悪魔の交渉
人類初の快挙?
1箱10個入りの和菓子が一瞬で悪魔の胃袋に収まった。
てか悪魔に胃袋ってあるのだろうか?
異世界で共に行動をしていた時も満腹になっている様子を1度も見たことがない。
以前、食事について話した時も満腹感をやエネルギーの補充が目的ではなく、彼女らにとって人間が行なっている食事は趣味嗜好に分類されると話していた。
そもそも空腹状態になる機会が稀で、その際は人間とは別の方法で満腹感を得ているのだ。
敢えてここでは詳しく触れないが...
「供物としては量が少ないですが、このお菓子の素晴らしいアイデアと質、職人に免じて取り敢えず良しとしましょう」
何が取り敢えず良しだ。一瞬で平らげておいて。
まぁ、職人と語っているが機械で大量生産されている商品とはここでは触れまい。
極論、美味ければ機械だろうが職人の手であろうが関係ないのだ。
「ようやく話ができそうで何より。早速で悪いけど、まずは簡潔に要件を伝えるね」
「俺の秘書になってくれ」
少し間が空き...
「秘書というと、大商人や領主の世話係やスケジュール管理を生業としている、あの秘書ですか?」
逆に他の秘書ってあるのか?
「うん、それ。その秘書。ベルにはこの世界で俺の秘書として働いて行動を共にしてほしい」
「今更、それはやぶさかではないですが、ヨシはこの世界で何をする気なのですか?」
ヨシは俺の名前の好喜が由来ね。本当はむこうでは厨二病っぽい名前を候補として挙げていたのだけれど、もし他に同様の転移者がいて知り合いなった場合、恥ずかしいので無難にこの名を採用した。
「町おこしをしたい。まだ動き始めたばかりだけど、結構面白い事になると思うよ。」
「あちらで晩年行っていた開拓と似たようなものと思ってくれ。」
といっても、科学水準と文明レベルが天と地程の差があるので、色々驚く事が多いとは思うが。
「なるほど。あちらの世界の続きというわけですね。」
「まぁそんなとこかな。ところでむこうの皆は元気にしてる?」
するとベルが再び不機嫌な表情で睨みつけてくる。
「元気も何も私は何も知りませんよ」
「あなたに帰還させてもらってから1度も召喚されてないですし」
あ、そうだった...
転移する前日にベルから用事があるから用事があるから帰省したいと頼まれ、彼女を元の世界に逆召喚してたっけ。
ちなみに彼女ら悪魔は自由に人間の世界と元の世界を行き来する事ができない。
全く手段がないというわけではないが、非常にリスクが高く、尚且つ入念な準備と膨大な時間を要するのだ。
「すっかり忘れてた...ちなみにベルが帰省してから現在までって、どの程度時間が経過してるかわかる?」
時間軸とかまるで異なるかもしれないが、参考までにこれは知っておきたい。
「んーあちらの世界にいるとあまり時間を気にしないので、曖昧ですが一週間程度でしょうか?」
「たったそれだけ?」
「はい、それだけです。」
俺が異世界で約10年過ごしている間、現代では8時間程度しか経っていなかったわけだが、これはどういうことだろうか?
てっきりあちらの世界では既に数十年どころか下手をすれば、千年以上経過していてもおかしくないと予想していたのだが...
原理原則がさっぱりわからん。
正直、少し安心した感はあるが...
「そうか...それなら君を何百年も放置したわけではないようで安心したよ」
「何が安心ですか!私は帰省した翌々日には召喚をしてほしいと頼んでいたのに、そこから一週間も経過しているのですよ!」
「どれ程食事が恋しかった事か!」
この食い意地悪魔め。
「それに少しは心配もしましたけどね。あなたが遅刻をしたり時間を履き違える事なんて、殆どありませんでしたから」
どうやら俺の身の安全を心配してくれていたらしい。
ほんと、ツンデレなんて概念が言語化されていない世界で地で歩んでいるのだから恐れ入る。
とはいえ、それは本当に申し訳ない事をした。
俺が逆の立場でも心配にも不安にもなるしね。
「本当に申し訳なかった。事情を説明すると、どうやらベルを帰還させた翌日にこの世界に転移したみたいなんだ。」
少し思案した様子で思いのほかあっさりとした回答が返ってきた。
「やはりそうでしたか...元々、あなたが転移してきた事は聞いていましたからね。もしやとは思っていましたが...」
あ、予想はしてたのね。
そうかそれもあって心配もしてたのか...
ましてや一週間も経過していたら、仮に転移して元の世界に戻っていたとしても、元通り召喚ができるとも限らないからね。もしくは見捨てられたと考えても不思議ではないかも...
重ね重ね本当に申し訳ない。
まぁ、俺がベルを見捨てるなんて事は天地がひっくり返ろうがあり得ないけど、客観的に見ればそうも言ってられないしね。
「まぁいいでしょう。不可抗力でしょうし。で、私に秘書として町おこしに協力させるとの事ですが、見返りはあるんでしょうね?」
本題に戻してくれて助かます。
こういう気遣いって本当に大事。
やはり人選?に狂いはなかったとあらためて実感。
人間だろうが悪魔だろうが、こういう基本能力が高い存在は本来、それだけで重宝されるべきだと思う。
「勿論それは保証する。以前話したラーメンって覚えてる?更にベルの大好きなケーキ。これらの最高峰を献上する事を約束するよ」
「また食べ物ですか。全く、悪魔を何だと思ってるんだか...」
また小言を言われてしまったが、赤紫の両翼が小刻みに震えているのを俺は見逃さなかった。