ウィリアム第二皇太子殿下、二度目のご来店
「邪魔するぞ」
「……!」
例の年明けパーティーってヤツからしばらくたってからの事だった。
大変非常にこれまた珍しい事に、喫茶同好会にウィリアム第二皇太子殿下が突然来店してきた。
予告もない、あまりにも突然のご来店だったので、カウンターで学園の新聞を読んでいた俺は「ぎゃーす!」と飛び上がりそうになるのを必死でこらえた。
「……いらっしゃいませ、殿下」
「ふん、寂しい店内だがどうやら僕が今日の最初の客のようだな」
「……そうですね」
店に入ってきたウィリアム第二皇太子殿下(以下、ウィリアム殿下とする)はがらんとした店内を見てそう言った。確かにこういう一大事なタイミングだと、客はいつも誰もいない。神様か何かが操作でもしているのかと考えることもある。
だが一大事は一大事だ。
「……あの、殿下。本日いらっしゃるならいらっしゃるで事前に連絡、というか予約していただければ、それなりにおもてなししたのですが」
「構わん、執務もあるから長居はしない」
最近挙動不審でも皇族は皇族だから、それなりに立派で豪華なパイとかケーキとかを用意しようかとか執務はどうだとか考えていたので、そのセリフに俺はちょっと見直した。
「それにどうせ菓子が少し豪華になる程度だろ」
ようし見直すのやめた。
「……ええと、じゃあその、今日は紅茶とクッキーしか出せませんが……」
「コーヒーはあるか?」
クッキー缶からクッキーを取り出そうとした手が止まった。え?今、コーヒーって言った?
「あ、ありますけど」
「……」
「お飲みになるんですか?」
「……多めにつくってくれ」
ウィリアム殿下は黙ってコクリと頷いた。俺がカウンターでコーヒー豆を挽き始めた時から、席に座って黙りこくっている。どうも様子がおかしい。なんだかいつもの騒がしい普段よりも大人しいというか、慎ましい気がする。
挽いた豆をコーヒードリッパーにセットして、とぽとぽとお湯を注いでいる間もハイクが書かれたカケジクとか、スケフィントン侯爵令嬢が描いた絵なんかをぼんやりと眺めていた。
「どうぞ、お口に合うと良いのですが。それからこちらは角砂糖とミルクで……」
「……そこに置いといてくれ」
割と値段が張るコップを選んでコーヒーに注いでウィリアム殿下に渡しても、彼は上の空だった。
「……」
「……」
……気まずい。こんなに気まずいのはウィリアム殿下の婚約者のデズモンド公爵令嬢がやって来た時以来かもしれない。俺は静かすぎるウィリアム殿下に強い違和感を感じた。
ウィリアム殿下に何かあったのだろうか。ウィリアム殿下は口に付けようとしなかった。
「あと早く飲まないと冷めてしまうと思うんですが……」
「……ああ、そうだな」
俺がそう促すとウィリアム殿下は身体は横を向いたまま、顔だけコーヒーカップに目を向けて言い、カップを手に取ってずずっと啜り、ほうとため息をついた。
前世が喫茶店のマスターである為、ウィリアム殿下がコーヒーをさも美味しそうに飲むさまは見ていて嬉しいものがあるが、彼は以前は紅茶を好んで飲んでいたはずだ。デズモンド公爵令嬢にお茶くみまで命じて。
一体何が起きているのだろうか。この強い違和感は何なのだろうか。
俺は色々と考えた末に一つの結論に行き着いた。
「あの……デズモンド様かブラウン男爵れいじょ……じゃなくてブラウン様と何かあったのですか?」
「……!」
俺がポツリと呟くように言うと、ウィリアム殿下はハッとした表情で姿勢を直した。
「聞いているのか……!?兄上からか、それともニューウェルからか!?」
「い、いえ少し様子がおかしかったので」
兄上というのはアルベルト第一皇太子殿下の事だろう。以前、デズモンド公爵令嬢にお茶くみをさせた事で滅茶苦茶にキレてたお人だ。あの人も結構大変だよなぁ。
閑話休題。
「何かあったのですね」
「……ああ、しかもどうやら僕のせいらしい」
どうやら何かやらかしたらしい。俺の目から見てもウィリアム殿下は碌な事しないけれど、それでもこれほどまでに落ち込むとは余程の事があったのだろう。
「良ければ話していただけませんか?私はお茶くみ令嬢とあだ名される、いち伯爵家の娘ではございますが私相手でも話せば多少は楽になるかもしれませんよ」
「いや執務があるし……」
「お時間を気にされるようでしたら簡単でも良いですよ。ここ喫茶同好会は人と人との交流の場でもありますので」
俺はそう言ってニコリと微笑んだ。それをウィリアム殿下は横目で見て再びハァと息を吐いて、何があったのかをぽつぽつと語り始めた。
「……以前、ここに来たことがあったろう?」
「デズモンド様がお茶くみ体験していた時の事ですね」
デズモンド公爵令嬢が入れた、お世辞にも上手いとは言えない紅茶を飲んでウィリアム殿下好み、ブラウン男爵令嬢が入れた紅茶と同じ味と判明した時の事だろう。「そうだ。認めたくないがあれは実に美味しかった」とウィリアム殿下は少し悔しそうに言った。
「僕はあれから他のメイドにも紅茶を入れさせてみたんだ。だが駄目だった。あの味は誰にも再現出来なかった」
「そこまで落ち込むほどだったんですか……」
「それだけじゃない。あまりにもあの味が気になり過ぎて誤魔化すためにこんなドブ水を飲んでいるって訳だったのさ」
ああ、この流れ何だか読めてきたぞ。俺は確信に近いものが降りてきて聞いてみた。
「……もしかしてデズモンド様にまたお茶を入れさせようとなさったんですか?」
ウィリアム殿下は俺の問いにコクリと頷いた。やっぱりか!この人!
俺はドン引きしながらもウィリアム殿下を宥めるように話し出した。
「殿下……そりゃ無茶苦茶ですよ。この間が特例過ぎたのであってデズモンド様は公爵令嬢ですよ?貴族のご令嬢がメイドみたいにお茶くみさせられたら面子やプライドってものがですねぇ……」
「その言い方だとお前には面子もプライドも無いみたいじゃないか……?」
「私は良いんですよ。私も特例の一人って事にしておけば」
俺の回答にウィリアム殿下は目をひくひくさせながらコーヒーを啜った。ドン引きしてやがるな、もう。
「ところがだ。リリィだけはお茶くみを喜んで応じてくれたんだ。鮮やかな手付きであの味と同じものを入れてくれて僕は心底ほっとした。それと同時にこんな健気な子を苛めるクリスティナがますます理解できなくなった」
俺はアンタが理解できねぇよ。婚約者をまず疑ってどうすんのさ。
「で、でもホントに苛めているんですかねぇ?以前、デズモンド様だって否定なさってましたのに」
「ふん、苛めるヤツは保身の為に誤魔化すものさ」
「へ、へぇ……」
(アンタら婚約結んでんだよな……?すっかり関係破綻してないか?)
俺が今更のようにそんな事を思っていると「だがそこで思い出したんだ」とウィリアム殿下は言った。
「クリスティナも同じ味を入れられる。僕好みの美味しいお茶をな。これは神様からの天啓だって思ったんだ」
「天啓とは……?」
俺の問いにウィリアム殿下は得意気に言った。
「決まってる!リリィとクリスティナを仲直りさせられるって事さ!」
「……」
どうせ碌でもない事だろうな、と思ったら予想通り碌でもなかった。
「仲直り……とおっしゃいました?」
「ああ!言ったとも!」
「クリスティナ様が?ブラウン様と?」
勿論ルビの中の事を口に出さなかった事、あるいは『お前馬鹿じゃねぇの』と言わなかったのは褒められても良いよね?
「意外な共通点から関係を構築する!共通点から人は友達になれる!そうすればクリスティナもリリィを認めてくれるかもしれない!」
「ははぁ……」
俺今どんな顔してんのかな。呆れているのかな。ポカンと口を開けているのかな。
「夢のようじゃないか!クリスティナがリリィが入れたお茶を飲み、今までの非礼を詫びて僕とリリィの愛を認めてくれる!そして二人は仲直り!素晴らしい計画じゃないか!平原に広がる花畑のように素晴らしい光景だ!」
「あ、アハハ。確かにお花畑みたいですね」
アンタの頭が特にな。
「……色々と申し上げたい事はあるのですが、結局それでお二人からはお茶くみを拒否されたんですか?」
「……ああ」
そりゃそうなるだろうね、うん。ウィリアム殿下は二人にお茶くみをさせるお茶会の提案を、仲直りの場だと書いて送ったらしい。
「クリスティナからの手紙の返事は来ないし、リリィからは送った翌日に目に涙を浮かべて『私にあの恐ろしいクリスティナ様にお茶くみさせるなんて!私はあの方のメイドではございません!』って言われてしまった……」
「そ、それはそれは」
「たしかに僕の落ち度だった……けどリリィを恐ろしい目に合わせるつもりも悲しませるつもりもなかった。純粋にクリスティナと仲直りさせたかっただけなんだ」
ウィリアム殿下は項垂れてしまった。
「で、でも幸運だった事もありますよ!」
俺は内心で『デズモンド公爵令嬢がブラウン男爵令嬢と仲直りする道理なんてねぇよ』と思いつつ、励ますように言った。
「幸運だと!?リリィが悲しんで何が幸運だ!」と、ウィリアム殿下が怒ってこちらを見ても俺は落ち着いて微笑みながら言った。
「だって、手紙を送ったデズモンド家からは何も言っては来なかったんでしょう?デズモンド様も腹を立てたかもしれませんが気を利かせて家の方には言わなかったんですよ!」
俺がそう言うと、ウィリアム殿下はガッカリしたようにこちらから顔を背けた。
「……ああ、お前もそう言うのか」
「えっ」
「兄上からも同じ事を言われたよ。お前は公爵家を、いや婚約者を何だと思っているんだ、って」
「は、はぁ……」
当然の指摘なんじゃねぇの、と俺が思っているとウィリアム殿下は手で顔を覆った。
「みんなみんなクリスティナ、クリスティナだ。もうウンザリだ……」
「……」
「どうして誰も分かってくれないんだ……どうして誰も僕を自由にしてくれないんだ。僕はただ好きな女性と添い遂げたい、それだけなのに……」
俺はウィリアム殿下を労わるような言葉は思いつかなかった。
だってあまりにも身勝手すぎるのだ。国を背負う皇族の一人としては。俺はジェームズとは愛し合えたが、貴族のご令嬢、ご令息なんて愛し合える方が稀だ。愛ではなく関係強化を望む皇族なんて尚更だ。
「殿下……」
「そうやって殿下殿下と呼ばれるのもウンザリだ……」
俺が何とも言えずにポツリとそう呟いた言葉にウィリアム殿下がため息をついた時だった。
ウィリアム殿下がバッと何かを思い付いたように椅子から立ち上がった。
「……!そうだ!そうだそうだ!どうして今までこれを思いつかなかったんだ!」
「?どうなさいました?」
俺がびっくりしてそう聞くとウィリアム殿下は満足気な明るい表情で「素晴らしい事を思い付いたんだ!」と言って善は急げというかのようにぐーっとコーヒーを飲み干した。
「こんな所でも来た甲斐があった!感謝するぞ、お茶くみ!これはお代だ!ではさらばだ!」
「あ、あの!お釣り!」
金貨を置かれた俺が慌てて言ってもウィリアム殿下は聞く耳を持たずに立ち去った。
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それから数日後、呆れた表情のデズモンド公爵令嬢が「今日は客として来たんじゃないの」と言って来店してきた。
「単刀直入に聞くけど……貴女ウィリアム殿下に何かしたかしら?」
手にはウィリアム殿下からの手紙を携えていた。
冒頭に『この日に中庭に来て欲しい。僕はお前から自由になる』と書かれていた手紙を。
「アルベルト殿下も貴女をお呼びよ」
「うへぇ……」
……一応聞くけど俺、何にもやってないよね?
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