明日か…)