シチュー論争勃発
ガダンは庭に出て数種類のハーブとベルガモットの木の様子を見にきていた。
「今年のベルガモットは去年より出来が良いよ」
そう言って庭の奥からやって来たのは庭師のブラインだ。
「そりゃ僥倖だねぇ。ハーブはどうだ?」
「そっちも余裕。今年の中盤に作った肥料が上手く作用した」
「ああ、精製魔術で滅多に使わない雷で細工して改良したやつか」
「そう。加減が多少面倒だけどできるし」
「やったなぁ、助かるよ。今年はベルガモットで更に良いリキュールが作れそうだ」
「アールグレイ用にも。必須の香りだから」
「それは任せとけ、ありがとな」
「ん」
ブラインが離れていき、ガダンはいくつかのハーブを収穫して屋敷に戻った。
そしてそれはこんな一言から始まった。
「ハーブの出来が良いねぇ。最近肌寒くなってきたし今夜はこれらを使って温かいスープかシチューにでもするかな」
ガダンが収穫したハーブ類を選別しながら呟いた何気ない一言で、論争の火蓋が切られてしまった。
「オレガノならビーフシチューが一番だろう」
「ねえ、ちゃんと聞いてた?ローリエもタイムもあるわけ。ローリエの香りとクリームシチューが一番に決まっているでしょう?」
肉料理が好きなジェスの言葉に、乳製品好きなアビーが反論する。二人共ハーブは後付けで、要はどっちが好きかなのである。
「ハーブ関係なく単に食べたいだけでしょそれ。庭師の俺ならタイムたっぷりのクラムチャウダー」
「すまして言ってるけど提示した職業が何の役にも立ってないからね。赤葡萄酒に合うビーフシチューで」
「パミラこそ単にお酒に合うだけの理由ですね。クリームシチューでベースはチキン希望です」
ブラインの突っ込みにパミラも突っ込み、それにランドルンも突っ込み、突っ込み渋滞が発生している。
「俺はどれでも良いなぁ。ビーフシチューだと牛肉だろ?クリームシチューにはチキン、クラムチャウダーは…シーフード?」
「炒めたベーコンを入れるとコクが出るのだとか。山と海の幸の合作になりますね!」
「ベーコンは山なのか…山なのか?」
誰よりも沢山食べるダンは最早ハーブのことは彼方に忘れ、ユフィーラは単に山と海の幸の語源が言いたかったように見える。そしてテオルドの山問題にガダンは思わずそこじゃないと突っ込みたくなる。
それぞれが良い意味では個性豊かである。
少し言葉を変えるならば癖があり、物事によっては我が強く主張し始める。
纏めると曲者揃いに進化していく様子をガダンは苦笑しながら傍観する。
「知ってますー。クリームシチューの時に香るあれでしょ?」
清々しいほどに何となくのアビーの返し。ローリエは肉や魚の臭みを消したり煮込み料理に適したハーブである。ロールキャベツやトマト系の煮込みにも合う。
オレガノやタイムも似たようなもので、臭み取りや料理の香り付けに良く使われる。
「オレガノもローリエも効能はそこまで変わらないだろう。ならばビーフシチュー一択だ」
「おや、それを言うならクリームシチューにも同じことが言えますね。これでビーフシチューでなくても良いという言質をとれました」
ジェスの言葉尻を捕らえたランドルンに、彼の言葉尻を捕らえたくてうずうずするが、ランドルンに舌戦を仕掛けられる可能性を考えると少し勇気がいる。
そこに救世主が。
「ならクリームもビーフもどっちも同じ。間をとってクラムチャウダーにすれば解決」
そんな訳なかった。
ブラインが救世主になる訳がなかった。
完全なる刺客だ。
「クラムチャウダーはお酒って感じじゃないのよね。ビーフシチューならさ、残ったシチューをパンに付けて食べたらそれだけでご馳走じゃない。そして赤葡萄酒がすすむすすむ」
「その通りだ。私は飲まないがな。折角の風味が霞む」
「ちょっと、共感しながら否定もしてるわよ」
同族のパミラの言葉に同調したつもりが同時に反対もしているというジェスを見逃さないアビー。
さて、今夜の夕食のメニューはあとどのくらいで決まるだろうかとガダンが呆れ半分でカウンターに肘をついて眺めていると、ダンがぽろっと溢した。
「ユフィーラが参戦しないのって珍しいな。こういう時、何々派ですって挙手しそうなものなのにな」
その言葉に使用人全員がユフィーラを見る。隣でテオルドが珈琲を飲みながらユフィーラの髪を弄っているのを放置プレイしながら彼女はこてんと首を傾げた。
「全部なのです」
「「「「「「「え」」」」」」」
ばらばらだった使用人が一つにまとまった。心でなく言葉だが。
「ガダンさんの作るシチューもスープも全部どれもが好きなのです」
使用人達が目を丸くする。ガダンも瞬きする。
「勿論皆さんもそうであって、敢えてその中から今日に限ってはこれ!という気分なのでしょう。私はそれを聞きながらどれも好きなので最終的にどれになるか楽しみに傍観してました。ふふ。テオ様、夕食が楽しみでなりませんねぇ」
「そうだな」
ユフィーラが手を合わせ口元に当てながらテオルドに向かって楽しそう話しかけている。
要はガダンの作るものなら何でも良くて何でも楽しみにしていてくれているということだ。
ガダンの心がほんのりじわりと温かくなる。
「うん。そりゃそうだ。結局美味しいから何でもいっか」
「そうですね。ガダンのことですから遠くないうちに三種類とも食卓に出すのが目に浮かびますし」
「どれでも食べれるし」
「だよなぁ。ブラインの食わず嫌い無くなってきてるもんな」
「そう思うとガダン様々じゃない」
「温野菜も多いしな」
使用人達もようやく熱が冷めたのか我欲が下がってきたようだ。
逆にガダンは気持ちが上がっているが。
そんな風に称賛されて作るものとして嬉しくないはずがない。
ガダンはやれやれと方を竦めながらカウンターから皆を見る。
「なら今夜は全部でいくか?好きなもんだけでも、全制覇でも取れるように小さめの器を用意してさ。だが、三種類作るから煮込みとか時間かかる分、他は簡単なものになるぞ」
そう言った直後、誰よりも早く瞬速でユフィーラが両手拳を掲げた。そして使用人全員がわっと声を上げて喜ぶ。
(こういう顔見たくてついついやっちまうんだよなぁ)
だがそれが案外心地良い。
ガダンは仕込みしてくると声をかけて厨房に入っていった。
だから最後まで気づかなかった。
ユフィーラがうっそりの昏い笑みをしていたのを。
そしてそれに気づいていたのはたった一人。
そう。
ユフィーラはガダンの作るスープもシチューも何でも。
要はガダンの作る料理全てが大好きなのだ。
あわよくば全部を食べられれば良いのにという潜在意識から、本人も気づかないうちに誰よりも強い欲望をあの言葉に乗せ、周りを誘導したのかもしれない。
それを最愛の伴侶だけが気づき上手く顔を隠して隠蔽したのだった。
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