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味わい深い蒸留酒と深い話






「んーパミラ何かあった?」

「別にー」



その日、皆より遅い夕食を食べ終えたパミラが心ここにあらずな状態で返してくる。



「そうか?なら良いんだが」

「何。何か私おかしく見えるの?」

「んーまぁ、普通には見える」

「普通には?」



パミラが首を傾げる。



「あー周りはわからんと思うぞ。ほら俺いつも皆の食事風景を見ているだろ?何となく違うなぁくらい。あ、いつも瞬きせず凝視しているわけじゃないからな。気持ち悪いとか言うなよ」

「言わない言わない。それじゃ今日の私は何がどう違ったの?」



ガダンはパミラが食べ終えた食器を指す。



「いつも最初と最後に食べるはずの好きなものが全く逆になっていた」

「…」

「普段ならまずないからなぁ」

「……無駄に鋭いの鬱陶しいなぁ…気持ち悪くはないけど…ぎりぎりね」

「ぎりぎりかよ」



ガダンが苦笑しながら食器を片付け始めるのをパミラは何も言わずに見ている。



「別に掘り起こそうって気はないぞ。屋敷全体に影響するのなら、言っているはずだからな。個人の感情関係ならそこはほら。お互いそこそこ年を取れば色々、な」

「言い方減点」

「俺よりは下だろ」

「たかが一歳違いでしょ」

「されど一歳だな」



そう言って厨房に戻る。

片付けを終えて食堂に戻ると、パミラはまだ居る。



「何だ、まだ食い足りないのか?」

「レディへの気遣い減点」

「未だ食欲が満たされておりませんか?」

「ぷっそう言う意味じゃないよ。――――保存状態良好の五十年もの」

「うん?」

「ガダンとこの前話していた蒸留酒。持っているんだ実は。しかもまだ未開封」

「何…」

「飲むなら二刻後にカウンターね。飲む条件はそれに合う肴」

「交渉成立だな」

「あはは。目の色変わりすぎ。それじゃあとでー」



手をひらひらさせながらパミラは食堂から出ていった。


パミラは酒に関しては良い伝でもあるのか、やたら良い年代のものや当たり年の希少価値の高い物を所持しており、その数は未知数だ。是非ともガダンに紹介して欲しい。


だからパミラが夜のカウンターに居る時はなるべく相伴に預かるべく、パミラ好みの肴を献上することに努めている。


ガダンは肴の下準備を終え、一度自室に戻って入浴を済ませた。夜着ではないがラフな格好に着替えてから厨房に戻り間違いなく合うであろう肴を仕上げる。



用意したのは、燻製したハムとサーモンのマリネ。少し癖の強いチーズをディップに仕上げ、塩っ気のあるコーンチップスを添える。そして口休めに一口チョコレートも出しておいた。



「あ。嬉しいなぁ。ガダンのマリネは酸味が強過ぎなくて素材そのものがしっかり主張してくれるから好きなんだ。私もサラミ持ってきた。この酒には間違いなく合うよ」

「この前ユフィーラが買ってきたやつか」


ガダンももらったお土産のサラミはユフィーラが最近どハマリしているらしく、いっぺんに買うと次の楽しみが減ってしまうからと、王都の街に行くたびに少しずつ買って、都度皆にも買ってきてくれるのだ。


肴をカウンターに置き、サラミ用の皿も用意してガダンも椅子に腰掛ける。パミラが少しラベルが劣化してきた琥珀色の透き通った蒸留酒を開け、氷の入ったグラスにトクトクと注いでくれた。



「ああ、良い色だな。相当熟成されているのに色の濁りもなく旨そうだ」

「これの数年後のも飲んだけど美味しかったよ」

「何故声をかけない」

「いや、ここに来る前だから」



パミラが苦笑しながらグラスを軽く掲げたのでガダンもそれに倣い、一口を口に含む。煙の様な燻製の深い香りと、一瞬の甘い舌触りからぐっと濃度が口の中に広がる。



「これは…想像以上に旨いなぁ」

「でしょ。始めの僅かな甘さからのぐっと染み渡る感じが」



少し酒の感想を話しながらも、談笑にはならない。ちびりと少しずつ口に含みながら、サラミを齧り、年代物の香りと味を楽しんでいると、パミラがふと遠くを見るように視線を動かしながらまるで独り言のように話し始める。



「夢に出てこなくなった」



そういうパミラの表情は無表情だが喪失感が滲み出ている。ディップに付けたコーンチップスは口に入れないまま宙を彷徨っている。



「旦那様がうちらを頼ってくれて特殊魔術師なんて大層なものに任命までしてくれて。そこから皆であれこれ相談しながら進めていって、それが久々に魔術師団以来に楽しくて。……背け続けていた前に進めるかと思った矢先に、夫が…トニーが夢に出てこなくなった」



パミラの夫も魔術師団に所属していた。ガダン達が魔術師団を退いた理由はそれぞれだが、パミラの夫トニーはカール元魔術師団長の陰謀に巻き込まれて犠牲となったのだ。



「トニーが死んでから、今までは毎日のように夢に出てきれくれていた。…それが最近では出てきてもほんの僅か。どんどん時間が短くなって。それに夢に見た記憶は残ってはいるのにどんな夢だったのかも思い出せなくなることが増えて。そして昨夜は…一度も出てこなかった」



溜息を吐いたパミラがディップのついたコーンチップスを動かしながら眺めて、ぼつりと呟く。



「このままずっと出てきてくれなくて、そのうち顔の記憶も薄れて…今までのことも霞れてしまったらどうしよう」



パミラの表情は遠くを眺めているようできっとトニーを思い出しているのだろう。



「勿論写真はあるけど、その表情だけが焼き付けられる。私を見てふわっと微笑む表情や私に言い負かされて不貞腐れた表情、私を言い負かして少し偉そうに顎を上げる表情……記憶っていつか時と共に消えていってしまうのかな」



ガダンも冤罪というとんでもない出来事に巻き込まれたり、他の使用人達も自分を除いた一族が事件に加担していたり、自らを犠牲にさせられそうになったりと様々だ。でもパミラは大事なたった一人の伴侶を亡くしている。



ガダン達の傷とは別物だ。夢に出なくなったのは時が過ぎているからか、それとも――――


ガダンは残りの蒸留酒をくいっと飲み干した。喉に強い刺激が奔る。



「所属場所が違ったから、あの当時はパミラも旦那さんのことも殆ど知らなかったんだけどさ。パミラの旦那だと知る前、数度会話したことがあった」



パミラの視線が動く。



「自分の奥さんは四属性の魔術が使えるのに、自分は三属性だけだって。もっと自慢できるような夫だったら彼女も誇らしいのにって言っていた。だからたまたま考えたことを口に出した。『なら三属性を彼女の四属性より上回れば良い』ってね」



彼が話していない限り、これはパミラが知らない話なのだ。



「三属性の君を彼女は情けないとでも言っているのかと聞いたら、首を横に降って男ってもんは云々語り始めるもんだから、遮断させてもらったよ」

「ふふっ。トニーって何か変な拘りをもっていてさ。パミラの夫たるもの、これしきできないとどうとやらっていつも言っていたなぁ」



パミラが過去を思い出すかのように優しく微笑む。それは普段のふわっとした笑みでなく、愛する人にしか見せないような満たされた微笑みだ。



「だから、言ってやったんだよ。行動して例えそれが実現してもしなくても、その努力と時間と相手を思いながら実行したそのものに意味があって、それが積み重なって自分への自信にも繋がるんじゃないかってさ」



その時のトニーは、二言目にはうちの奥さんに凄い魔術師で、彼女に相応しくなりたくてと照れながら話していたのが、ガダンはやけに印象に残っていた。



「そしたら旦那さん、なんか晴れたような表情で実行して前を向き続ける行動が大事なんだなって何か思い出したようにいうから、聞いてみたらいつも奥さんがなんか焦ってないかって心配そうな顔していたって言うんだよ」



そしてガダンはパミラを見る。



「もしかしたら、その夢の旦那さんは夢の中のパミラの表情がどことなく元気がなくて、眉が少し寄っていて、それがとても心配だったのかもなぁ」

「…」



パミラの目が丸くなる。


勿論これは夢であり、ガダンの勝手な想像であり、何もわからなければ証拠もないし確証もない。でも夢であるならば物は考えようでどうにでもなるのではないだろうか。


なんでだろうとずっと悩んでいるよりも、きっとこうだからなんだと前向きに考えた方が残された者が今後進んでいくには建設的だし、残してしまった相手も安心するのではないだろうか、と。




還ってこない相手に縋っても、それだけを常に想いながら生きていくことは存外楽なことじゃない。



死んだ者はもう戻ってこないのだ。




「例えさ、写真以外の表情の記憶が薄れたとしてもここには残るだろ?」

「…!」



そう言って胸元を親指で軽く叩くのをパミラの目が追う。



「夢で会うパミラが前を向き始めていることが、旦那さんだけには分かって、そんな最愛の妻を見て安心したのかもしれないなぁ」

「安心…」



トニーと話したのはほんの数える程度ではあったが、奥さんを大事だという表情の者が、俺のことを忘れないでくれと縛る訳がないとガダンは断言できる。


きっと誰よりもパミラが幸せに前に進んでいくのを望んで、それを喜ぶ人のはずだ。


パミラは手に持っていた宙ぶらりんのコーンチップスをパクリと食べる。「このディップ…チーズの濃さが癖になりそう」と小さい声で囁くように。そして一拍間が空いてからふっと微笑む。



「トニーだったら絶対そう思っていそう…」



そう話すパミラは少し翳っていた表情が消えていた。そしてガダンにこう切り返してくる。



「同じようなことがあったかのような口ぶりだね」



パミラの澄んだ瞳がガダンを射抜く。



「ユフィーラを見る目は他と違うよね」



その言葉にガダンは静かな眼差しでパミラを見てからふっと眉を下げて答える。



「…どうだかな。ただ旦那と同じ感情でないことは確かだなぁ」

「じゃあ、身内かな」

「さてねぇ。まぁお互いに年齢増えれば色々あるもんだからねぇ」

「言い方減点。ねえ、このマリネ本当に美味しくて酒にぴったり。最後の一口食べて良い?」

「ははっ遠慮なくどうぞー」

「ガダンももう一杯飲みなよ。それと話聞いてくれてありがと」

「いやいや、こちらこそこんな上物飲めるなら何時でも喜んで」



パミラから蒸留酒を受け取り、遠慮なく注がせてもらう。




そりゃあ色々ある。



良いことも。苦しいことも。

残された者がこの先の未来をどうやって進退を決めて生きていくかは考え次第。




その後は魔術の話や酒の話で語りながらゆっくりと夜は更けていった。







不定期更新です。

誤字報告ありがとうございます。

助かります。

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