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ボンボンと積極思考






ガダンが料理するにあたって着用する服は、淡い朱色のシャツに黒いトラウザーズ、そして長めの黒いギャルソンエプロンだ。


そして厨房と食堂の間にあるカウンターでユフィーラがにこにこしながら見ている。


この日、ユフィーラが友人の令嬢から、種がなく皮も食べられる高価な葡萄をもらってきた。沢山あるので、折角だからガダンに何か一品作ってもらえないかとお願いされたのである。



そしてメニューを決める前に着替えると、きらきらとしたユフィーラの視線がこちらを凝視していた。



「うん?どうした」

「行列のできる美味しいレストランと、行列してでも一目見たい格好良いシェフって感じがして素敵ですねぇ」



ユフィーラの言葉にガダンは眉を下げて微笑む。純粋な喜びと微かな照れだ。


ユフィーラの言葉には基本忖度がない。そしていやらしい媚び方を一切しない。凄い凄いと褒めたい時は全力で言葉と表現に表れている。なのでお世辞感がないのが心地良い。



「そりゃ嬉しいねぇ」

「ですが、どこかのレストランへの引き抜きは断固として抗議します!このお屋敷の食事事情が固いパンと水だけになってしまいますからね!勿論私だけでなく全員の総意です!」

「ははっそこまで言われたら辞めるわけにはいかないねぇ」



ユフィーラは微笑んで、もらった葡萄を籠から取り出す。絶妙な匙加減で話題の引き際も得ているのだ。しつこく褒められれば居心地が悪くなるのを知っている。そんな敏い機微が分かるのは彼女が昔経験した凄惨な過去からの産物だそうだ。



おおぶりな実を付け、艷やかに輝く黄緑色の葡萄はそのまま食べても十分美味そうだ。



「五房もいただいたので、三房はそのままで。残り二房で何が作れそうですか?」

「んー普通に考えればゼリーやシャーベット、ムースだけどなぁ……そうだ、ボンボンにしてみるか?」

「ボンボン?」



こてんと首を傾げるユフィーラ。



「元になる素材をとろっとしたシロップ状にして、砂糖かチョコレートで薄い膜状を作って中にそのシロップを詰め込んだお菓子だな。カリッとした砂糖の薄い外側と、とろっとしたシロップが口の中に広がるぞ」



ガダンの説明を聞いたユフィーラは思わずごくんと唾を飲み込む。



「そ、それいきましょう!絶対間違いなく美味しいはずです!」

「ふはっ了解」



まるで小さな子供が母親に大好きなお菓子を作って貰う時のような、期待する瞳にガダンも腕がなるというものだ。



「何かお手伝いできることはありますか?」

「じゃあ、二房分の葡萄をとってこのボールに入れて」

「はい!」



料理用のボールを渡してから、ガダンは頭の中で使う材料と道具を弾き出す。


ユフィーラから受け取った葡萄の甘みの濃度は高そうだ。なるべくこの甘みを消さない位の砂糖の分量をだいたい計算する。



大きめなボールに入った葡萄にガダンが風の魔術を顕現させ、指を細かく操作して分解させていく。この時皮と実を別々にしておく。そして火と水を巧みに使いながら砂糖を加えて溶かしていく。



「砂糖は少なめなのですね」

「だな。もらった葡萄の糖度が高いから折角の甘みを大量の砂糖で消したら勿体ないだろ?皮は香り付けと周りを囲う砂糖の膜につけようか」

「!」



ユフィーラはガダンの邪魔にならないように少し離れた位置から目を煌めかせて見ている。ガダンは溶けてとろっと液状になった葡萄シロップに砂糖を加えて甘みを調整しながら調理器具で混ぜていく。



「混ぜるのは魔術でやらない方が良いのですか?」

「いや、多分あまり変わらないんじゃないか。ただ、料理をやっている感が薄れるし、こうやって混ぜたりして美味くなれって思いながらやった方が美味くなりそうな気がしないか?」



その言葉にユフィーラが目を丸くしてぶんぶんと首を縦に振る。



「確かにそうかもしれません!私も薬を精製する時にどうか少しでも効き目がありますようにって考えながらやっています」

「そうだな。実際美味くなっているかはわからんが、気持ちの問題だな」

「それです!あれですあれ……愛情は隠し味!」

「…ん?」

「何をやってるんだ」



その時厨房にジェスがやってきた。



「ジェスさん、隠し味ですよ!」

「何を言ってるんだ」

「ユフィーラがもらった葡萄でお菓子を作っているんだよねぇ」



ジェスに説明しながらガダンはシロップを少し冷ましている間に砂糖の膜を葡萄の皮と合わせて作っていく。パッドに広げた葡萄の香りが付いた砂糖に窪みを作りそこにとろりとした葡萄のシロップを流していく。上からも同様砂糖をかけて冷まして固まったら完成だ。



ガダンが厨房を片付けている間、ジェスを使ってボンボンを冷やさせる。「何で俺が」とぶつぶつ言いながらも去らないのは、ジェスが果物のデザートや菓子が好物だとガダンは知っているからだ。



「はい、出来上がり」



ガダンの言葉にユフィーラは喜びの拳を上げていた。



「出来立て食べてごらん」



ユフィーラは瞳をきらきらさせながら頷いてお皿に移された黄緑色の煌めくボンボンを一つ口に入れた。



「!んむっ!」



まだ口に入っているので喋れないのだろうが、その笑顔を見れば言いたいことは分かる。ガダンはこういう表情をしてくれると、とても満足することをここに来て知ったのだ。



「外側のしゃりりってする葡萄の香りを纏ったお砂糖がかりっと砕けた直後に、とろりって濃厚な葡萄のシロップが口の中で混ざり合って…こ、これは最強の葡萄になりました!」

「はは!そりゃ良かった」

「ジェスさんも手伝ったのですから先に食べる権利がありますよ!ささ、どうぞ」

「皿を目の前に持ってくるな。わかったわかった」



気怠そうな様子を見せていてもジェスの目がいつもより輝いているのを、ガダンとユフィーラは勿論気づいているが、そこは大人の気遣いで流すのが一番なのだ。


仕方ないといった感じで口に入れたジェスの表情が瞬時に驚きに変わる。



「これは…その辺の砂糖ばかりの菓子ではなく、ちゃんと素材の甘みを感じるな…」

「そうなんです!素材を最大限に生かしたガダンさんの心遣いたっぷりのお菓子ですから!」

「お褒めに預かりまして。これでゼラチンを入れて砂糖でコーティングすればフルーツゼリーが出来上がるなぁ」

「まあ、リメイクもできてしまうのですか?」

「…!」

「使う材料はそこまで変わらないからねぇ、煮詰める時間とゼラチンくらい」

「なるほど。お菓子は奥が深いですねぇ」




ユフィーラはもう一つ手に取りぱくりと食べ「んーー!」と歓喜を一文字で表現し、普段つんとすましているジェスの美味しいという瞳の輝きを見てガダンは満足感を得る。



ユフィーラが皆に持っていくとお皿を持って去る前にガダンのところへ作ってくれたお礼と、そしてこんな話をしてきた。



「先程の隠し味の件ですが」

「うん?」

「勿論食べる相手に対してもなのですが、作っている食材に対してもだなと思って。自然や生き物からの恵みですから。殺生するのですからごめんねという気持ちよりも、ありがとう、大事に食べるから美味しくなってねみたいな。愛情というか心を伝える感じでしょうか」

「…」

「私も今後薬を作る時は薬草にもしっかり気持ちを注がないとですね!」



そう言ってお皿を持って出ていく姿をガダンは見送る。そして一つ瞬きをして頷いた。



「…なるほどねぇ。謝るよりも感謝を、ねぇ。どうせなら俺も常にそっちに倣いたいものだ」



どうせ思うなら悪い方より良い方に向けて。

そういうものは連鎖していくものだ。

どちらの方向にも。




後日、ジェスがいそいそと「も、貰い物だ!」と高そうな果物の数々を持ってきた。去り際に「フルーツゼリー…」という言葉を残して。


その後ランドルンから有名な高級果物店でジェスを見かけました、とそれはそれは悪い笑顔でばらしていた。







不定期更新です。

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