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食べ物は大切に






ガダン達は卸問屋から出てからついでにバケットも買っていこうと、すぐ近くにあったパン屋に寄って調達し、鉄板焼きや煮込み料理の話などで盛り上がりながら大通りに戻っている最中にそれは起きた。



少し遠くで悲鳴のような声、ガダン始めテオルドも声のした方に視線を向ける。大通り手前にある裏に繋がる細い通りから、数人の男達が急に飛び出してきたのだ。彼らは何かに焦っているのか、行く先にいたガダン達には気づいておらず、走るスピードも止まらない。



ぶつかりそうになる一瞬、ガダンは咄嗟に避けたのだが、パン屋の袋が手から離れてしまい、袋が転がる。



「…っ、危っ…!」

「フィー!」



その時男達の中の一人がユフィーラのいる方に急に方向転換して、ユフィーラはそれを避けきれずにぶつかってしまい、荷物を抱え込んだまま倒れ込んだのをテオルドが急いで駆け寄った。


男もその場で転がったのを見た数名の仲間らしき男達が助けに入る。



「頭!大丈夫デスカ!?」

「っ痛…この女!邪魔な所にいやがっテヨ!!」



そして頭と呼ばれた男が苛ついたのか、すぐ足元にあった袋を見て足を上げて振り下ろした。




ぐしゃっ




ガダンの手から離れたパン屋の袋を男が思い切り踏み潰したのだ。



「邪魔だ、クソガ!おめーら逃走経路を早く確保シロ!」



そう言いながら今度はその袋を蹴飛ばす。



それらを見ていたガダンはゆっくりと一つ瞬きをする。



「は、はい!!―――――うわっ!?」




手下らしき男達が周りを見渡して経路を探そうとするが。




ゴオォォォォォォン……




頭と呼ばれた男始め逃げようとしていた彼らは、その場から一歩たりとも動けなくなった。


何故なら彼らの周りを取り囲むように火柱が立ち昇っていたからだ。そして彼らに片手を向けているのはガダンである。


カタコトの訛りがある輩。

何故か誰かから逃げている。

それを踏まえて先ほどテオルドから聞いた奴らの可能性は高い。


そして。



ガダンの食材を台無しにした罪は、重い。




「旦那ぁ…、防壁魔術をお願いできますかね?」

「もう始めてる」

「どの程度までやっていいですかねぇ」

「死なない程度」



テオルドはユフィーラを抱き起こしながらも同時にガダンの魔術が展開されたことに気づき、防壁魔術を即座に展開していたらしい。流石は百戦錬磨と名を馳せる我が主だ。


そしてガダンの横にそっとユフィーラが近づいたのを視界の中で確認する。



「荷物を。持ってます」

「…あいよー」



普段は朗らかで楽観的に見えるユフィーラだが、実は誰よりも機微に敏い。ガダンがいつもと違うことを早々に察知して、最低限の言葉で邪魔になる荷物を横からすっと取り、すぐに視界から消えていった。




突如現れた火柱の囲いに、中央にいる輩の叫び声が轟いている。


奴らにもそれぞれに言い分があるのだろう。もしかしたら掲げている正義なんてものがあるのかもしれない。



だが。



ガダンにもそれなりのものはある。


命をもらい育まれたものを遮断していただく大切な食材だ。

そしてガダンの屋敷の皆が喜ぶ大事な食べ物の元になる。



許せる筈のない出来事である。




ガダンは魔力を更に解放して一瞬たりとも外に逃げ出せないように、火柱を徐々に中心にいる奴らに向かって精細な操作をしながら狭めていく。中から更に悲鳴が上がり、逃げ道を模索しているがそんな隙を与えるわけがない。



ガダンの片方の口角が

ゆっくりと、ゆっくりと上がっていく。




今でこそ料理人としてのんびりと優雅な生活を送らせてもらっているが、元来ガダンは傭兵専門の魔術師として前線で活動していた時期があった。


要は攻撃に特化しているという魔術師なのである。


ガダンの得意なものは火を使う魔術。


段々と魔力を増強させるのと比例して、ガダンの朱色の瞳も爛々と真っ赤な色へ変わっていく。

その表情は最早美味しい食事を作る気の良い料理人などではない。被食者を徐々に追い詰めていく捕食者の獰猛な眼差しそのものだ。


全体の魔術ではテオルドに敵わないが、火だけは同等かそれ以上と言えるガダンの炎焔の魔術。


ガダンは指を遊ばせるように巧みに動かしながら火を操る。

テオルドの防壁魔術は相変わらず精巧な状態を維持していて完璧であり、通り周辺への影響は皆無だろう。


ガダンは安心して中心にいるおイタした良い歳の大人たちが抱き合って真ん中に縮こまるのをそれはそれは愉しそうに見つめる。



「うわぁぁぁ!あ、熱イィィ!」

「か、頭ぁぁ!!お、押さナイデくださ―――も、燃える!」

「お前ら!俺を守らンカ!!」

「燃えたら、終わりでスヨ!無理でス!!!」



そんな耳汚く囀る音を放置しながら、ガダンは火を操作して奴らの髪や服を少しずつ燃やしていく。勿論全体に移って火だるまにならない程度に考慮しながらも、追い詰めていく。


火柱の中央部分からは阿鼻叫喚の輩共の絶叫が聞こえる。だが、テオルドの防壁魔術は音も遮断させ周辺に何も聞こえないよう措置がとられているのだから、彼も人が悪い。間違いなくユフィーラを転ばせたことに付随しているのだろう。ガダンとしては実に有り難いことである。



「ガダン、そろそろ騎士が来る」



ふとテオルドの抑揚のない声が耳に届き、ガダンはゆっくりと瞬きをする。

久々の攻撃魔術に高揚する気持ちを深呼吸することで鎮火させていく。


火柱の無くなった中央には、男達が皆で体を抱き合っておいおい泣いていた。所々髪と服が燃え落ちており、散々な様である。


そして裏通りから、先程テオルドと話していた騎士と同じ騎士服を纏った騎士数名が、走ってきた。


どうやら輩を追っていたらしく、防壁魔術を解いたテオルドが手を挙げて彼らを呼んで話をし始めた。

ガダンは再度深呼吸をしてから、転倒したユフィーラの様子を見に行く。



「大丈夫か?怪我は」

「倒れた時に背中は打ちましたが、テオ様がすぐに回復魔術をかけてくれたので大丈夫です…」



そう言いながらも、ガダンと自分の荷物を持ったユフィーラが目を丸くしながらガダンを見ていた。その意味をなんとなく察してしまったガダンは眉をへにょっと下げた。



「あー…怖かったか?俺の目の色変わっていただろ?ある程度大きな魔力を解放するとああなる―――――」

「格好良いですねぇ!」



ガダンの言葉をぶった切ったユフィーラが、きらきらした瞳で興奮気味に話してくる。



「テオ様が大きな魔術を使った時は漆黒の瞳に七色のような色が散りばめられたように彩るのですよ!ガダンさんの瞳は朱色から真っ赤に、まるでグラデーションのように煌めくのですねぇ!」



そういうユフィーラの表情に怯えは一切なくガダンはぱちぱちと瞬きをする。



「……恐ろしくないのか?」

「ガダンさんをですか?何故でしょう?」



ユフィーラがこてんと首を傾げる。



「ガダンさんは危ない方達から周りを守るためと、お仕置きをするために魔術を使われました。それは私達を脅かすものではないのですから何故恐ろしい要因になるのでしょう。それよりも今夜は鉄板焼ですから、丁度良い火の練習になりましたね!」



そう言ってにこにことしている姿にガダンは拍子抜けする。それを見たユフィーラは先ほどとは違う大人びた微笑をした。



「彼らにも言い分があるのかもしれませんが、それはこちらも同じ。実際ガダンさんが魔術を使って彼らを足止めしなければ、もしかしたら街の通行人の人達が怪我をしたかもしれないのです。そしてお肉は守りましたよ!」



そう言って満面の笑みになるユフィーラに、ガダンは無意識に力んでいた体を弛緩させ、ユフィーラの頭を軽く撫でながら預かってもらっていた荷物を引き取る。



「そうだった。ユフィーラはそうなんだよなぁ」

「当たり前です!今夜のご馳走です、守るのは当たり前です!」

「そっちじゃないんだけど、まあ良いか」



おためごかしの正義論を謳わないユフィーラ始め、同様の対応をするに違いない屋敷の皆が、こんなガダンを受け入れてくれるのだから、居心地が良くて仕方ないのだと改めて思い知るのだった。



その後騎士が更に集まり、髪や服が逃げられない程度に焦げ落ち煤焼けた半泣きの彼らを捕縛した。彼らはやはりお騒がせの盗賊の一味らしく、この周辺に潜伏していると情報を得た王都騎士団が突き止め、それに気づいた奴らが逃亡していた途中のことだったらしい。



騎士の一人がローブを叩いていたユフィーラに怪我は大丈夫かと聞いており、彼女は食べ物を大事にしない不届きな方達なので、牢にいる間はパンを与えない方が良いのではと、主食を抜くというなかなかに無慈悲なことを笑顔で提言していた。パンの恨みは深いらしい。


袋から中身が出ることはなかったが、潰れてしまったバケットは家に持ち帰り、動物好きのダンにお願いして、屋敷の近くに最近訪れている渡り鳥達にあげる餌の一部として活用してもらうことにした。







不定期更新です。

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