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形見の痣(かたみのあざ)  作者: 海凪 悠晴
6/11

第六回:無人駅

 翌、八月十四日の朝。

 同じ県内とはいえ、ユウキの実家はここなんかよりもっと「田舎」の海岸沿いの小さな町にある。だが、午前中の、しかもできるだけ早いうちには着くように義母からも指示された。アパートの近くのバス停から駅に向かい、さらにユウキの実家の最寄り駅までローカル線で一時間半。そこから更にバスすらもう廃止された道を行って数キロメートルの距離にあるのが、ユウキの実家だ。

 アヤカとナツミ、今日は朝五時起きだった。朝食として昨夜作り置きしておいたおにぎりをひとつずつ食べて、いつもは着ない「ちゃんとした服」に着替えて、朝六時半にはアパートを出た。これでもユウキの実家に着くのは九時過ぎにはなるだろう。



 ローカル線独特の「対面席」。それに向かい合わせで座るアヤカとナツミ。アヤカはその席の隣にできた空いたスペースに、背負っていた大きなリュックを置く。


「今日からおばあちゃんちだね!」

 ナツミはなんだか嬉しそう。鉄道の旅というのも久々、いやナツミにとっては初めてかもしれない。ナツミは今年「おばあちゃんち」で誕生日を迎えることになった。では、去年や一昨年の八月十五日ってどうやって迎えただろうとアヤカは思い巡らすがやはり記憶にはない。ただ、ユウキの両親、義父母と顔を合わせること、アヤカにとっては憂鬱極まりない。


 そんなアヤカの気持ちはつゆ知らず、だろうか。ナツミは車窓からの景色、あれこれ見えるたびに「あれ、すごーい。なんていうの?」と感激しながら質問していた。

 アヤカはナツミのために、沈んでいる自分の気持ちを抑えつつ、「あれは観覧車っていうんだよ」などと車窓越しに見える風景を一つひとつ解説していた。



 八時半を過ぎる頃、アヤカとナツミはユウキの実家の最寄り駅に降り立った。ここは無人駅。アヤカは切符回収箱にふたりぶんの切符を入れる。これなら、ちょっとしたごまかしをしてもバレないかもしれない、などとは思うのはそれだけでセコいのだけれど。

 駅構内に貼られているポスターも今年のものあれば、二十年、三十年前のものだろうというのまであった。すっかり色あせてしまったポスター。掲示許可の日付印が平成一桁というのは……なら、「昭和」のもひょっとして……。キョロキョロと駅全体を見回すアヤカ。

 レトロ趣味のある「鉄ちゃん」にはたまらない空間かもしれないが。アヤカにとってはこんなオンボロの駅がいくら田舎も田舎の地域とはいえど、令和の今でもこうしてあるなんて、と驚いてしまった。


 伝言板というのもまた駅の歴史を物語っている。男女の名前が書かれた相合い傘が書かれている。興味本位半分でじっと伝言板を見つめるアヤカ。


 ゆうた❤あやこ L❤VE 2023・3・21


 あれまぁ、なんとこれは三月に書かれたものらしい。それからもう半年近くになるというのにまだ残っているとか、それはまた。しかも、どこかの夫婦と名前が違ってはいるけれど酷似しているような……。


 そのときナツミは「ねぇ、おばあちゃん、どこぉ?」と聞いてくる。

「おばあちゃんちまでは、そうね、もう少し歩かなきゃいけないの」

 とりあえず、そう答えたアヤカ。そもそもユウキの実家に行くこと、今回が初めてだ。ユウキの生前にさえ連れて行ってもらったことはない。ユウキが亡くなったあと、四十九日の納骨のときにも実家には寄らなかったはず。では、この駅からどうやって向かえばいいのだろうか。

 スマホで地図のアプリを起動し、ユウキの実家の番地を入れてルートを確認する。ときどき入り組んだ道に入ったりなんだりと、ちょっと複雑だ。距離にして約三キロメートル、徒歩で四十分はかかる見込みと出た。大人の足で四十分ということだから、まだ小さいナツミを連れて行くとなると一時間は見なくてはいけない。そして、今日もまた三十度を超える真夏日になる見込みだとのと。それでも九時になろうとしている今の時間、まだなんとか凌げるくらいかもしれない。でも、真夏の田舎道を幼児を連れて一時間歩いて行くとなると……。


「おかあしゃーん!」

 ナツミの叫び声で、ふと我に返るアヤカ。振り向き、ナツミの顔を見る。明らかに顔色が悪くなっている。こんな長い旅路にナツミを連れて行くこと自体、今日がはじめてだったのだ。

「おねんね、したい……」

「ちょ、ちょっと、待ってね! ママ、いまおばあちゃんとお話しするから」


 義母に電話を掛けるアヤカ。

「もしもし、お義母さんですか? アヤカですけど……」

「あら、おはようございます。どう? そろそろお着きになる頃かしら?」

「え、今、駅にいるんですけど。ナツミが体調崩しちゃって……」

「そうなの? それで私たちにどうしてもらいたいわけ?」

「ここから、あと一時間くらい歩いていかなきゃいけないんですけど……。この炎天下でどうしようかと……」

「……アヤカさん。あんたってほんと機転もなにも利かない人なのね。お母さんとしての自覚、まるでなし。そりゃユウキもいらつくハズですね……」

「え、ええ……」

「とりあえず、今、駅にいるのね? 今、お父さんにタクシー呼んでもらうから。駅で待っていて、タクシーが来たらそれに乗ってきて。そして、今すぐナツミちゃんに何か飲ませてあげなさい。今すぐに! この時期はとくに、水分不足とか生命に関わるの!」

「は、はい……。ありがとうございます……」

「……はぁ、なんとも情けない嫁ですこと。噂には聞いていたけれど、ここまでひどいのね……。ユウキが手を上げたくなるのも無理ないわ……」


「うっ、うっ……。ナツミ、ごめんね……」

 電話を終えたアヤカ。義母から散々なことを言われたショックは大きいが、母親としてまずナツミを守らなければならない。虚ろな目をしつつナツミに謝る。

「今、お茶飲ませてあげるから……。水筒ってどこだったかな……」

 担いでいたリュックサックを降ろし、中を慌てて探すアヤカ。だが、水筒らしきものは見当たらない。そもそも持ってきてすらいないのでは。

「ああ、困ったなぁ……。ナッちゃん、もう少しだけ……ガマンして。仕方ないの……。ママが悪いの……」

 そう言い終えたところで、アヤカの意識は遠のいていき、気を失ってしまった。

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