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お悩み相談処とその一品 2






厨房の片付けが一通り終わったガダンの目に入ったのは、いつもより量を少なめと頼まれ、飲んでいた珈琲を置き、珍しく人前で銀縁の眼鏡を外したランドルンが、閉じた目を揉んでいた姿だった。



「ずっと魔術書でも読んでいたのか?」

「…ええ。ちょっと魔術の解析が躓いてしまって。もう少しで何か閃きそうなのですが、なかなかその先に進まず…」



ランドルンは書庫の魔術書をほぼ制覇しており、彼の魔術による知識は膨大で博識だ。ガダンも魔術の複合術で上手く展開できない時ランドルンに助言を乞うと、即座に数種類の例や応用版も出してくれるのだから、まるで歩く魔術専門書のようだ。



そんなランドルンでも魔術は奥が深いと日々研鑽を積んでいるが、それでも極めることはまだまだ困難のようだった。



「ランドルンでも停滞して先が見えなくなるんだなぁ」

「当然です。それどころかいくら駆け上がっても同時に頂点が更に上がっていくような錯覚さえ覚えます。少しでも止まればあっという間に取り残されてしまう」



これはかなり思考が限界にきているなと予想したガダンは、ちょっと試作品の感想を聞かせてくれと声をかけ、まずは目を休ませる為に未使用のおしぼりを水から火の魔術を展開して温めてからランドルンの目元に乗せ、厨房に入った。




そして冷蔵庫から一つの深い鍋を取り出す。

蓋を開けると、そこには輝くばかりの黄金色のスープ。

今朝方ようやく仕上がったコンソメスープだ。



それを一杯分温めて、ランドルンに出す。



「…これは?…凄く芳醇な香りが漂ってますね」

「ああ。お前の好きなオニオングラタンスープあるだろ?あれの具無しの最終形態みたいなもんだ」



オニオングラタンスープは大量の玉ねぎを飴色に炒め、バケットとチーズを乗せてオーブンで焼いたものだが、このコンソメスープはスープ以外に具材は一切ない。



一昨日から仕込んだ肉類の骨や筋の部分、香味野菜をふんだんに入れて長時間煮込む。

アクや脂を取り除き、濁らないように煮立たせないのがコツとなる。

一晩寝かせて浮いてきた残りの脂を取り除き、まずはブイヨンの完成だ。



そこから牛スネ肉のミンチと赤葡萄酒、ブランデーや数種類のスパイスやハーブを入れみじん切りの玉ねぎ、人参、セロリを加え、ブイヨンと混ぜて味を整え、コンソメスープの出来上がりだ。



琥珀色の透明感漂う本当にシンプルだが、様々な具材の旨味が凝縮し、その中に繊細な風味とそれぞれの味わいも加味された、濃厚なのにしつこくない丁度良いスープに仕上がったと思う。



「魔術を使用して時間を短縮しても丸一日かかったな。まあまあいい出来だと思うぞ」



ランドルンが目を丸くして、もう一度スープをじっくり眺める。

スプーンを手に取り、ゆっくりとした綺麗な所作で口に入れた。

目を見開き、そして少し口を動かしながら舌と全体で味わうように、最後には目を閉じ余計な五感を閉じるかのように口内に集中しているようだった。



「これは素晴らしい…。この一口に材料からの旨味がどれだけ引き出されているのでしょう。しかも舌にくどく残らない」

「旨味が濃厚なのにしつこくないだろ?ここまでくるのに意外に手こずってさ」

「それが琥珀色なのに透き通っていて、素材それぞれの旨味が集結されている…これは心の底から美味しいと誰もが口にしそうなくらいの出来栄えではないでしょうか。至極の逸品に間違いない」

「はは、そりゃどうも。今日はその余韻を残して頭を休息させることを推奨するよ。少し間をおいて、思いもしなかった方向から何か閃くこともあるもんだ」

「……そうですね。知らぬ間に焦りと苛立ちも足されていたようです」



ランドルンは一口、一口…とゆっくりと時間をかけて味わってくれている。



「ああ…このコンソメスープのように、もやついていた感情が透かされるように感じます。今夜は湯を浴びてさっさと眠りにつくことにしましょう」

「そうしな。明日の夜またこれを出す予定だ。ランドルンのお墨付きも出たしな」

「それは楽しみです。初めの一杯をいただけて光栄でした」



淡く微笑むランドルンの眼鏡越しの瞳に、もう焦燥感はなかった。



翌日、屋敷全員が黄金のコンソメスープを絶讃する中、ランドルンは相変わらずゆっくりと一口をじっくり味わうように楽しみながら静かに飲んでいた。








「最近ちょっとしつこい勧誘にあっててさ」



本日のかなり遅めの昼食を摂っていたダンがぼやく。



「今日ピッタから頼まれて行っていた会合ってやつか?それで遅くなったのか」

「そうなんだよ。馬好きの同好会よりちょっとお硬いやつ。ピッタのぎっくり腰の代行頼まれて仕方なくな」



最近腰の調子が思わしくなかった馬専門の牧場を営んでいるピッタが無理をし過ぎてぎっくり腰になってしまった。屋敷で馬の世話を一手に引き受けているダンとピッタは仲が良く、急遽ダンにお鉢が回ってきたらしい。



「牧場の奴らは行けなかったのか?」

「皆ピッタの仕事を割り振ってどたばた。使える奴が主導で動かないと何もできない、でも馬に詳しいピッタが居ないと会合も困る。んで俺が頼まれたんだけど…以前同好会の方で知り合った王都騎士団の副隊長の一人に何故か気に入られちゃってさ。何度も騎士団に勧誘されるんだよ」

「あー…ダンの体格は騎士団寄りって感じするもんなぁ」



ダンは魔力量が多く、しかも体内に秘めて発動できる術にも長けている。背が高く、がたいも良いのに素早さもあるとなれば、騎士団としては是非入団して欲しいのだろう。



「何度も断っているんだけど、諦めてくれなくてさ。今の仕事が性に合っているし好きでやっているって言っても、騎士団が天職に違いないって」

「そりゃ難儀だなぁ。武器の話は?」

「勿論剣も槍も苦手だって言った。そしたら弓があるだろうって。そうじゃないんだけどなぁ。元羊飼いに何を求めているんだか」

「やれやれだねぇ。嫌々やらせたって意味ないだろうに」

「そうそう。ナイフは何か作業をする時に使うけど、剣や槍は戦い専用だろ?動物が怖がるんだよ。それにいざという時に間違いなく人間の仲間より馬を優先するのが目に見えているのにな」

「だなぁ…」




そう。ダンは将来のピッタを彷彿とさせるほど、馬始め動物への愛着心が異常に強い。ガダン始め住人には寄り添うが、基本優先順位が人間より動物なのだ。


ダンもそのことを何度も説明するが、相手の副隊長は断る口実だと思っているらしく引く様子がないとのことだった。



「まあ、それなら実際にその場に居合わせて理解してもらうしかないだろうねぇ」

「そんな都合よく行くかなぁ…ピッタの腰が治らなかったら、また来週行くのかと思うと気分が下がるな…」



珍しくダンの表情が翳っている。

テオルドではないが、このままだと動物にベクトルが全向きして本当に人間嫌いになってしまいそうな憂鬱そうな顔だ。


だが昼食のラザニアと小海老とズッキーニのフリッターをぺろりと食べているので食欲的には問題ないだろう。


デザートは葡萄のシャーベットの予定だったが、ちょっと元気づけてやろうと、ガダンは厨房に戻って内容を変更することにした。





「これは……!」



ガダンの出したちょっと気分が上がるだろうデザートを見て、ダンの先程の気鬱そうな表情が急上昇して瞳が輝く。



「ちょうど昨日出したプディングが余っていたからな。ちょっと彩りを加えてみた」



横長のパフェグラスの中心には卵黄たっぷりのカスタードプディング。

周りにホイップクリームを絞り、ロールショコラとバナナ、キウイ、そしてダンの好物のチェリーパイのフィリングの残りを添える。

プディングの上にはカラメルソースをかけてホイップとフレッシュチェリーを乗せてプディングアラモードの完成だ。



「こういうのを一度食べて見たかったんだ…!大きな男がカフェで食べるってなかなか勇気がいるだろう?」

「だよなぁ。男でも甘いもの好きは沢山いるのに、こういうのは女や子供が食べるものって習慣になっているもんなぁ」

「ああ。……嬉しいな。塞いでいた気分から晴れ晴れしてきた」



満面の笑みで微笑みながらスプーンでちょこちょこ食べ始めたダンを見て微笑ましくなる。




「その騎士団の相手なんだけどさ」

「ああ」



ダンは返事をするが、目線はプディングに集中している。周りのフルーツを攻め終わりカラメルたっぷりのプディングへ標準を合わせている段階だ。



「実際目の前で見せる機会がいつになるか分からないのなら、誰よりもダンの動物事情を知っている、又は経験した人間が伝えたほうが良くないかねぇ」

「俺を知っていて、経験もしている……――――あ」



ダンが思い出したように顔を上げてガダンを見たので、口角をにやっと上げた。



「「ピッタ爺」」



ダンはピッタの代わりとしてそこに出ていたのだからピッタは当然その場に居ない。ならばピッタが復活次第、副隊長に説明してもらうのが一番だ。



「そうか…追い詰められる感を感じてて全然思いつかなかった」

「それに甘いもの食べると頭が働くっていうしな」

「ははっ違いないな!」




後日ぎっくり腰が快方に向かったピッタがその副隊長に心を込めて語ってくれたらしい。



ピッタが気性の荒い馬を躾けている時に後方からダンが「元気が一番!」といって馬を焚き付けたり、ピッタが馬の後方でしゃがんでいる時にあやして遊んで、あわやピッタの顔面に蹄がめり込みそうになったり、馬が暴走した時に転げ落ちそうになるピッタより馬を優先させてあわや頭から落ちそうになったりと、次々に出るダンの…というよりも何度も命拾いしているピッタの武勇伝に副隊長は戦慄し、颯爽と逃げていったとのことだった。

被害…経験者のピッタとしてはまだまだ話したりなかったらしい。




翌日、朝一からユフィーラがジェスチャーでそれは完璧なパフェグラスを使ったデザートを食べる仕草を表現していた。ガダンとしては概ねくるだろうと予想済みであったので、アフタヌーンティーの時間にプディングアラモードを再登場させて、ダンはまたもや大喜びであった。







不定期更新です。

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