お悩み相談処とその一品 1
前よりは格段に皆で食卓を囲むことが多くなったが、それでもいつでも毎日三食という訳ではない。
それぞれが忙しかったり時期的に多忙になったり予定が合わなかったりすることは当然ある。
そんな時。
例えば一人で食事をすることになった時はそれはそれで活用される時間というものがあったりするのだ。
なかなか皆の前では言えない個々の悩みである。
ガダンはこの屋敷の中では最年長だからか、意外に話しやすいからか、はたまた食事の時だからかは不明だが、時折一人で食事をする屋敷の住人がぽろっと本音を漏らすことがある。
「最近さぁ、何だか化粧のりが悪いのよねぇ」
「ん?寝不足じゃないの?」
「ううん。ちゃんと取れてる。はあ…なんでだろう」
そう言いながら肌を撫でるアビー。目で見る限りは荒れているようには見えないが、化粧のりの基準が不明なので、そこは突っ込まない。
「寝不足じゃないなら、体調は?」
「すこぶる元気よ」
「なら最近良く食べているものとか、逆に食べていないものとかは?」
「うーん……あ。そういえば」
何かを思い出したようにアビーが顔を上げる。
「最近ちょっと辛いものが自分の中で流行っててさ。出掛けた時に香辛料たっぷりの食事をすることが多いかも」
「あーそれ有り得るなぁ。適度は良くても、人によっては摂り過ぎて胃や肌に出ることもあるかもなぁ」
「うわー自ら悪化させてるとかー」
アビーがテーブルに突っ伏す。ガダンは今提供している品々を見る。
「まあ外からケアはしているんだろうが、内からも少しずつ変えるしかないな。何か肌に優しいものを追加してやるよ。今日だと…乳製品だな」
「やったぁ!ガダンありがとう!」
アビーにはビーンズとトマトのクリームスープを追加した。「肌にも胃にも優しい!またよろしく!」とご満悦で部屋に戻っていった。後日ユフィーラがトマトクリーム!と挙手してきた。
「今年駄目かも」
「うん?」
「ダイアンサス」
「あー…先日連続の雨の時に駄目になった花か」
「うん」
ブラインが幾ら肥料や成長を促す魔術を施しても自然の力には敵わない。全体を覆う魔術はできなくはないが、膨大な魔力量と継続が必要なので建設的ではない。ブラインはとても不機嫌な顔で食事をしている。
「苛つく」
「まあそればかりはなぁ。ちょっと待ってろ」
ガダンは厨房に下がり、食後のデザート代わりにと作り始める。出来上がって持っていくと、既に香りから分かっていたのか、ブラインが首を長くして待っていた。
「ナッツ?」
「はは。流石に匂いでわかるか。好きだろ?」
「好き」
ブラインはナッツ類が好物だ。更にキャラメル系も好きなので、キャラメルナッツと甘み少なめのココアも出す。
「両方苛ついた時に良いんだってさ」
「ありがと」
先程の不機嫌は鳴りを潜め、カリポリと小気味良い音が響く。
「花なんだけどさぁ」
「うん」
「種を植えてから、連日の雨でどうしようもなくなったんだよな?」
「そう」
「だったら、種をどうにかできないのか?」
「…種?」
ブラインが瞬きを数度する。
「ああ。植えた後の自然からの恵みはどうしようもないんだったら、種自体を雨に強い状態に魔術で多少でも改造できないかねぇ」
「種…」
ブラインが一点を見つめて思考に耽るが、ナッツを食べる手は止まっていない。
「…水と腐敗」
「ん?」
「陽射しとかに関してはどうにでもなるけど、水浸しはどうしようもない。なら水に強い種…」
「ああ、なるほどな。水に強い種ってことか」
「やってみる」
「おお、頑張れー」
「うん」
後日何とかなりそうだと、ブラインが育てている色艶の良いハーブをお礼にもらった。そしてユフィーラとパミラが手を挙げてキャラメルナッツを所望してきた。
「主の伴侶なのに…」
「ユフィーラのことか?」
「ああ。私は未だユフィーラに対してまともな対応が出来ていない」
ジェスの食事の進みが遅いと感じていた時の呟きだった。
「そうか?」
「ああ。あれだけ私はユフィーラにきつく当たっていただろう?今更虫が良すぎではないか」
テオルドが婚姻すると言った時最後まで反対していたのがジェスだった。
膨大な魔力量と能力を兼ね揃えたテオルドの容貌はそのまま比例して類を見ない美丈夫だ。更に副団長になったことで、人気が凄まじかった覚えがある。
魔術団に連日押し掛けられ、うんざりしていた表情を思い出す。屋敷まで訪れた時はジェスが凍えるような氷点下対応をしていた。そんなテオルドが急に婚姻するなんていうものだから、絶対に騙されているのだと、ジェスは頑なでユフィーラに対しても家令とも同居人との思えない酷い態度を取り続けていたのだ。それに関しての誤解は解けたのだが、今度はどう接して良いかわからなくなっているようだ。
「えー今のままで良いんじゃないか?」
「は?」
「ユフィーラへの態度も俺達への態度も大して変わらんだろ?」
「そんな訳ない!」
いや、変わらない。
主命、主絶対、主全てなのは今も昔も変わらない。
それにユフィーラはそんなに気にしていないような気がする、寧ろ…
「ガダンさん!…あら、ジェスさんのお食事中なのに大きな声を出して失礼しました」
そこへユフィーラが大きな紙袋を現れ、ジェスはぷいっと目を背けた。
「相変わらず騒がしいな」
こりゃだめだ。もう反射的対応になってしまっている。
「はい。ごめんなさい」
「…っ!い、いや、私も――――」
「ですが!」
「っ!!」
急にユフィーラが挙手しながらガダンとジェスを交互に見る。
満面の笑みで。
「ジェスさん、今日はこれ以上お怒りモードになれないと思います!」
「…は?」
ユフィーラはにこりと笑み、持っていた紙袋から取り出したのは丸みを帯びた透明の器に入っているきらきらした食べ物。
「フルーツクラッシュゼリーです!」
「!」
「お。どこのやつ?」
フルーツ好きのジェスの反応は顕著だ。
「今日アビーさんと一緒に街へ行った時に、いつもフィナンシェを購入しているお店で期間限定のゼリーが売っていたのです!」
そう言いながらことん、ことんと袋から次々出していく。
「しかも、クラッシュゼリーだけではないのです!見てください。ころっとくり抜かれた果肉そのものがごろごろと入っているのです」
「!!」
「お、美味そうだなぁ」
「ですよねぇ、ジェスさんはどれが良いですか?」
「マンゴー」
「ふふ、はいどうぞ」
「ああ、ありが―――っ!」
「ははは!」
即答で欲しいクラッシュゼリーを選び、ほくほくでお礼を言おうとしたジェスは我に返る。
「ジェスは素直だなぁ」
「いや、それはっ」
「美味しいものには素直でありたいですよねぇ。ガダンさんはどれにしますか?」
ガダンはチェリーのゼリーを選ぶ。
そしてこういう時は本人に聞くのが一番だ。
「そういえばジェスがさ、前はユフィーラによろしくない対応していただろ?それをどうやって戻していいかわからないんだとさ」
「っ!ガダン!」
「そうですかねぇ…?皆さんと大して変わらないのでは」
「ぶっ…そうだよなぁ」
「そ、そんなことないだろう!」
主への対応も皆への対応も今も昔も大して変わらないし、ユフィーラに対しても毛嫌いのようなものは既に無くなっている。だからガダン達と大差ないのだが本人はそう思っていないようだ。それなら本人から直接言ってもらうしかないだろう。
ユフィーラはこてんと傾げていた首を元に戻して微笑む。
「ならばそのままでいてくださいね」
「え」
「ほぉ」
ガダンは片眉を上げた。
「その心は?」
「ふふ、良いですねぇそれ。その心は!」
そう言ってユフィーラの視線はジェスに向けられる。
「テオ様も皆さんもとても大事に優しくしてくれます。でも今後私が調子に乗って嫌な奴になるかもしれないでしょう?その時にはジェスさんが忖度なくガツンといってくれると思ってます」
「…」
「ジェスさんはテオ様が一番大事です。それは私もですが伴侶という立場だからこそ、時には間違った選択をするかもしれません。その時に止めてくれるのはジェスさんだけです」
「!」
「だからそのままが良いですね。それが私にとっても気を引き締められますし、ジェスさんは私のストッパーですね!」
そう言って、ユフィーラは自分のゼリーを選び始める。ジェスは愕然としていたが、少し考えるように下を向いてからふっと微笑む。珍しい。
「仕方がないからそうしてやる」
「はい。ではそのように」
「ふん……」
少し照れるようにジェスはそっぽを向く。
ユフィーラを見ると口元を押さえながら笑み、指で指している。その先を追ってみると、ジェスの手がしっかりとマンゴーのゼリーを囲っているのを見て噴き出しそうになった。
「ガダンさん、昨日作ってくれたペッパークラッカーはまだ残っていますか?」
「残っているが…ああなるほどなぁ。出すか?ついでに甘くない紅茶も淹れるかねぇ」
「はい!クラッシュゼリーを食べながらすっきり紅茶とピリリッと黒胡椒の効いたクラッカーまでいただけるなんてなんて贅沢な時間なのでしょう!」
嬉しそうなユフィーラと、クラッシュゼリーを多方向から眺めているジェスに何だか心が和んで、ガダンはクラッカーを取りに厨房へ入っていった。
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