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二人の料理人






「脂の乗りが肉全体層のようになっていて、あれは芸術品だな。今年は仕上がりが良いらしい」

「へえ。じゃあ、バターと一緒に取り寄せるかねぇ」



その日ガダンはトリュセンティア国王都の街に来ていた。そこに、とある屋敷で専属料理長をしているエドワードと、その彼の弟子が営んでいるという菓子店兼カフェに来ていた。


ガダンが昔放浪の身であちこち巡っては美味いもの探しに旅をしている時に、隣国で修行中のエドワードと出会った。


エドワードはトリュセンティア国の田舎出身で、当時小さな菓子店で働いていたが、そこにユフィーラの友人のアリアナ・ハインド伯爵令嬢の父親、ハインド伯爵がたまたま訪れてエドワードの菓子における技工と繊細さに目をつけて引き抜いたという。


その後屋敷で菓子を始め様々な料理を勉強していたが、ある日伯爵から武者修行に行けと大金を渡された。実はこの頃エドワードは創作や菓子の壁にぶち当たっており、日々鬱屈していたのを気づいた伯爵が、様々な料理や食材を沢山調べて学んで、心身鍛え上げて帰ってこいと追い出されたらしい。



料理人として雇っていたとはいえ、まだ若かったエドワードに大金をぽんと渡し、好きなことをさせに行かせたハインド伯爵の豪傑さと勢いには舌を巻く。



「今度な、ハインド家主導で王都にも店を構えるんだよ。その牧場のものを」

「…あ?まじか」

「ああ。といっても卸問屋みたいなものだから製作して提供するものではない。頼んだんだよ。配達までにあまりに時間がかかるから何とかならないかって。そしたら店出す流れになっていた。相変わらず伯爵は豪胆だよな」



エドワードは伯爵に対してもこの口調は変わらない。というのも、元々平民出身のエドワードはこれでも口が良くなった方である。ガダンと隣国で出会った時もお互いが気楽な話し方であったのと、美味しいものに妥協をしないことで馬が合い、話すようになった。


その頃はまだお互いが修行中と放浪の身なので、特に連絡をとることもなく暫く疎遠になっていたが、ユフィーラがアリアナと知り合い仲良くなったことで、エドワードがそこの料理長をしているという情報が入ってきて再会するきっかけとなった。


今ではたまに連絡を取り合ってこうして食材や料理、菓子の話など、情報交換をするようになっている。



エドワードは魔術師にもなれる程の魔力量の持ち主だが、その使い道は全て料理に注がれる。


食材と料理への巧みな技法と表現、食べ物への愛着心が異常に高く、自分の魔力を最大限に活かし、わざわざ食に関連する魔術だけを網羅して会得するほどだった。



「なあ、その卸問屋を俺に紹介できるか?」

「ああ、その為にガダンと連絡とったんだよ」

「よし、でかした。俺もあそこの乳製品は一級品だと思ってはいるが、エドワードの言う通りなんせ時間が掛かるから、メニューに組み込むタイミングがいつも微妙でな。肉も仕入れられるなら、一石二鳥になるな。他の肉はどうだ?」

「そこの牧場からはそれだけだが、後々他の肉類や魚介、調味料とか色々拡げていく予定だって伯爵が言ってた」

「相変わらず良い仕事するな、お前の主は。その時は直ちに連絡してくれ」

「はは!勿論。なんせアリアナお嬢さんの友人の家の料理人だからな。伯爵からも好きに利用させろって言われてる」



焦げ茶色の緩やかなカーブした髪を後ろに纏め料理人も力仕事だからと、綺麗な筋肉を付けたエドワードの体は、魔術師でも騎士にでもなれるバランスの良い体格だ。


しかしそれを駆使するのは厨房のみと断言している変わり者なのだ。



「そちらのお嬢さんのおかげで考えも行動も良い方向に大きく変わったからな。毎日楽しそうに伯爵と商売について議論しているよ」

「うちもアリアナ嬢から貴族の世間の流行とか色々勉強しているみたいだからお互い様だねぇ」



アリアナは元々テオルドを慕っており、ユフィーラに敵対視していたが、和解した後は月に一度お茶会をしたり、カフェ巡りをしたり手紙のやり取りなど、二人は親交を深めている。


ガダン達は菓子に合うよう調合された紅茶とミニサイズのガレットを摘みながら引き続き食材の話で盛り上がる。



「アーモンドプードルが最近ちょっと高騰してきてるよなぁ」

「ああ。今年は収穫が良くなかったみたいだ。隣国から取り寄せても良いんだが、業者によっては湿気対策していないと致命的だからその辺が悩みどころだよな」



エドワードはハインド家の料理全般を担っているが、元々は菓子職人だ。どうしても思考が菓子寄りになるので、今屋敷にいる弟子が成長したら、自分はデザート専門に移行したいらしい。



「どうしても菓子の食材に偏る癖が抜けなくてさ。それに比べてガダンは何でもいけるんだろ?」

「俺はハインド家みたいに相手が大人数じゃないからなぁ。そこら辺は好きにやらせてもらってる」



ガダンは食事や菓子という区切りより、美味しいものは何でもという趣向だ。そこから更に自分の中で拡げたり厳選していく過程が楽しかったりする。


そして基本自分が好まないものは作らない。異常に辛い食べ物や酸味が強すぎる食べもの。それに良くわからない食感のものだ。



エドワードが給仕を呼びながらガダンに話しかける。



「ちょうど新作の味が出たんだが食べていくか?」

「構わないが、マカロンならお断り」

「ははっ出さねーよ。相変わらず食感が許せない、か?」



そう、マカロンもガダンが作らないもののひとつだ。


卵白とアーモンドプードル、粉砂糖から作る、摩訶不思議な食感の菓子だ。味は嫌いではないのだが、微妙な食感がどうしても好きにはなれない。



「まあな。今の時期は湿気が多いから表面乾燥には魔術を使うのか?」

「ああ。じゃないと焼いた時にピエが上手くいかずに表面が盛り上がって見れたものじゃない」

「色合いや中に入れるクリームは良いんだが如何せん外側がなぁ」

「それは好き好きだ、仕方ないよ」



その時、給仕がお代わりの紅茶と小さめのシンプルなデザインの楕円形の皿を運んできた。

音もさせずに置かれた皿には同じく楕円形のマカロンに似た、でももう少し不格好なお菓子。



「ダックワーズか」

「そ。マカロンと殆ど同じ材料から作られるものでもここまで違うもんだよな」



ダックワーズはマカロンと同じ材料に小麦粉を加えることで表面はサクサク、中がふわっとした食感の菓子だ。そして表面が少しひび割れたり、凹凸が出るのも、この菓子の特徴だ。



「中身は王道のバタークリームと新作のモカ。モカのほんのり苦みの後にくる甘みが絶妙だよ」



一つ頷いて、モカのダックワーズを半分に割って口に放り込む。


ダックワーズそのものの甘みとアーモンドの香ばしさからじわりとクリームからくるモカの苦み、そしてクリームの控えめの甘みが混ざり合う。



「美味いな。マカロンのような食感でもないし、サクサク感とクリームの対比が良い」

「気に入ったようで良かった。紅茶は少し濃いめの砂糖なしで持ってきているよ」

「気が利くな」



ガダンは舌で食感と味を感じながら来週あたりに作ってみるかと、中身のクリームを一緒に考える。



(ピスタチオは絶対だな。あとはガナッシュとこのモカも…)



エドワードはガダンの料理人スイッチに苦笑いしている。ついつい悪い癖で、解析しながら己の知識と照らし合わせながら研鑽して足していくのだ。



濃いめの紅茶を飲んで口の中をリセットしたガダンはエドワードを見る。



「卸問屋はいつぐらいから動く?」

「先週、試運行していて問題なかったみたいだな。他の食材でもやってみて何もなければ、ひと月後には始まると思うよ」

「わかった。その頃にもう一度連絡くれ。その際に卸問屋の礼とまではいかないが、俺の作った自家製リキュール数種類やるよ」

「え」

「あと菓子に合うラムやブランデーで良いのが入ったんだ」

「まじ」

「うちの庭師の渾身のハーブも数種類」

「半月以内に意地でも連絡するわ」



そう言ったエドワードの頭の中ではリキュールや酒などに合った食材が飛び回っているのだろう。爛々と目が輝き始めている。この後また伯爵に強請るのかもなとガダンは思わず苦笑する。



お互い似た者同士なのだ。







不定期更新です。

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