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形見の痣(かたみのあざ)  作者: 海凪 悠晴
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第一回:形見の痣

――この痣はユウキの生きていた証拠。つまりは形見なのだから……。


 季節は大型連休も過ぎた五月の半ば。時刻はもうすぐ真夜中の零時。五月の真夜中にしては蒸し暑い夜だった。二十一歳のアヤカは、この夏三歳になる娘・ナツミの泣く声に起こされた。


 この築四十年余のアパート。旧耐震基準の制度下で設計されているうえに作りもちゃちである。そのぶん家賃は地方都市のしかも郊外、ハッキリ言って田舎のこの辺りとしても、破格ともいえるのだが。

 主な住人は一人暮らしの学生などである。アヤカの夫であり世帯主の二十六歳のユウキと三人で暮らすには今どき窮屈とさえいえる。


 ユウキとアヤカは三年前の春、いわゆる授かり婚というかたちで結ばれた。アヤカが高校を卒業してすぐの入籍だった。ナツミが「できた」からこそ二人は結ばれた。


 この夜はナツミをあやしてもあやしても一向に泣くのをやめない。ようやく最近になって夜泣きも目立たなくなってきたのだが。枕元の時計を見る。午後十一時五十五分。夫のユウキはいつもなら遅くとも十一時過ぎまでには帰宅するはずなのだが。いくらなんでも遅い。しかしユウキが家に帰ってきたら……。どうせ、また……。


 そのときアヤカのスマホが鳴る。こんな時間に? ユウキから? ……いや知らない番号からだ。もしや、と急に不安になる。出たくないけれど出ないと……。「受話」をタップし、電話に出るアヤカ。


「夜分遅く失礼いたします。こちらは県警察本部であります。岩谷アヤカさんでよろしいですか?」

「……はい、岩谷です。岩谷アヤカです」

「さようですか。実は先程ご主人・岩谷ユウキさんが、ですね……」

「ユ、ユウキが……どうしたのですか!?」

「先程、交通事故に遭われまして……、安否は未確認ですけど、まぁ……」


 ユウキが交通事故!?

 アヤカはもう居ても立っても居られない。動揺を隠せない。

「な、な、なんでユウキが交通事故に遭ったんですか!」

「……ええ、まぁ、ユウキさんが、ですね。煽り運転してたみたいで。我々の……」

 電話口の警察署員のことばは続いていたが、アヤカは聞いていなかった。聞いていることさえもできなかった。

 ナツミの泣き声が日付をもまたいだ深夜遅くのボロアパートに響き渡る。アヤカもナツミと一緒に号泣してしまいたかった。


 ユウキは「煽り運転に失敗」し、車ごと道脇のブロックにぶつかり、車は大破し炎上。そのなかで焼死したのだった。ユウキの煽り運転に気づいた県警の覆面パトカーが追いかけている途中のこと。車の番号などの情報からユウキだとすぐに特定できたとのことだ。


 炎上した車の中に閉じ込められたゆえに異常なほどまでに傷んだユウキの遺体。その司法解剖などが終わった三日目の夜。ユウキの通夜が行われ、明けて翌日は葬儀だった。喪主としての名義はアヤカだった。

 僧侶による読経の最中、ナツミが不安そうな顔をしながらアヤカに尋ねる。

「ねぇ、ママ、お父さんは?」

「……ナツミ。今はしずかにしていて」

「お父さん、なんで今いないの?」

「……ナッちゃん、お願い。もうちょっとだけしずかにしていて。今お坊さんがね、お父さんが幸せでありますようにっておいのりしているのだから……」


「ほんとにどうしようもない子でしたね」

「全く親不孝極まりない。死ぬときまで岩谷の家の名に泥を塗りやがって」

 葬儀に参列したユウキの母親、そして父親。

「というわけで、アヤカさん、ナツミを頼みましたよ。せめてあなたにはしっかりしてもらわないと」


 死んでしまったはずのユウキの味方はもう誰もいなかった。アヤカを除いては。


 アヤカにとってはただただ悲しみのどん底。その二、三週間が過ぎ。六月になった。

 その日、アヤカは化粧台の鏡。その向こうの自らの姿に久しぶりに目が行った。あの日以来化粧台なんて使っていなかったのだけれど。

 たったの三週間ほどで体重も数キロ落ちて、ますます顔がやつれてきたアヤカ。もともと痩せすぎだっただけに、これ以上体重が落ちてしまうと危険である。だが、そんなことよりもアヤカがショックだったのは。


「痣、薄くなってしまった……」

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