ニートと会長のガチ対談
良く言えば蝶のように舞い、蜂のように刺す!
「それにしても意外と普通の部屋に泊まるんですね」
この部屋は所謂、スイートルームなどの高級仕様ではなく、ベッド、テーブル、浴室、トイレといった最低限の設備が整った部屋。
それでも一般的なビジネスホテルの部屋より広いし、ホテルのグレードも高い部類ではあるのだが、国内屈指の経営者が宿泊するには意外すぎるチョイスだ。
「今君が言ったように意外だからいいのだよ。それにこのホテルのセキュリティーはそこまで悪くない。ここを突破されるような事態に巻き込まれるなら、どこに宿泊しても似たようなものさ。それに無駄な経費は使いたくなくてね」
それよりも侵入者が突然現れたのに、ここまで堂々とした様に思わず感心してしまう。
それに、海外はわからないが国内のセキュリティーは本当にこの程度なのかもしれない。
当然、政府要人や皇族が宿泊するような施設は別格なのだろうが...
「話は逸れましたが、突然部屋に知らない男が現れて驚かないのですか?それとも今回のようなケースは初めてではない?」
すると落ち着いた様子の会長からすぐに返事が届く。
「このような体験は初めてだし、驚きはしたがそれ以上でもそれ以下でもないからね。君が私に危害を加える様子もないし、最初に話がしたいと申告されたので、流れに身を任せているにすぎないよ」
この人マジで大物だな。
そして無駄がない。ジタバタしたところで何も好転しないし、侵入された時点で自分ではどうにもできない事を即座に理解し割り切っている。
こういうタイプが異世界に転移してたら能力次第では国や組織の支配者になっていたかもしれないね。
とはいえガチで死と隣り合わせの世界で、正気を保ち続けられるかは別問題だけど。
「流石に肝が据わっていらっしゃる。それでは、時間も勿体無いので本題を話させていただきますね」
「勿論構わないよ。たたその前に、せっかくこのような場なのだから、もっとフランクに話さないか?」
「君は侵入者であり、私も今はプライベートタイムだ。必要以上に堅苦しいのはなしでいこうじゃないか」
すると会長はネクタイを外し、小洒落た椅子に腰を下ろす。そして、テーブルを挟んでもう一脚存在する椅子に座るよう俺を促す。
「ではでは、お言葉に甘えて」
着席し、遂に自動車業界の大御所と正面切って話すことになるのだが、流石にちょっとした圧というか緊張感を感じる。
以前の俺だったら失神寸前だったであろう。
だが、今は本当にちょっとした程度だ。異世界での自分の成長をあらためて実感する。
といっても、自慢ではないが俺は異世界ではけっこう稀な存在で、王族でも気を遣う存在だったのだけれど、そんな俺にちょっとでも緊張感を感じさせるだけで、やはりこの会長は只者ではないのだ。
そしてようやく俺は切り出す。
「で、早速ですが街にレース場作って、スポーツカー走らせてみたくないですか?」
あまりにシンプルで唐突な提案に呆れたような表情を見せた後、逆に深読みしているような険しい表情を見せる国内屈指の経営者がそこにはいた。
「まだ続きはあるのだろう?」
ないとは思っていたが、ここで頭ごなしに否定されたらどうしようと内心では思っていた。この人物なら大丈夫とは思いつつも、年代的には特に頭が堅い世代ではあるからね。
「勿論。と言っても本当に先程の言葉が全てなんですがね」
大分省略しているが嘘は言ってない。
「厳密には、俺はこれから街を作るというか、町興しをしよう思っています。その際にレース場、ひいては街中の公道でのレースを目玉の一つにしたいんですよ。で、この後は町おこし関連で海外の要人と面会し協力を要請する予定です」
「なのでまずは母国の有力者である富田会長に声をかけさせていただきました」
唖然とする会長。
まぁ、プレゼン資料もなく突然、「レース場作りましょう、町興しの目玉にします」では納得できないのは当然である。てか資料があっても納得はできないだろうが
「随分と漠然としているね。で、その4人は私が知る人物かな?」
お、流石に鋭い。だが念の為に現時点で個人名を口にするのは控えるとしよう。
「近いうちに彼らについて報告しますが、強いて言うなら会長と近しい人種で、同等、又はそれ以上の人物と交渉する予定です」
漠然とした回答をなんとなく諸々察してくれたようだが、こちらに対する疑念が解決した訳でない。
もう少し付け加えて、最後にはニンジンを用意しないとね。
「『ファントム』って漫画を読んだことあります?」
簡潔に述べるとこの漫画はは公道でスポーツカーを走らせタイムや順位を競い、賞金を稼ぎ、主人公がタイトル王者などを目指すストーリだ(某作品のオマージュ)。
「むしろ私はこの作者のファンでね。ファントムは勿論、その前の作品から読んではいるが...」
うわぁーー作者が知ったら喜ぶだろうなぁ。
てか、ファンの俺ですら嬉しいし、なんだか誇らしい。
「それは良かった。要はこの作品と似た事を現実で実現しようという話です」
会長の表情がますます困惑しているように見える。
確かにここまでの俺の説明は本当にバカっぽい。
会社でこんな杜撰なプレゼンをしたら間違いなく総スカンされるだろう。
何せ人材、資金、場所、協賛企業、諸々の許可等、課題はてんこ盛りである。
特に現地民の方々との交渉は慎重に行わなければならない。
先立って必要なのは資金という説得力だ。
その為にも有力な協力者を確保し多数の企業と人を巻き込む必要がある。
そして念の為に説明するが、街中でレースをすることが最大目標ではない。
あくまでやりたい事の一つである。なので町おこしの為にレースを希望している訳でもない。
町おこし(という抽象的な概念)の過程でやりたい事をどんどん盛り込めたらそれでいい。
やりたい事がやれて町の開拓にも繋がれば、一石二鳥でまさにウインウインなのだ。
と、話はズレたがやはり会長には俺の発言を信じるに値する、具体的な証拠が必要だね。
まぁ、予定通りではあるのだけれど、俺のプレゼン能力はかなり残念らしい。
サラリーマン時代はもっと綿密に慎重に事を進めていた気もするが、異性界で力を得て色々やらかし、経験を積んだことによって、気が大きくなり大雑把になっているのだろう。
この辺も今後の課題だけど、実際に過剰な力を得るとこの辺の加減が難しいとあらためて実感する。
謙虚さは大事だが、それだけではダメなことも知っている。
謙虚でいたほうが楽な事も多いのだが、逆に面倒を抱え込むリスクもある。
こういう事は会長を含め、これから会う権力者たちを見て学んでいこうと密かに思う。
今の俺は現代より異世界での交渉経験が豊富なので、現代にチューンアップしていかないとね。
そして、ふと立ち上がり会長の肩に手をかける。
「自己召喚レベル2」発動。
転移場所はとある県ののとある海沿いの公園。
もちろん転移前に周囲に人がいない事は確認済み。
スキルのレベルについては後日語るとしよう。
そして会長にスマホのマップ機能で現在地を確認してもらう。
大きな動揺はないが信じられんと言わんばかりの表情をしている。
これだけでも現代人には驚愕の出来事だが、目的はこれだけではない。
異世界で冒険と聞けば誰もが欲しがる、夢の収納袋から『ある物体』を取り出す。
そしてその物体を使用した実験と説明であっさりと富田会長の説得に成功した。
確かに、この業界の人からしたら夢のような発見なんだろうけど、食いつくのが早すぎて逆に引きそうになった。
きっとこの人も会長である前に、好きな事にとことん没頭する変態とも言える人種なのだろう。
一つの事に永く没頭できない俺からすれば、非常に羨ましく、尊敬する人物だ。
そして、興奮冷めやらぬ会長をホテルに戻し、部屋で軽くお茶を飲みながら談笑した。
数分前とは別人と思える程、会長は友好的であり、『ファントム』の話で盛り上がった。
この様子からして、とりあえず無事に第一歩を踏み出せたといってもいいだろう。
とはいえ、早く次の行動に移らなければならない。
とりあえず、会長に俺特製のリング型の通信機を渡しておく。
ちなみにこの通信機は未完成品。
作成者の俺からしか連絡する事ができない。
既に完成品はあるのだが、それは交渉をする5人全員が揃った時に渡す予定だ。
全員揃う前に変にやり取りしていると、後々面倒な事になりそうだしね。
そして一時間程会長と談笑した後、俺はフランスに旅立った。




