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長野の風と新たな人生

作者: 信州 烏月

異世界で3K(汚い、臭い、危険)職場で働いていた彼は、過酷な環境のせいで皮膚病に悩まされていた。日々の生活は苦痛そのもので、救いを求める気持ちが常に胸にあった。そんなある日、彼の目の前に突然まばゆい光が現れる。そして目を開けると、そこは長野という国――美しい自然と清らかな空気に包まれた日本の地だった。


長野では小学生として新たな人生が始まる。名所を巡り、澄んだ空気を吸い込むことで、少しずつ心と体が癒され、悩みの種だった皮膚病も回復していく。転生前では味わえなかった「普通の幸せ」に触れる日々の中で、彼は新たな夢を見つける。長野の風景に感謝しながら、再び誰かを助けられる存在になりたいと願い始めるのだった。


朝日が山々の間から差し込み、霧が立ち上る美しい風景に目を奪われる。

「ここは……どこだ?」


少年は気づいた。自分がいたあの汚れた世界ではない。奇妙な生臭さも、重苦しい空気もない。代わりに、涼しい風が頬を撫で、草や木の香りが肺の中に心地よく広がる。


足元を見ると、いつの間にか小さな子供の体になっていた。制服を着たまま、少年は見知らぬ道を歩き出す。行く先で出会った地元の人々は皆温かく、学校へと案内してくれた。


「新しい名前は……翔太か」


教室で受け取った名札を手に取り、翔太は微笑んだ。かつての生活では、名前を呼ばれることすら稀だった。そんな自分が、ここで一人の「子供」として認められる。その事実に胸が熱くなった。


日々の学校生活を送りながら、休日には観光地を巡ることが翔太の日課となった。善光寺の鐘の音、上高地の澄んだ水、野沢温泉の湯煙……それぞれが翔太の体と心を癒してくれる。転生前では考えられないほど、皮膚がつるりと健康的になり始めていた。


「長野に来て、本当によかった。」


しかし、平穏な日々の裏に、異世界から翔太を追ってきた存在の影が近づいていた……。




長野の山里の暮らしに慣れた頃、翔太は奇妙な気配を感じるようになった。それは風がそよぐ音に紛れ、時には足元の影の中からじっと自分を見つめる感覚だった。誰かが見ている――それもただの人ではない、何かもっと恐ろしい存在。


「気のせい……かな?」


しかし、翔太はその違和感を無視できなかった。ある放課後、学校の帰り道で山道を歩いていると、背後から低い声が聞こえた。


「見つけたぞ……。」


振り返ると、そこには異世界で見覚えのある巨大な影。黒い霧に包まれ、異様に長い腕を持つその姿は、かつて少年を支配していた工場の主だった。


「逃げられると思ったか、小僧?」


翔太の全身が凍りついた。転生して新たな人生を手に入れたと思っていたのに、異世界の闇がここまで追ってきたのだ。


「どうして……! もう関係ないだろ!」


声を振り絞りながら走り出す翔太。しかし、影の怪物は追いかけてくる。そのスピードは異常で、翔太の小さな体では到底逃げ切れない。


---


### 不思議な助け


そのとき、遠くから鈴の音が響いてきた。シャリン……シャリン……。音が近づくにつれて、怪物の動きが鈍くなり始めた。


「何だ、この音は……!」


怪物が苦しそうにうめき声を上げる。その瞬間、翔太の前に一人の老人が現れた。白い髭をたくわえたその老人は、山伏のような格好をしており、手には金剛杖を持っていた。


「やれやれ、長野の山を汚すとは……たまらんのう。」


老人は軽く杖を振ると、鈴の音が再び響き渡った。すると怪物の黒い霧が次第に薄れ、やがて完全に消え去った。


「助かった……?」


地面にへたり込んだ翔太を見て、老人は穏やかに微笑んだ。


「坊主、どうやらお前は訳ありのようじゃな。」


翔太はすべてを話した。異世界での辛い日々、転生した理由もわからないまま長野での生活が始まったこと、そして皮膚病が癒えた感謝のことも。老人は深くうなずいた。


「この地には不思議な力がある。善き心でいれば守られる。しかし、異世界の影を引きずるなら、完全に振り払う方法を見つけねばなるまい。」


翔太は勇気を振り絞って尋ねた。


「その方法って……?」


老人は空を見上げ、静かに答えた。


「長野の自然と向き合い、自分の中に眠る力を呼び覚ますことじゃ。この山々の清らかな水と空気が、お前に教えてくれる。」


---


### 山々の力


それから、翔太は老人の導きのもとで特訓を始めた。早朝の山登りや、温泉での瞑想、そして地元の神社での祈りを通して、翔太は少しずつ「自然と繋がる感覚」を学んでいった。


ある日の夕方、山の頂でふと風が止み、周囲が静寂に包まれた。その瞬間、翔太の手のひらに柔らかな光が灯った。


「これが……僕の力?」


その光は温かく、全身に広がると安心感に包まれた。そして同時に、心の奥に眠る確信が芽生えた。


「もう逃げない。異世界の影だって、この力で追い払ってやる!」


---


次に訪れる危機に備え、翔太は再び歩き出す。長野の自然がくれた力を胸に、翔太は新たな自分と向き合っていくのだった。



---


特訓が続く中、老人はある日翔太に提案した。


「坊主、次は軽井沢へ行くがよい。あそこには、特別な水が湧き出る場所がある。お前の力をさらに強める手助けをしてくれるじゃろう。」


「軽井沢……?」


翔太は少し聞き覚えのある地名に興味を持った。友達から「避暑地」として有名だと聞いていたが、それ以上の意味がある場所だとは知らなかった。


「だが気をつけるのじゃ。あそこには、お前を狙う者たちが潜んでおる。」


そう言われたものの、翔太は決意を新たに軽井沢へと向かった。電車に揺られ、車窓から見える山々の緑が次第に深まっていく。到着すると、そこには異世界とは比べ物にならない清々しい空気と、広がる浅間山の壮大な姿があった。


---


### 軽井沢の秘密


翔太は軽井沢駅を出ると、地図を手に「湯川渓谷」という場所を目指した。老人から聞いた話では、この渓谷にある清らかな水が「特別な力」を持つという。


道中、翔太は観光地としても有名な旧軽井沢銀座通りを歩いた。活気ある通りでは地元の名産品やおしゃれなカフェが並び、観光客の笑顔があふれている。しかし、翔太はどこか落ち着かない気分だった。


「この感じ……また、誰かが見てる。」


気配を感じながらも、翔太は渓谷を目指して歩みを進めた。そしてたどり着いた湯川渓谷は、想像を超える美しさだった。川のせせらぎとともに、ひんやりとした風が翔太を包み込む。川岸にしゃがみ、水に手を触れると、不思議な感覚が全身を駆け巡った。


「これが……あの水の力?」


水が放つわずかな光が、翔太の手のひらから体中に広がり、以前よりも力が増していくのを感じた。


---


### 影との再会


そのとき、不意に空気が重たくなった。渓谷に黒い霧が漂い始め、あの巨大な影が姿を現した。


「ここまで来たか、小僧。」


影は唸り声を上げ、川の水すら黒く濁らせ始めた。翔太は立ち上がり、拳を握りしめた。


「もう逃げない! 転生してまで手に入れたこの平和を、簡単に壊させるわけにはいかないんだ!」


手のひらに光が集まり、渓谷の清らかな水の力が形を成していく。老人から教わったとおり、翔太は自然と繋がる感覚を信じ、心を落ち着けた。


「渓谷の力よ、僕に力を貸して!」


光の矢が翔太の手から放たれ、影に向かって一直線に飛んでいった。矢は影を貫き、その霧を浄化していく。


「ぐおおおお……!」


影は悲鳴を上げながら消え去り、渓谷には再び静寂が訪れた。翔太は膝をつきながらも、胸に湧き上がる確信を感じた。


「これで終わりじゃない。まだ戦いは続く。でも……僕は負けない。」


渓谷の澄んだ水は再び清らかさを取り戻し、翔太の中には新たな力が宿っていた。軽井沢での体験を胸に、翔太はさらなる冒険へと踏み出していくのだった。




---


軽井沢での戦いを経て、翔太は自分の中に芽生えた新しい力と、異世界の影が依然として翔太を追っている現実を受け入れた。


「これからもっと強くならなきゃ。この長野を守るためにも。」


老人から聞いた「特別な場所」はまだいくつかあるという。その一つが、軽井沢から遠くない場所にある「白糸の滝」だった。翔太は早速向かうことにした。


---


### 白糸の滝の奇跡


白糸の滝に到着した翔太は、その神秘的な美しさに息をのんだ。岩肌から絹糸のように細い水の流れが無数に落ちており、その音はまるで癒しの音楽のようだった。滝壺に近づくと、そこには淡い光の粒が漂っているのが見えた。


「これが……長野の自然の力か。」


翔太は滝のそばに座り、静かに目を閉じた。滝から立ち上る霧が優しく肌に触れ、体の奥底まで浄化されるような感覚を覚えた。皮膚病が完治したのも、こうした自然の力によるものだと確信した。


「ここで僕の力をもっと磨くことができるかもしれない。」


瞑想を始めると、滝の音とともに不思議なビジョンが浮かんできた。それは長野全土を包む自然のエネルギーと、その中に潜む小さな闇の塊だった。


「この闇が、異世界の影を呼び寄せてるのか……?」


翔太は自然の力をより深く理解し、それをどう扱うべきか考え始めた。


---


### 新たな仲間との出会い


その時、不意に後ろから声が聞こえた。


「やっと追いついたよ! 君が噂の翔太くんだね?」


振り返ると、そこには同年代の少女が立っていた。彼女は短い黒髪をなびかせ、背中に不思議な模様のついた布を背負っていた。


「僕を知ってるの?」


「もちろん! 私は結衣。おじいちゃんから聞いたよ、異世界の影と戦ってる子がいるって。」


「おじいちゃんって、もしかして……あの山伏のおじいさん?」


結衣はうなずき、自分もまた自然の力を学び、闇と戦う術を身につけていると話した。


「一人で戦うのは危険だから、これからは私も手伝うよ。」


翔太は驚きつつも、結衣のまっすぐな目を見てうなずいた。


---


### 新たな試練


結衣と共に長野の他の特別な場所を巡る旅が始まった。次に向かったのは浅間山の麓。そこにはさらに強いエネルギーが眠っていると言われていた。だが、そこにたどり着くまでには、さらなる異世界の影が立ちはだかる。


「これまで以上に大きな闇が来る。準備はいい?」


「うん、今度は逃げない。結衣が一緒なら、もっと強く戦える気がするよ。」


翔太は仲間を得て、さらに大きな闇と向き合う覚悟を決めた。自然の力を信じ、その恩恵を守るため、翔太たちの冒険は続いていく――。




---


翔太と結衣は浅間山の麓を目指し、登山道を進んでいた。周囲は紅葉が広がり、風が木々の葉を揺らす音が心地よい。しかし、どこか静かすぎる雰囲気が二人を警戒させていた。


「なんだか嫌な感じがするね……。」


結衣が立ち止まり、背負っていた布の中から小さな護符を取り出した。護符は彼女が祖父から受け継いだもので、闇の存在を察知する役割を持っていた。しかしその護符が微かに震え始めたのを見て、翔太の胸に緊張が走る。


「何か来るの?」


「わからない。でも……準備して。」


二人は構えた。すると、道の先から霧のような黒い気配が湧き上がり、次第に人型を取っていく。その姿は翔太が軽井沢で戦った影よりも巨大で、腕は異様に長く、目のような赤い光が不気味に輝いていた。


「また来たな、小僧。そして今回は仲間まで連れて……。」


影の声は低く、地面を震わせるほどの威圧感を放っていた。


「もう逃げないよ!」


翔太は足を踏ん張り、手のひらに力を集中させた。軽井沢や白糸の滝で得た自然の力が、体内で大きな光となって燃え上がるのを感じた。


「結衣、僕が先に動く! 支援をお願い!」


「わかった、任せて!」


結衣は護符を空中に投げると、それが光を放ち始めた。護符の光が翔太を包み、さらに力を増幅させる。翔太はそのまま影に向かって手を突き出し、光の波を放った。


---


### 影の罠


光が影を直撃した瞬間、周囲に爆風が巻き起こった。影の表面は剥がれ落ち、黒い霧が消えていくかに見えた。しかし、次の瞬間、影は不気味な声で笑い出した。


「その程度では私を消せはしない……!」


影は形を変え、地面に溶け込むように姿を消した。そして、翔太の足元から突然黒い触手が現れ、翔太の足を絡め取った。


「しまった!」


「翔太!」


結衣はすぐさま護符を翔太の足元に投げ、光のバリアを発生させた。その間に翔太は触手を振りほどくが、影はさらに大きな攻撃を仕掛けてくる。


「このままじゃ埒が明かない……。」


翔太は息を整え、周囲の自然の力を感じ取ろうと集中した。すると、浅間山の奥から強いエネルギーが流れ込んでくるのを感じた。


---


### 山の力


翔太は浅間山の力に呼応するように手をかざし、その力を自分に取り込むよう意識した。周囲の紅葉が風に揺れ、葉が光を帯びながら翔太を包み込む。


「これは……自然そのものの力……!」


翔太の体が眩い光に包まれると、影は怯えたように後ずさりした。


「な、何だその力は!」


「これは長野の自然がくれた力だ。お前みたいな闇に、この山の清らかさを汚させない!」


翔太は全身に集めた光を拳に込め、一気に影へと突き出した。その光は今までよりも強力で、影を跡形もなく浄化していった。


「ぐおおおおお……!」


影は最後の叫び声を上げると完全に消え去り、周囲に再び静寂が訪れた。


---


### 新たな使命


影を倒した翔太はその場に崩れ落ちた。結衣が駆け寄り、翔太の肩を支えた。


「やったね、翔太!」


「うん……でも、これで終わりじゃない気がする。」


翔太は浅間山の麓から感じた闇の気配を思い出していた。まだ異世界の影が完全に消えたわけではない。


「僕たちはこの長野を守るためにもっと強くならなきゃいけない。」


「そうだね。でも、私たちならきっとできるよ。」


結衣と共に、翔太は次なる場所へと歩き出す。長野の自然が与えてくれる力と、二人の絆を信じて――翔太たちの冒険は続いていく。


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