救世主
私の朝は早い。朝起きて、掃除、洗濯、朝食づくり。みんなが起きてくる前にすべて終わらせないといけない。体調が悪くても関係ない。私は召使だから…
「なにこれ、まっず…。私にこんなもの食べさせるなんて、なめてるの…?」
「黙ってないで、さっさと作り直しなさいよ。」
私は実の母親にも双子の妹の凛音にも、義父にも逆らうことはできない。三人の命令には絶対服従。そうしないと私は生きていけない。生きるためには従うしかない。
「わかりました。」
「本当に、双子なのか?凛音は優秀なのにお前は使えないゴミだな。」
どうして?どうして私のことをよく知らないこの男にそんなこと言われないといけないの?それに、こんな男に、この最低な人たちに逆らうことのできない自分が嫌。
「顔だけじゃなくて使えなさもあいつに似てるなんて、本当に鬱陶しい。」
”あいつ”って言うのは私と凛音の実の父親で、凛音は母親に似ているからママにも義父にも可愛がれている。でも私はパパに似ているからママにも義父にもそして凛音にも嫌われている。この家に私の居場所はない。ねぇパパ、なんで死んじゃったの?なんで病気なんてものに負けたの?なんで、私を置いて行ったの?なんで…パパが死ぬ前までは私たち家族はみんな仲良しだった。でも、パパが病気になって病院に通うようになってからママも凛音も変わってしまった。パパが家にいるときはいつも通り優しくしてくれてたけど、パパがいないときは私を召使のように扱ってきた。私はママや凛音からされていることをパパに話そうか迷ったけどパパはママのことも凛音のことも大好きで私の言ったことを信じてくれるかわからなかったし、もし私が言ったことを信じてくれなくてママや凛音みたいに私を召使のように使ってきたら…パパにまで見捨てられたら私は本当に生きていく自信がないと思って相談しなかった。私はずっと誰にも相談せずに最悪な日々を過ごしていた。パパが死んでからママたちからの扱いはさらに悪化した。パパが死ぬまでは家事をさせられるだけだったし、パパからお小遣いをもらったりしていたから自分の好きなものとか必要なものを買ったり、友達と遊びに行ったりできてた。でも、パパが死んでからは食事はママたちが残したものだけしか食べさせてもらえなかった。一日に何にも食べられない日もある。さすがに一日中何にも食べないのはつらかったから簡単に自分で食べるものを作って食べていたけど、ママにそれも禁止された。小中学校の間は給食があったからまだ生きていけていたけど、高校生になった今では一日中何にも食べられない日もある。それにパパからお小遣いがもらえなくなってしまったから自分でものを買えなくなってしまった。必要なものとかは凛音のおさがりで、友達と遊びに行ったりすることもできない。今の私には娯楽がないんだ。
「ねぇ鈴夏、宿題するの忘れてたんだけど。」
これは代わりにしろ。っていう合図。
「わかった。」
今は7時15分。凛音が家を出る時間は25分。つまりあと10分で終わらせないといけないってこと。ほんとに凛音は性格が悪い。でもそれと同時に私のことを全く分かっていないことがわかる。私は凛音みたいにバカじゃない。遊びに行くことができない分毎日毎日勉強をしている。それに比べて凛音は遊んでばっかりで勉強なんてちっともしていない。私たちが通っている高校は偏差値が30という異常なくらいレベルの低い高校。本当は凛音と別の高校を受験するつもりだったけど、ママも凛音も許してくれなかった。こんなレベルの低い高校の宿題なんて3分あれば終わる。凛音の宿題を終わらせて凛音の学校へ行く支度をし、ようやく自分の支度をする。
「鈴夏、行くよ。」
私と凛音は一緒に登校する。凛音は私を引き立て役に使ったり、いいように利用するためにいつも私をそばに置いている。こんな生活にはもうこりごり。早く自由になりたい。そんなことを思う毎日はとてもつまらない。私も他の子たちみたいに自由に楽しみながら生きたい。何度神様にお願いしても、叶わない。私は一生ママたちの召使。そう思っていた…
「鈴夏、今日は先に帰っといて。私、遊んで帰るから」
「わかった。」
今日は少しだけ運がいい。凛音と一緒にいなくていい時間があることが私にとっての小さな幸せ。ママも仕事だから9時くらいまで帰ってこないし、凛音も遊んで帰るから8時くらいまで帰ってこない。義父も9時過ぎまで帰ってこない。久しぶりの一人の時間。何にも気を使わなくてもいい、最高の時間。私はウキウキしながら家に帰っていた。いつもの帰り道を歩いていると目の前に足を怪我した男性がいた。足から血が出ていてほっとくことができずに声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ。」
そう言って立とうとしたが足に力が入らないのかふらついて倒れそうになった。
「おっと、無理しないほうがいいですよ。」
倒れる寸前受け止めてそういった。
「あの、けがをしているところ見せてください。」
そういうと素直に見せてくれた男性。思っていたよりも重傷でカットバンじゃあ処置できないほどだった。まぁカットバン持ってないけど。私はカバンの中からキレイなタオルを出した。
「少し痛むかもしれませんがまずは止血する必要があるので我慢してくださいね。」
そう言って少し強めに男性の足にタオルを巻いた。
「あ、ありがとう。」
「いえ。大したことはしていないので。それより一人で歩けないんですよね?家まで送りますよ。乗ってください。」
「…」
「安心してください。こう見えても力はあるんです。男性一人なんて楽勝で運べます。」
そういうと男性は少し笑って私に身を預けた。男性に道を案内してもらいながら家まで送った。男性の家は私の家より遥かに大きい大豪邸だった。
「君、少し上がっていきなさい。お礼がしたいんだ。」
「お礼なんていりませんよ。私がしたくてしたことですから。」
そう言ってその場を去ろうとしたがそうはさせてもらえなかった。
「お願いだ。少しだけでいいから上がってくれ。」
そういわれ、しぶしぶお邪魔することに…。
「改めて、助けてくれてありがとう。私は管崎 誠。君は?」
「華宮 鈴夏です。」
「鈴夏ちゃんって言うんだね。鈴夏ちゃん、お礼と言っては何だけど、たくさん食べて」
管崎さんがそういうとメイドさんらしき人がたくさんの食べ物を持ってきた。
「あ、ありがとうございます。」
おいしい…。こんなにちゃんとした食事をしたのはいつぶりだろうか…。高校卒業して自由になるまでこんなにちゃんとした食事をできるとは思わなかった。
「り、鈴夏ちゃん…?どうしたの?なにかあった?」
管崎さんにそう言われてはじめて気づいた。私は今食事をしながら泣いている。人の前で、ましては今日あったばかりの見ず知らずの人の前で泣くなんて…今日の私はどうかしてる(笑)
「おいしいなぁって、感動しちゃったんです。」
「そっか。それはよかった。でも、ほんとにそれだけ?何か悩みがあるんじゃないのかい?」
管崎さんは私に悩みがあることに気づいた。管崎さんは今日あったばかりの見ず知らずの人。そんな人に家庭環境について話してもいいの?信用してもいいの?いっぱい悩んだ。家庭のことは誰にも言うべきじゃないってわかってる。でも、誰かに聞いてほしい。誰か一人でいいから私の見方になってほしい。パパが死んでから、相談すればよかったと後悔した。今、管崎さんに相談しなかったらまた同じように公開する気がする。管崎さんは私と違って大人。私よりも多く生きている。もしかしたら私のことを助けてくれるかもしれない。もう、公開なんてしたくない…
「か、管崎さん。助けて、ください…。私を、自由、にして、ください。」
今までずっと我慢していた感情が抑えきれなくなって涙が止まらなかった。管崎さんに私のことを話したいのにうまくしゃべれない。
「いいよ。ゆっくりでいいよ。全部聞くから。安心して、ゆっくり教えてくれる?」
私は管崎さんの言葉にうなずき言ってくれたようにゆっくりとすべてを話した。
「目が覚めたかい?話し終わって安心したのかぐっすりだったよ。」
管崎さんの言葉で目が覚める。昨日管崎さんに家庭環境についてすべて話した。管崎さんは私の話を最後まで相槌を打ちながら真剣に、そして私を慰めながら聞いてくれた。今まで誰にも言わなかった、言えなかったことを全部話せてとてもすっきりした。
「鈴夏ちゃん、君はもうあの家に帰らなくていい。私の娘にならないか?」
私の前にかがんで目を合わせてそういってきた管崎さんに迷わずうなずいた。断る理由なんて一つもない。あんな最悪な人たちと離れられるのならなんだっていい。
「よろしくお願いします。」
昨日、けがをした管崎さんを助けなかったら今頃ここに居なかったかもしれない。凛音が遊びに行かなかったら管崎さんと出会えていなかったかもしれない。管崎さんと出会えたのは偶然でほんの少しタイミングが違ったら私は救われなかったかもしれない。神様はようやく私の願いをかなえてくれた。
神様、本当にありがとう。幸せになるね。