髭剃りとオートミールクッキー
ひっっさしぶりの投稿すぎて、もうクオリティははるか下になってるかと思いますが、良ければ見てってください。もう本当にお待たせして申し訳ございませんでした。
俺ことコルネリア・ローリング伯爵令嬢とニューウェル侯爵子息があのパーティの後すぐに破局したという噂が広まった事はそれほど俺にとってもローリング伯爵家にもダメージがあることでは無かった。
ニューウェル侯爵子息自身、結構女性関係は軽い所があった事が既に周知の事実であるためでもあるかもしれないし、人前でキスされたのが恥ずかしいとか色々理由付けが出来たからかもしれない。
何にせよ俺はニューウェル侯爵子息の遊びの為に連れてこられたという事は、何も言われずとも分かっていたのであの後形式的に別れを告げられても恋愛的な意味でのショックはなかった。
それよりも人のことを散々引っ掻き回したんだから、それ相応の代償は払うんだろうなぁおいニューウェルさんよぉ、という気持ちの方が強かった。
なんせ俺の喫茶同好会に訪れる客の中にいるゴシップ三人組とかがちょくちょくやってきては、「ニューウェル様とは残念でしたね」「悲しくありませんか」とか言いに来る度に、あんちきしょうの顔を立てつつ受け流すことにしばらくの間苦労したのだ。
よっぽどのもん寄こさないとどうしてくれようかと思っていた(まぁ階級は向こうが上だからどうしようもないけどさ)。
『きっと君の人生にとって素晴らしい物になる』
ニューウェル侯爵子息はそう言っていた。
……俺の人生は最愛の人を失ってから時間は止まっている。そう考えていただけにニューウェル侯爵子息は大きく出たな、と思った。
『まだ準備が出来てないから後日改めてプレゼントするね』
ニューウェル侯爵子息は別れる際に耳元でそう言って去っていった。
果たしてあの行動が読めない男のプレゼントとは何なのか。それはとても気になる事だが、それでもこの喫茶同好会にはいつものように客が来る。
うだうだしてないで俺はいつものように、自分の日常へと帰っていった。
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「こいつを見ると何だかむかむかするぜ」
目の前に置かれたオートミールクッキーを見てライリー・ヘイはそう言った。
「そりゃまたどうしてです?」
「このブツブツがだよ。まるで髭剃りしてない無精ひげみたいでさ」
ライリーにそう言われてまじまじとオートミールクッキーを見てみるけれど、似ているのはブツブツだけで、あの寝坊した講師や子息がよく見せる汚さを感じる無精ひげとは別物なのではないかと俺は考えた。
「別にあれほどこのクッキーが汚いとは思いませんけどねぇ」
「俺はもっと綺麗なクッキーが好きだぜ。オートミールクッキーは口の中に入れると色んなものがザラザラと踊ってるようで好きじゃないんだ」
「んじゃあ下げましょうか?」
「出されたものを引っ込めさせるほどではないさ」
ライリーはそう言ってひょいと口の中に入れてボリボリと嚙み潰した。
オートミールクッキーってのはオートミール(つまりオート麦とかを加工して食べやすくしたもの、前世じゃグラノーラってシリアルに入ってたような)を使ったクッキーの事だ。ザラザラしているのはオートミールをそのまま粉にせず使っているからだ。
オートミールはヘルシーな食材って知られているし、うちで出してるオートミールクッキーは女性陣からも人気なのだが。
「無精ひげに何か思い出でもあるんですか?」
俺がそう聞くとクッキーを食べていたライリーは肩をすくませた。
「今その話をするのは止してくれよ。本当に髭喰ってる気がしてきたぜ」
「おや、これはすいません」
「だが、思い出ね……いやな記憶ならあるよ」
「ほほう、気になりますね。良ければ話してくれませんか」
俺がそう言うとライリーは紅茶を少し飲んで話し始めた。
「俺がまだこの学園に来る前の話さ。俺は一人っ子で世間知らずのお坊ちゃまだったのさ。ここの学園のボンボンの連中とかと一緒でね。それで他の連中と同じようにこの学園に来る前は家庭教師に習ってたんだ。まぁある一点を除いて俺は良い生徒だったよ」
「ある一点?」
「それが髭なんだよ、俺のは特に酷かった。俺は親父に憧れて髭を生やす事にしていたんだが、いかんせん汚い無精ひげにしかならなかった」
「なるほど、それでオートミールクッキーが嫌なんですね」
「話は最後まで聞いてくれよ、マスター。こう呼ぶと嬉しいんだっけ?」
「アハハ……」
「まぁいいや、それでも俺は髭を生やそうとするのを辞めなかった。親父から白い目で見られようともな。それが紳士としての格好だと思ってたんだ」
ライリーはそこで紅茶を少し飲むとハァと息をついた。
「そんな中、俺は親の付き合いとか色々あってある女性と文通をしていたんだ。俺の初恋だったよ。まだ見ぬ想い人を求めて俺は熱烈に愛情表現を手紙に書いたね。俺は浮かれてた、舞い上がってたんだ」
「そんな中、髭が問題に……?」
「……ああ、文通相手彼女とはこの学園の入学式で初めて顔を合わせたんだ。そしたら泣かれたんだよ。『こんな薄汚い乞食みたいな男が私の文通相手だったなんて』ってさ」
「あらら……」
「実際、俺は家からあまり出たこと無かったからな。俺の髭が周りからどう見られているかなんて聞いてなかったし、こちらからも聞かなかったんだ。ただ愚直に似合ってるって思ってた。んで、結局その人とは疎遠になってしまったよ。聞いた話じゃ俺の陰口なんかも言ってたらしい」
「あらららら……」
俺は何といえば良いのか分からなかった。髭は確かにこの国じゃ生えてる方がいいって価値観もあるけれど、髭がない方が似合っているから剃ってるって方も少なくない。死別した婚約者、ジェームズも確かそっちのタイプだった。
ライリーは黙って俺に紅茶のお代わりを頼んできた。俺はサービスって事で多めに注いであげた。
「ありがとう、でも良いんだ。俺はまた文通を始めたんだ」
「えっ?それも親からの勧めで?」
ライリーは首を横に振った。
「今度は自分で探したさ。とても素晴らしい女性でね、彼女の付き人に手紙を渡してくれるように頼んだら返事が返ってきたんだ」
ちなみに文通を通して髭の騒動の事も知っているそうで、『確かに髭はない方がスッキリしますね』と書かれてたそうだ。とにかくライリーの書く内容を楽しみに読んでくれているみたいで、良き文通相手が出来たと言っても良いだろう。
ライリーもそれが嬉しくて『貴方は太陽のようだ』だの『貴方と永遠の時間を過ごせたら良いのに』ってベタなセリフを文通相手に書いて送ったそうだ。
「それは良かったですね。次はお茶にでも誘ったらどうです?」
「ああ、その時はこの店を使ったりするかもしれないな」
俺たちはそこでハハハハハと笑いあった。
それからしばらく経ったある日のことだった。ライリーが何だか腑に落ちない様子で入店してきた。ソワソワと落ち着きがなく、喫茶同好会の中を見るなりガッカリした様子で席に座った。
「どうしたんです?何かあったんですか?」
俺がそう聞くと、ライリーは首をかしげた。
「……ここの時計は正確だから、間違ってはないはずなんだが、ここに女性が来なかったか?」
「いえ……今日は男性しかまだ来てませんけど」
ライリーはますます首を傾げた。
「どういう事だ……手紙に書いた時間になったのに、彼女が一向に現れない……」
ライリーはそう言った。曰く、前に話した通りライリーは文通相手の彼女とここでのお茶に誘ったらしい。しかし、いつまで経っても来やしないのでしびれを切らしてここに来たそうだ。
俺も店内を見渡してもいるのは男性客ばかりだった。
そんな中でまさかライリーの言う太陽がいるとは思えそうになかった。
──と思ってた時だった。
「……すいません、ここにライリーさんはいませんか?」
喫茶同好会のドアを誰かが開けて言った。
「来た!」
ライリーはそう言ってドアの方を振り向いた。
その瞬間、カチンって音が聞こえるくらい固まってしまった。俺もそちらの方を向こうとした時に『待てよ』と思った。
だって聞こえてきたのは男の声だったからだ。
恐る恐る俺もドアの方を見ると、そこには可愛らしい美少女……ではなく一目見ただけで使用人と分かる格好の青年がそこにいた。
青年はカチンと固まってしまったままのライリーに向かってトコトコと歩いて言った。
「その……すいません。結論から申し上げますと、今まで貴方と文通をしていたのは僕なんです。お嬢様は僕が貴方と文通をする代わりに給料を高くしてくれると約束してくれたので、僕が代わりに文通をしていたんです」
青年、おそらくライリーの文通相手(だと思ってた)の使用人はそう言いながら、俺たちの前でポロポロと泣き始めた。
「ほんとうに……ごめんなさい……!貴方を騙すような事をして!でも貴方との文通は心が洗われるようで、使用人として生活してきた中で一番楽しかったです!」
さようなら。
そう青年が言って立ち去ろうとした時、ライリーがぐっと青年の腕を掴んだ。俺は目の前の光景に目を丸くした。
「え……?あの……」
困惑する青年をライリーは抱きしめた。
「……君でも良いよ、いや君だからこそ俺は君と真剣に付き合いたい」
「えと……!あの!そ、その……」
まんざらでもないって顔してるよ、おい。
そして、二人は幸せなキスをした。
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「それから、後日談なのんですけどね。本来の文通相手だったはずのお嬢様がライリーとの文通を蹴った理由をその青年が教えてくれたんですよ。曰く、『髭のない男なんて、乞食にも劣るわ』だそうで」
「……ふーん」
「そう言ってた青年の口元には薄っすらと無精ひげが生えていたんですよ、オートミールクッキーみたいにブツブツと。フフフ」
「……ふーん」
「ギャレット様は髭は生やす方でした?剃る方でした?」
「……覚えてない」
「……」
「……」
「……あのギャレット様、手元が狂うので後ろから私に抱きつくのはそろそろ辞めません?」
「……嫌だ」
俺がニューウェル侯爵子息と速攻で別れたって知ってからずっとこの調子だよ。全く甘えん坊さんめ!
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