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料理人への経緯






「やれることなら何でも構わない」

「お、おお」



テオルドの出会い頭開口一番の言葉に、あー…何も考えずにここに呼んだんだなぁとガダンは察知した。



ガダンは元は違う国で生まれ育ったが、あちこち気儘に旅をしながら、このトリュセンティア国へ十年ほど前に移ってきた。



トリュセンティア国は緑豊かで、国自体も賢王の代と謳われている現国王のおかげで貧富もそこまで差異がなく、資源や環境、経済も発展途上中の国だ。ガダンのように外部から来る人間にも差別的な風習がなく居心地が良く暮らしやすかった。




ガダンはトリュセンティア国では珍しい深紅の髪に朱色の瞳だ。

少し垂れ目がちで、右目尻に奔る傷が人によっては強面に見えて近寄り難い雰囲気らしい。だが人受けしやすい話し方と笑った時の垂れ目が更に垂れる表情に良い意味でギャップがあるそうで、ガダンは人生の中で対人に苦労したことはなかった。



少し強面の見た目によらず、ガダンは手先が器用で細かい作業が苦ではない。ある程度何でも卒なくこなせていたガダンは、旅をしながら一通りのことを経験してみた結果、魔力を巧みに扱う魔術師が一番性に合っているなという程度の気持ちで個人で細々と営んでいた。


人伝や紹介で魔術を専門に扱う傭兵のような仕事から、薬師の精製する薬とは別物の魔術のみで精製された魔術薬などで生計を立てのんびり気儘に暮らしていた。



伝でたまたま臨時魔術師としてトリュセンティア国の魔術団に雇われた際、当時魔術団の副団長だったリカルドから入団の勧誘で声をかけられた。


そこで暫く厄介になっていたのだが、元々目立ちやすい風貌と、納得いかないことがあると相手が誰でも真正面から物申していた為、ついには魔術団団長の地位にいたカールともやり合って険悪になってしまった。


そしてある日のこと、とある事件の首謀者に仕立て上げられガダンは冤罪をかけられた。

全く身に覚えのない証拠が次々に出てきて、ガダンが何を言っても隣国のスパイ扱いをされ、その証拠は覆られなかった。


自棄になりかかっていた時、リカルドと当時リカルドの秘蔵っ子として有名だったテオルドの捜査のおかげで、証拠が全て偽物と判明し本来の首謀者であった魔術団団長のカールが捕縛されたことでガダンの無実は証明され難は逃れた。しかし結果的に居心地が悪くなりガダンは魔術団を退団することにした。


それからはあちこち旅をしていたが、ある時副団長になったテオルドから魔術師が必須として使っている連絡魔術をもらって、自分の屋敷で働かないかと誘われ、特にやりたいこともなかったので承諾した。




テオルドは副団長になった際に魔術爵という特殊な地位を拝受し、叙爵に伴い賜ったという屋敷に行ってみると、自然に囲まれ周りに住居が殆どなく過ごしやすそうな環境だった。


家もそれなりの大きさなのだが、何とも閑散としていて人の気配がない。聞くと使用人はまだ誰も雇っていないという。理由は人間嫌いで信用できる人間が居なかったからだそうだ。



「じゃあ何で俺を?」

「俺に媚びたり無駄な敵対もなく何かと絡んでこないから」



何と言う合格基準。


前から人間嫌いとは聞いていたが、ここまでとはと驚いていると、ガダンより先に魔術団を去っていた女性魔術師のパミラも屋敷を訪ねてきたのだ。


彼女はカール元団長の事件が原因で夫を亡くして辞めた一人だった。余生として良いかもねとパミラは屋敷の雑用全般を担うことにしたらしい。



ガダンは何をして働こうか悩んだが、元来何でもできる性質だ。

でもどうせやるなら趣味も兼ねてが良いかなと、あちこちの美味い食べ物を求めて旅をしたことがあったので、料理人に決めた。



職場となる厨房に向かってみると、食材も調理器具も食器も全て見事に何も無い。テオルド曰く食事は全て外食で、飲み物くらいしか置いていないという。


食事に必要な物を揃えていいかと尋ねると、テオルドからまとまった金をどさっと渡されて、「好きにやれば良い」と言われたので、お言葉に甘えて好き勝手に購入した。厨房の全てを自分の好みで好きに変えられるのは存外楽しく、久々に胸が踊った。



元々ガダンは放浪しながら宿屋に泊まっていたので特定の住処がなく、引き払う家もなかった。


部屋は一階部分の空き部屋をどこでも好きに使えと言われ、どの部屋も使用人が使うには些か広すぎだし、しかも誰も使用したことがない新築だ。パミラは「これは有り難いな。遠慮なく使おうっと」とさっさと部屋を決めて、部屋の家具などを買いに出掛けて行った。


ガダンも遠慮するタイプではないので、厨房に一番近い部屋に決めて部屋の諸々のものと厨房の諸々を買いに街へ出た。


決まった寝床に帰る家。

存外居心地が良い。



その後、大罪を犯し死刑が確定した元魔術団団長カール関連で同じような境遇になった元魔術師達、アビー、ダン、ブライン、ランドルン、ジェスが、後にこの屋敷に住み込み使用人としてやってくることになり、閑散としていた大きな屋敷は次第に賑やかになっていった。





そしてそれから一年を過ぎた頃のことだ。

人嫌いのはずのテオルドから婚姻したと、とんでもなく有り得ない報告に使用人一同が仰天した。翌週に来るから準備を頼むと言われ、最後まで反対していたテオルド命のジェス以外は右往左往しながら短い期間でできる準備を進めた。



来たのは少女といっても差し支えないくらいの、華奢でミルクティー色のふわりとした髪の小柄な平民の女の子、ユフィーラ。


ユフィーラは明るく朗らかで相手の機微に敏く、いつもにこにこ楽しそうに生活している。

なのに時折、自分の部屋にある大きな出窓から外を見ている彼女の顔は、普段からは想像できない大人顔負けの悟ったような空虚な表情をする何とも不思議な子だった。


今までガダンを始めとする使用人全員はそれぞれ仕事をこなして好きに過ごし、食事も好きな時に摂る。ガダンとしても保存魔術が使えるので特に困ることもなかった。


だがユフィーラが来てから彼女を起点として、食事を共にする人数が少しずつ増え、食卓を囲むという風景が日常化してきたのだ。


ユフィーラはガダンの作る食事を、いつも紺色の瞳をきらきらさせて、どのように何が美味しいかと、全て説明しながらそれは美味しそうに頬をもぐもぐさせて食べてくれることが、ガダンは自分自身が思いの外嬉しくて喜んでいることに気づき、もっと美味いものを考えて作って食べさせてやりたくなる気持ちが芽生え始めていた。


その頃になると食卓を囲むことが多くなった使用人達の好き嫌いもわかってきたり、皆が話しながら和やかに食事をする風景がガダンは殊の外気に入った。


その後、ユフィーラとテオルドは色々と紆余曲折有り過ぎたのだが、今ではれっきとしたおしどり夫婦となって、ガダンを始め使用人達の目を日々楽しませて和ませてくれている。







不定期更新です。

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