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形見の痣(かたみのあざ)  作者: 海凪 悠晴
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第八回:出あい

 アヤカにとって、ユウキとの出会いは高校三年の夏休みに入る直前だった。


 前年の秋の修学旅行で受けた傷。そして、それに対する周りからの不当な冷遇で受けた傷。

 そのためにできたしまった心の隙間。それを埋めることができず、学校すらも休みがちの日々が続いていた。アヤカは、先生や両親からは「卒業を控えているのに、勉強もしないつもりか。この後、進学も就職もしないつもりか」などと言われている。これ以上休んでばかりいるなら、留年するぞ。それとも退学するつもりなのか、などとも。

 それでも学校側としてはアヤカをあんな目に遭わせた前年の事件を揉み消そうとする方向でいるようだ。アヤカの人生を暗転させてしまったあの事件を。ちなみに、今年の二年生、アヤカのひとつ後輩の生徒ら、修学旅行での「遠出班」はこの秋、イギリスに向かうことになったらしい。


 心が荒んだまま、一年近くの月日が流れた。アヤカは今は学校側から「問題児」扱いされる立場にあった。ただ、その原因も学校側の怠慢というのが一因にあることは言うまでもなく。学校側としてもその責任をも負っているわけであり、アヤカをそこまで邪険に扱うこともできず、いわば「腫れ物に触る」かのようにアヤカに接していた。だが、あの夜の残りふたりのルームメイトであり、アヤカと同様に事件の被害者でもあったはずのハルカとオリエはすっかり立ち直り、今は卒業そしてその後に向けて、学業などに励んでいるとのことだ。それを聞いて、なぜあのとき一緒だったはずのふたりにはできるのに、私にはできないのだろう。そんな思いからのコンプレックスさえアヤカの中には生まれ始めていた。



 ユウキとの出会いは「出会い系サイト」で、だった。夏休み前の期末試験が終わり、学校のみんなが夏季の補講に出ている間もアヤカは学校を欠席して、ユウキに会いに行っていた。

 生まれて初めて男性というものに触れたアヤカ。その関係のあと、自分はネットでは二十歳のフリーターだと言ってはいたが、実はまだ十七歳の高校生なのだとユウキに打ち明ける。それでもユウキはアヤカを抱きしめてくれた。もう少ししたら、ちゃんと十八になるのだから……。


 ユウキと出会って最初の年末、高校生としては最後の年末を迎える頃。アヤカの妊娠が発覚した。そのことを知ったユウキはまず開口一番「オレたち、やっと一緒になれるな」と言った。このことはユウキにしか知られないように、とアヤカは思った。少なくとも三月初めの高校の卒業式が終わるまでは。それさえ終われば「家を出られる」のだから……。



 翌年、三月の初め。出席日数も足りていなかったはずのアヤカだが奇跡的に高校を卒業することができた。卒業式が済んだ夜、アヤカは両親へ置き手紙を残して、家を出て、ユウキの元へと巣立っていった。今まで十八年間お世話になったお礼、そして母親になることになったから夫のもとへ行きます、と。要するに駆け落ちみたいなものである。

 そのことについて、後日、アヤカの両親からも大反対には遭った。最終的には親子として金輪際「絶縁する」ことを条件に、アヤカはユウキと一緒になることを認められた。


 それからしばらくのあいだ、アヤカにとっての幸福な日々が過ぎていった。ユウキと結ばれ、ナツミが生まれて。夫婦でナツミの成長を見守りつつ、確かに貧乏かもしれないけれど……、若いふたりは幸せだった。いや、少なくともふたりのうちアヤカのほうは、だ。



 だが、結婚して一年が過ぎようとする頃、そのある日から、ユウキは突然「おかしくなった」。

 その端緒はといえば、ユウキの帰りが遅かった夜、夜中にナツミが夜泣きを始めたときだった。


「うるせぇなぁ、もう……。オレ、疲れて帰ってきてるのによぉ……。おい、アヤカ。どうにかせえよ……」

 いつもになく、ご機嫌斜めだったユウキ。愛娘のはずのナツミの泣き声にイラつきを覚えていたようだ。

「うん、ごめんね。ユウキ、ナツミ……」

 まだ生後半年を過ぎたばかりのナツミをあやし始めるアヤカ。しかし、今夜に限って、それもうまくいかず、ナツミはさらに大声で泣き叫び始める。


「ああー! はがゆいんだよ!」


 このときが初めてだった。ユウキがアヤカに対して「手を上げた」のは。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 急にユウキからの強烈な平手打ちを喰ったアヤカ。その直後、謝ったのはアヤカのほう、だった。



 その日を境に、まるでユウキの人格は変わってしまったかのようだった。

 それ以来、毎日のようにユウキはアヤカに対して暴力を振るい始めたのだ。食わせてやってんだから暴力ぐらい我慢しろなどとまで言われていた。

 アヤカはそれに対して、抵抗することさえもなく、ただナツミだけには暴力を振るわないで、と懇願していた。ナツミに暴力を向けるくらいなら、私にその倍を向けてもいいから、などとさえ訴えていた。


 アヤカの身体から、痣の消えることのない、そんな日々が始まったのだった。

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