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形見の痣(かたみのあざ)  作者: 海凪 悠晴
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第十回:戻る日常

 帰り道は、ユウキの父親、つまりアヤカの義父であり、ナツミの祖父が車でふたりを遠くのはずの自宅アパートまで送ってくれることになった。

 もちろんユウキの故郷の町を去る前に、岩谷家のお墓参りをしてから、だ。とんだ新盆となってしまったものだが。


「ユウキ、ごめんね。こんなにも情けない妻で、さ……。でも、ナツミと、そして……。あなたと私のふたりの子を守っていくから。安らかにね……」

 墓前に手を合わせているとき、心のなかでアヤカはそうつぶやいた。天国のユウキに向けて。


 海岸を間近に望む丘にある二、三十世帯規模の小さな共同墓地。「岩谷家の墓」はその一角、海側にもっとも近い位置にある。

 松林をはさんで見えるは、海水浴客などがところどころに見られる夏の海。そのはるか向こうからは高い高い入道雲が上がっている。


 ここからなら……。アヤカとともに海が好きだったユウキも浮かばれるかもしれない。ふとそんなことを思うアヤカだった。



 義父の車の後部座席に乗り込むアヤカ、そしてナツミも乗せる。大きなリュックも。

 作業用車を兼ねているようだ。ワゴン車ではあるが、二列ある後部座席の後列には農作業具などの道具が山積みになっていた。その上、かなりの年数を経ていることも感じさせる、そしてどことなく泥臭い感じのする車が走り出す。車高がやたら低かったユウキの愛車、最後はユウキと運命を伴にした今は亡きあの車とは対照的だとすらいえる。


 義父が口を開く。

「アヤカさん、申し訳ない。ここ数日、妻が酷く毒づいた言葉を掛けてきたようで」

 開口一番の言葉にアヤカは無言でいた。無言でいるしかなかった。アヤカとしては義母の言葉に傷ついたのは確かなのだが、義母がそういう台詞を掛けるのも無理もないと思うことにしていた。


 もともと寡黙そうな、昔ながらの日本男子と言った感じの義父である。アヤカからの返事がかえってこないのを読み取った義父は言葉を続ける。

「ですけど、アヤカさんには何の罪もありませんよ。むしろユウキのせいでまだまだ小さいナツミちゃんにも共々……、いらん苦労を掛けてしまったようで、申し訳ないこと限りないと思っています」

「ただ、私たち夫婦にとっても、もちろんユウキはかけがえのない存在でした。私ら夫婦にとってもユウキは幼い頃から手を焼く存在でした。でも、手を焼く厄介な息子であるぶん、とくに妻にとっては可愛い存在だったのです。まぁ私にとってもですがね……。バカな子ほど可愛い、なんて昔から言われる通りで」

 義父のワゴン車は田舎道を過ぎ、県内では主要幹線となっている国道へと入っていく。そこで車も加速していく。


 車に乗ってからかなりの時間が過ぎたが、いまだとくに一言も発しないアヤカ、そしてナツミ。義父は間隔をはさみつつも、さらに言葉を続けていく。

「正直、今になって言うのもなんですけど……、ユウキが死んだ当初は、私たち夫婦はアヤカさんのことを酷く憎んでいました。まるでユウキを殺した犯人であるとばかりに……。そのことについてもお詫びしたかったのですよ」

 ユウキの実家からかなりの距離を走った。どうも天気は下り坂のようだ。雲が広がってきたところに、夕方が少し迫ってきたこともあり、あたりは少し薄暗くなっていた。

 国道の追い越し車線に入る。アヤカたちの家路を少しでも急がせようとばかりに車は加速していく。


 やがて、この県の県庁所在地である、アヤカたちが居住する市内に入る。国道を下り、いわゆる下道へ。もう十分か二十分ほどで自宅アパートに着くだろうか。

 夕暮れがさらに少し迫り、雲も徐々に広がっていく。このままだと雨が降り出すかもしれない。速度を緩めながら注意して田舎道を行く。バックミラーの向こうのふたりを覗きながら義父はまた口を開く。

「でもね、アヤカさん。今ではあなたは私たちの娘であることには変わりない。私たちの息子・ユウキの奥さんなのですから」

 そして、目の角度を少し変えて、義父は続ける。

「そして、ナツミちゃん。君は私たちの大切な孫だ。そして君にとってはもちろん、私たちはおじいちゃん、おばあちゃんなんだよ。そのことを忘れないでね」

「もちろん、今お母さんのお腹の中にいる子も……。だからね、これからはいつでもおじいちゃんたちを頼ってほしい」

 その言葉を聞きながら、アヤカは思わず自分のお腹をやさしく擦ってあげた。そう、ナツミと、更にもうひとりのママとなるのだから。


 アヤカたちのアパートに着く頃にはもう小雨が降り出していた。あたりはいっそう薄暗くなっていた。時刻も午後五時を過ぎている。夏も終わりが迫るこの時期。日の傾くのも意外と早いものなのだ。アパートの入り口まで車を進めてくれた義父、アヤカとナツミが降りるのを見届ける。

「じゃあ、お元気で。また遊びに来るんだよ……。これに懲りずにね……」

 義父はそうふたりに言葉を掛けると、ワゴン車の運転席に戻り、そのドアを閉め、その場を去っていった。


 ワゴン車が見えなくなるまで目で見送っていたアヤカとナツミ。それが見えなくなるやいなや、回れ右してナツミが言う。

「ただいま!」

「そう、帰ってきたら、ただいま、だね」

 アパートのすっかり錆の目立つ金属板の階段を一歩一歩上がりながら自室のある二階に向かうアヤカとナツミ。

「でも、お腹空いたなぁ……」

「そうね……。でも、ちょっと待っていてね。家に何にもないから、買い物にも行かないと……」


「……うん。ナツミ、もうお姉ちゃんだから、いい子でいる!」



 アヤカとナツミ。その「日常」が再開しようとしていた。

 全10回に分けてお送りしてきました「形見の痣」。如何でしたでしょうか。今までの海凪悠晴の作品とは、また違ったテイストの世界観で、と思い筆を執らせていただきました。


 作品ごとに、今度はまた違うテイストで、ということにチャレンジしている私ですが。今回は家族間での虐待(いわゆるDV)、それによって引き裂かれた、引き裂かれそうになる家族というものをメインテーマに筆を走らせてみました。 いわば「社会の裏側」に視点を置いてきましたが、最近話題の少子化問題をはじめとする(日本、そして世界の将来を担うべきはずの)子どもの問題、しかし「その陰」に取り残される諸問題。それなどに関しましても、その当事者としてシングルマザーとなってしまったアヤカとその娘・ナツミがメイン登場人物として出てきます。


 何せ、社会への問題提起的な面をも持った今回の作品。 今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 これからもまた、海凪悠晴の作品をよろしくお願いしたします。


海凪 悠晴みなぎ・ゆうせい

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