第二十二話:料理の時間
青年は、少し照れくささを感じながらも、エルフ語を使った自分に誇らしさを抱いていた。エルが笑顔を取り戻した瞬間、胸の奥にふっと温かい感情が広がり、その表情に心が軽くなるのを感じていた。
「さて、じゃあ勉強は一旦おしまいじゃ。」
神父様がゆっくりと立ち上がると、目を細めながら言った。
「今日はよう勉強しとったな。もうすぐ晩飯じゃ。もう遅いから今日は教会に泊まっていくといい。」
青年は驚きながらも、少しの間考えてから頷いた。
「泊まる…って、いいんですか?」
神父様は頷きながら、にっこりと笑った。
「うむ、今日はお前も疲れているだろうし、教会で少し休むがいい。ワシはこれからちょっと用事があるのでの、後で戻る」
そう言うと、神父様はゆっくりと部屋を出て行った。青年はその背中を見送ると、静かな部屋に残され、ふと目をやると、シスターがすでに動き出していた。
「さあ、坊や達、今日はシスター特製の料理を食べてもらうわよ!」
シスターはにっこりと笑いながら言うと、青年は少し緊張しながらも頷いた。
「ありがとうございます、楽しみにしてます」
「でも、その前にエルちゃんにちょっとお願いしてくるから、少し待っててね。」
そう言うとシスターはエルに向かって歩き、手に持っていた修道服を渡しながら優しく言った。
「このドレスだと、ちょっと食べにくいかもしれないね。さっき教えた着方で、この修道服に着替えておいで。大丈夫、分かるわよね?」
エルに通じたのか、無言で頷き、シスターの部屋へ向かって歩き出した。その静かな背中を見送った青年は、部屋に一人残されると、何となくぼんやりと立ち尽くした。
頭の中で今日の出来事がぐるぐると回る。エルの美しさに目を奪われ、エルフ語を使ったことに誇りを感じつつも、心のどこかで疲れが押し寄せてくる。
その時、シスターが戻ってきた。
「何ボーっとしてんだい、坊や!あんたは料理手伝いな!」
シスターの元気な声に、青年ははっと我に返り、慌てて答えた。
「え、あ、はい!」
青年は少し慌ててシスターの後を追った。厨房で「玉ねぎを切って」「お皿を並べて」と指示されるままに手を動かす。野菜のトントンという音や、食器のカチャカチャという音だけが聞こえる中、作業に集中していると、エルへの戸惑いや神父様の言葉への迷いが、少しずつ消えていくのを感じた。忙しく手を動かすうちに、ざわついていた心が、静かになっていった。。
(今日は色々あって疲れたな…)青年は心の中で思った。エルのこと、神父様の言葉、そしてシスターの明るさに囲まれながら、ようやく無事に今日が終わりそうだと、少しだけ安心感が広がった。
その時、エルがシスターの部屋から戻ってきた。修道服に着替えたエルは、先ほどのドレス姿とはまた違った落ち着いた美しさを持っていた。身に纏った修道服はシンプルでありながら、その姿をより静かで優雅に見せていた。エルは無言でシスターが用意した席に静かに座り、青年の方を一瞬だけ見つめた。
その静けさが、部屋の空気を穏やかに包み込んでいた。