悪魔の接待
なぜ夜中にジャンクフードを食したくなるのか...
汝、願いを叶えたくば供物を捧げよ...
色々と無理難題をベルに押し付けてしまっている今日この頃。
と言っても、彼女の仕事の精度と速さは天下一品。
本来なら午前様や数日越しになりかねない仕事量をきっちりその日の内に収めている。
てか、その気になればもっと早く済ませる事も可能だろうが、そこはある程度現代の常識の範囲内に留めているとの事。
まぁ数日がかりの案件を数時間で済ませている段階で、常識もクソもないのだが...
ちなみに、勤務時間や休日については細かく定めていない。
唯一指定しているのが、週休2日と祝祭日は休みという事くらい。
これは現代人の生活に馴染む為の処置で、ゆくゆくはそれすら撤廃し、仕事さえこなしていれば好きなように休日をとってもらうつもりだ。
そして、勤務時間についてはフレックスタイム制を導入している。
一昔前ならきっちり、出社、退社時間も決めて8時間労働に慣れてもらっていただろうが、現在はフレックス制もある程度浸透しているので、特に指定をしなかった。
悪魔たちのプライベートの詳細は把握していないが、どうやらフレックス制と休日を上手く活用して楽しんでいるようだ。
そして、本日は県内を観光案内しながらベルさんをもてなす事になった。
今更感はあるが、ベルとこちらの世界で観光をするのは初めてだ。
ちょくちょく、実家周辺には2人で出かける事もあるのだが、ちゃんとした観光は意外にもなかった。
ちなみに、ベル本人は暇さえあれば国内外を問わずあちこちに観光に出掛けている。
最早、そちらに関しては俺よりも遥かに詳しい。
ベルが俺を観光案内する日もそう遠くはないだろう。
で、今日の目的地は城下町がある県内屈指の伝統的な町。
かつてこの地で俺は勤務していた時期もあるが、当時は多忙を極めた事もあり碌に観光をした事がなかった。
仕事の為にある程度の知識は叩き込んだが、まだ訪れた事がない場所もある。
そういった意味では俺も楽しみではあるのだ。
案内人としては既に失格かもしれないが...
ちなみに今日は車での移動だ。
自己召喚でお手軽に移動する事も可能だが、それでは風情がない。
道中の景色も楽しまなくては。
そんなわけで、当然俺の運転でベルが助手席にいるわけだが、今は日本でも屈指の湖の近くを走行中。
「晴れてよかったですね。水面の青が澄んでいてなかなか壮観ですよ」
「だろ?曇りや雨じゃなくて本当に良かったよ。山もくっきり見えるしね」
「それにこの湖の水質は国内でも屈指の良水だ。当然、夏は遊泳可能だしキャンプや遊覧船、水上ジェットなど楽しみ方もそれなりにある」
「キャンプですか...この世界の人々は不思議ですね。快適な住まいがあるにも関わらず、わざわざ好き好んで野営をするなんて」
「野営って...まぁ、あちらの世界と違って盗賊などに襲われる可能性は低いし、治安がいいからね」
「とはいえ、私からすると不思議でなりませんよ。あんなに快適な住まいが普及しているのに、わざわざ車やバイクで移動して、外で寝泊まりするなんて」
冷静に考えれば確かにその通りである。
それでもキャンプブームが長く続いているという事は、人間の古来から受け継がれている野生の本能がそうさせているのかもしれないね。
俺も野営生活は散々したし、もう懲り懲りとも思っていたが、いざその生活から離れてみるとたまに恋しくなる事がある。
これは悪魔からすると理解し難い感情かもしれないな。
「まぁ、自然を尊重する意志は評価できますが」
一体何様だよ!
だが、悪魔たちは基本的に科学とは無縁の生活を送り、自然というかそこにあるものをあるがままに受け入れる生活を送っている。
なので、人間よりも遥かに自然の重要さを知っているのかもしれないな。
そうこう雑談をしている間に、この湖が美しい町の自慢の飲食店に到着。
「まずはハンバーガーですか」
ここは町の中心からは少し離れており、大通りからも逸れているので発見しづらいが、県内でも屈指のハンバーガーショップだ。
特にバイク乗りの連中が重宝しており、店主もバイク乗りという事から店の外装や内装も実にワイルドでアメリカンチックなつくりとなっている。
ちなみにベルは既にハンバーガー自体は経験済み。
某チェーン店のだけど。
「ここのバーガーは今までのとはワケが違うぞ?俺のお気に入りだ」
「なら期待できそうですね。これまでのバーガーも十分に美味でしたし」
ベルは食事に関して貪欲だ。
高級料理だろうが、B級グルメだろうが分け隔てなく楽しむ事ができる。
本来、食事をとらなくとも問題ない種族なのだが、ベルのような一部の悪魔は食事を趣味趣向として楽しんでいる。
他の5人もそういった傾向があるしね。
で、店内に入店すると内装も木造むき出しで実にワイルド。
そしておすすめのバーガーとコーラ、ポテトを注文。
10分程して、注文した品がテーブルに並べられてわけだが、ベルさんは実に興味津々といったご様子。
「これまでのハンバーガーとはまるで別物ですね。ボリュームもパンも肉も野菜もまるで違う」
見ただけでそこまで言うかね。
「勿論、使用している素材がまるで違うからね。チェーン店よりも素材の拘りが強いし当然、値段も違う」
「実に興味深いですね。それでは早速、一口...」
ちなみに注文したバーガーはレタス、トマト、チーズ、ベーコン、肉厚のパティを挟んだ比較的シンプルなものだ。
で、ベルさんが見た目からは想像できない豪快な一口で齧り付いたわけだが...
「お、美味しい...!...野菜が異様に瑞々しくて、パティはジューシーで噛み応えも心地良い...!!」
「お口に合って何より。ぶっちゃけ、王宮で出された伝統的な高級料理より俺はこっちのほうが好みだ」
「同感ですね。それにコスパも素晴らしい。そもそも王宮の料理を庶民が口にする事は生涯ありませんし」
「つくずく、こちらの世界の食文化には驚かされるばかりですよ」
「それにレタスもトマトもここまで美味なものとは思いもよりませんでした」
チェーン店バーガーの野菜でもベルは感動してたからね。
ならば、このバーガーで感動するのは必然。
連れてきた甲斐があるというもの。
「また価値観がアップデートされた気がしますよ」
「ただ、夜中に食べるならお手軽なチェーン店のバーガーのほうがいいですね」
まだこの世界の新参者のくせによくわかっているじゃないか。
ちなみに目的地にはまだ到着していない。
観光というより、グルメ旅になりそうだ。




