ニートの第一歩
早速、魔法を使います。狡くても気にしない。
さて、昼食を食している母と10年振りの再会を果たした訳だが、母の第一声が「またこんな時間に起きて」と軽くお叱りを受けたことで、なんとも微妙な感情に陥った。
感慨深さも多少はあるのだが、相手からすれば何も変わらない日常なわけで、こちらとの感情のギャップが凄まじい。
この辺の乖離は早々に解消したいものだ。
お叱り後、10年振りのカップ麺を食し訳だが思わず涙がこぼれそうになった。
こんなお手軽な食品がここまで美味いとは、異世界転移前では考えられない現象だ。
こういう発見と感情は今後大事にしていこうと心に誓った。
そして、クソニートなりに身支度をして早速行動に出る。
久々にジャケットに腕を通した訳だが、母からすれば違和感しか感じないだろう。
なので、早速チートを使います。
「自己召喚」発動。
自室から母校の大学に見事、転移成功。
要はテレポートを使用した訳だが、なぜ移動先が大学のトイレかにはちゃんと理由がある。
まず、この魔法は過去に訪れ覚えている場所に移動ができる。
そして、トイレであれば誰かに移動してきた瞬間を見られることもなく、カメラに映る心配もない。
なぜ母校のトイレかというと、それは単純によく覚えていた場所だから。
ちなみに母校は都内で俺の実家は東北地方だ。
そして、転移前にスマホで調べた結果、お目当ての人物が都内のイベントに参加していることがニュースになっていた。
もちろんイベントの場所もネット記事には記載されている。
幸い、大学から徒歩で30分程で辿り着く場所でイベントは開催されるようだ。
そして、再びチート魔法を行使する。
「隠密」発動。
これで誰の目にも俺は映らない。
え?魔法は控えると最初に言っていた?
えぇ、極力控えますとも。但し、バレなければいいのです!
それに、控えるだけで全く使用しないとは言ってないですし。
とはいえ、これから会う人物や今後面会を予定している人物には、一部自分の正体や能力は開示してくんだけどね。
今度、他人任せを実行する為にもこれは必要な信頼の証なのです。
かなりご都合主義だが、楽をするにはその程度のリスクも背負わなくては。
まぁ、ちょっとやそっとで自身に危険が及ぶ程やわな存在じゃないという背景あってこそだが。
で、早速移動。身体強化の魔法を施しあっという間に会場に到着。
イベント会場は自分には縁遠いとてもご立派な由緒正しい三ツ星ホテルのイベントホール。
既にイベントは開催されており、お目当ての人物は早々に見つかった。
そしてその人物が壇上に立ち、挨拶と自社の宣伝をしている訳だが、やはりプレゼン能力が高いと感心させさられる。
異世界転移前からこの人物をテレビや記事で目撃することは度々あったが、日本人らしからぬ堂々とした見事な立ち回り。
小難しい話だけではなく、わかりやすいキーワードを要所要所で交えて素人でも理解しやすいように説明をするのが抜群に巧い。
こういった技術って、公人とか公の前で頻繁に話す職業の人たちは当たり前に身につけている技術なのかもしれないけど、声のトーンや速度、立ち振る舞い方がこの人は絶妙なんだよなぁ。
何より、嬉々として話している表情や姿が見ている側にとって心地良い。
それも行き過ぎた様子だと、聞き手もうんざりする訳だが、その辺の匙加減もこの人は絶妙だ。
ここまでで、自分の選定が満更でもないと実感できた。
そして、イベントが終わりお目当ての人物の後をつけると、別のホテルに移動し今夜はそこで宿泊することがわかった。
わざわざ移動したのは、安全面を考慮してかな?
現代日本で何を心配するのだと思うのかもしれないが、このクラスの人物なら当然の行動なのかもしれない。
少なくとも、自分は異世界である程度知名度が高まってきてからは、旅先で居場所を伝える事は、重要な関係者以外には黙っていたし。
と言うより、実際に居場所を伝えて襲撃された事があった。
現代日本では考えにくい話ではあるが、そういった用心深さは好感が持てる。
そして、お目当ての人物が部屋で一人きりになったのを見計らい行動にでる。
「間渡り」発動。
易々と扉をすり抜け侵入に成功。
そして、隠密を解除する。
「扉はロックしてあった筈だが...」
一瞬驚いた表情を見せたが、どうやら取り乱してはいないようだ。流石に肝が据わっていると見える。
「はじめまして。富田会長。突然の事で、大変申し訳ないのですが私は蔵田というニートです」
「ぜひ会長にぜひお聞かせしたい案件がございまして、この場に参上いたしました」
いきなり自己紹介でニートと名乗るのはどうかと思うが、この程度のユーモアはご愛嬌。
てか、ユーモアというよりただの事実だしね。
さて、この大立ち回りの第一歩が吉と出るか凶と出るか...
異世界転移前の俺では想像できない交渉が幕をあける。




