第一話:目覚めし森のエルフ
ゆっくりと、意識が戻る。
背中には、ひんやりとした地面の感触。
目を開けると、見慣れない景色が広がっていた。
頭上には木々の葉が重なり合い、緑の天井のように空を覆っている。葉の隙間から差し込む陽の光が、まだら模様となって地面に踊っていた。空気は澄み、草や土の香りに、ほのかに甘い花の匂いが混じっている。
(ここは……どこだ?)
体を起こそうとした瞬間、自分が何も身につけていないことに気づき、思わず声が漏れた。
「え……?」
慌てて腕を見る。色白で細く、まるでガラス細工のように繊細な肌。指はすらりと長く、爪まで整っている。以前の自分の手とは、明らかに違う。
(なんだ、この腕……これが、私?)
さらに全身を見て、言葉を失った。
――全裸だった。そして、胸元が明らかに以前より大きなものへと変わっていた。
「うそでしょ……」
鏡がない。けれど、近くに小川のせせらぎが聞こえる。水面に自分の姿が映るかもしれない。
ふらつく足取りで川辺に近づき、しゃがみ込む。
水面に映ったのは――
信じられないほど美しい、金髪の女性だった。
「……誰?」
(いや、これ……私?)
透き通るような白い肌、吸い込まれそうな青い瞳、整いすぎた顔立ち。
そして、耳の先は……わずかに尖っていた。
(エルフ……? まさか、そんなバカな……)
「本当に、エルフに……なってる……?」
戸惑いながらも、その美しすぎる顔に、思わず見とれてしまう。
(すごく……綺麗だ)
「……いやいや、落ち着け、私」
深呼吸をしてみるが、心の中は混乱と驚きでいっぱいだ。
昨日まで自分だった存在が、今、目の前のエルフであるという現実――とても信じられない。
「服……どこにもないし、どうすれば……」
見慣れぬこの世界には、ゲームのような便利なインベントリもマップもない。ただ、自分がとんでもない状況に置かれていることだけは確かだった。
けれど、心の奥底に、ほんの少しだけ湧いてきた感情があった。
(魔法とか……使えたりするのかな? エルフなら、そういうの、あるかもしれない)
好奇心、不安、混乱。いろんな感情が渦巻いているけれど、なぜか強い絶望や怒りはない。むしろ、これからどう動くべきか、冷静に考えようとする自分がいた。
「……まずは、何か身に着けられるものを探そう」
サラサラと風に揺れる金髪に触れながら、水面の自分に小さく頷く。
「これから、どうすればいい……?」
名前も過去もすべてを置いて、
美しき金髪のエルフとして生まれ変わった者の物語が、今、静かに幕を開ける―