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外套と年越しとハニージンジャーティー

読者の皆様、長いことお待たせしまして大変申し訳ございませんでした。

年越しを前に更新できて良かった……。

それではどうぞお楽しみください。


 喫茶同好会から外の風景を見るとチラチラと雪が降り始めていた。シンメトリーの形をした雪の結晶が遥か彼方の空から降り注ぐ様は正に神秘的としか言いようがない。


 俺、コルネリア・ローリングはまだ背丈が小さい幼少のころからこの雪景色を眺めるのが好きだった。日本で喫茶店を経営していた前世でも、冬に客がいない時はカウンターを出て窓側の席に座り、雪が空から降るのを眺めていた。


 とは言え雪が降るということは相当寒いということだ。俺が転生してきたこの世界にはエアコンやガスストーブなんてものは存在しない。ガアールベール学園の講義室には薪ストーブが置いてあるのでそれなりに温まっているのだが、殺風景な喫茶同好会の部室にはそれがなかった。


 一応、オーブンは厨房にあるにはあるのだが客が紅茶を飲む場所には、ストーブの類は無かった。


 これでは厨房だけ暖かいばかりで来客達はみんな冬に寒い思いをする訳で、店内が恐ろしく寒い喫茶同好会なんて誰が好き好んで来るかって話だ。そんな訳で客足が遠のく事を恐れた俺は部屋の隅に置く形で薪ストーブを設置しなければならなかったのだ。


 しかしながら、薪ストーブを設置するには学園の壁に換気用の穴を開けなければならない。学園の壁を一生徒の判断で穴を開けるなんてとんでもない話だ。第一堅物の生徒会長、アルベルト第一皇太子殿下が許すはずもない。そんな訳で俺は薪ストーブの設置に一苦労するかと思われた。


 だが、覚えている人はいるだろうか、そうこの喫茶同好会はデズモンド公爵令嬢の援助を受けている事を。俺こと変人のお茶くみ令嬢が一人で申請するよりも彼女からも一筆したためてもらえば、アルベルト第一皇太子殿下も了承してくれたって訳だ(火の取り扱いについては十分に釘を刺されたが)。


 ただまぁ同好会として幾分か工事費を負担する事を条件として出されたが、喫茶同好会の未来を思えば特に使い道も無かった喫茶同好会の売り上げを全部つぎ込む事に抵抗は無かった。


 そうして喫茶同好会に薪ストーブを置くことが出来た俺は、紆余曲折あったけど余裕ぶっこいて雪景色を眺める事が出来たって訳だ(おまけに湯沸かしも一つ増えた)。それに薪ストーブを置いたおかげで来客も増えてきた気がする。


 さて、そんな冬の喫茶同好会に相応しいエピソードをご紹介しよう。


 =================================


 雪がしんしんと降り積もる頃、薪ストーブの中でパチパチと薪がストーブの中で燃えていた。ストーブの上にはケトル(やかんの事)を置いており、しゅんしゅんと湯気が出ている。俺はそれを横目で見ながらゴシップ新聞をぼんやりと読みふけっていた。


 ガアールベール学園にも冬休みを間近に控えていた。

 年越しの季節になると、ガアールベール学園の寮に住んでいる生徒も次第にそれぞれの実家へと帰る者が増え始めており、それに合わせて喫茶同好会もそろそろ冬期休業を迎えようとしていた。


 デズモンド公爵令嬢は今年の年越しはウィリアム第二皇太子殿下と共に皇宮で過ごすようで、いち早く学園を離れた。タウンセンド公爵令嬢、スケフィントン侯爵令嬢、カルヴァン侯爵令嬢方などの高貴な方々は貴族のご令嬢らしく実家で過ごすらしい。

 ギャレット様はお姉様()の側にいたいと駄々をこねていたが、(本物の)お姉様に首根っこを掴まれながら引きずられるように連れて行かれた(年越しには手紙だけでも出してあげよう)。


 かく言う俺、コルネリア・ローリングも年越しは実家のローリング伯爵家で過ごすと決めており、レディ・パウエルからは喫茶同好会の年末の片付けを早目に済ませるようにと再三言われている。次に店を閉めたら喫茶同好会の大掃除が待っている。


 掃除なんてメイドのやる仕事だが、これは趣味でやらせてもらっている以上、喫茶同好会の店主として責任を持ってやらねばならない。


 そんな事を考えながら薪を何本かくべた時だった(ちなみに喫茶同好会の薪を割るのも俺の仕事)。丁度ガチャリと喫茶同好会の扉が開いた。入ってきたのはレイラとエリサだった。


「思った通りここは暖かいわ……!」


「ローリング様!薪ストーブ取り付けたんですって?」


「ああ、お客様からも中々好評だよ」


「はぁ……ここは暖かいわぁ」


 レイラとエリサは早速付けていたマフラーを入口に置いてあるコート掛けに掛けて、薪ストーブの近くに座った。薪ストーブの中で燃える炎は手をかざす二人を歓迎するようにパチパチと言う音で出迎えた。


「年末であんまり大したおもてなしは出来ないんだけどスコーンでも焼こうか?」


 俺は二人が座るテーブルに水の入ったコップを二杯置いて聞いたが二人は首を横に振った。


「ごめんなさいローリング様、お茶だけで結構ですわ」


「本当はローリング様の焼きたてスコーン食べて温まりたいとこなんですけど」


 話を聞くと二人も年越しは実家で過ごすそうで、今年最後に俺のお茶を飲みに喫茶同好会を訪れたってだけらしい。何とも嬉しいような少し寂しいような。


「じゃあハニージンジャーティーなんてどうだい?生姜を飲むと温まるよ」


 俺がそう言うと二人は嬉しそうに「ええ、お願いいたしますわ!」と言った。そうこうしているうちに次々と客が入って来て店内も少しずつ賑やかになっていた。


 その時だった。再びガチャリと喫茶同好会のドアが開けられ、分厚い外套を着た青年が入ってきた。


「すみません……!まだやってます……か」


 喫茶同好会でそう呟いたアーウィン・ナッシュは、薪ストーブの前が他の客達で陣取られている事に気が付くと、直ぐに落胆の表情を浮かべた。


「ど、何処も埋まっている……」


「運が悪いねぇ、アーウィンは」


 アーウィンはガックリと肩を落とすと、薪ストーブから一番遠い席に座った。


 彼は室内でも外套つまりコートを着る寒がりな男だ。確かにこの季節ガアールベール学園の広い講義室に薪ストーブ一つだけでは心もとなく、座る席によっては白い息が出る。したがって冬の時期の席はストーブに近い順に埋まっていくのだが、アーウィンは運の悪い事にいつもストーブから遠い席に座っている。


 その影響か稀にアーウィンがストーブのすぐそばに座れたとしても、外套を脱がないくらい寒がりになってしまった。


 そして、そんな寒がりのアーウィンでも喫茶同好会でも外套を脱いでいない。ご存知の通りかもしれないけど喫茶同好会は学園から借りて運営している一室は、前世の日本の教室くらいの広さだ。

 そのため馬鹿でかい講義室と比べてこの喫茶同好会の室内は比較的温まりやすい。薪ストーブから一番遠いとはいえこれほど温まっている喫茶同好会の中で外套なんてむしろ暑いくらいだろう。


「脱がなくて良いのかい?外套掛けもあるんだよ?」


「いやいや大丈夫ですよマスター。寒がりな僕にはむしろ外套まで羽織っているぐらいが丁度いいんです」


「そうかい?なんならアーウィンもハニージンジャーティーどうだい?温まるよ」


「ええ、お願いします」


 アーウィンも頷いて襟を正した。そうして俺は雪が降り積もる中、ハニージンジャーティーを作り始めた。

 と言ってもハニージンジャーティーの作り方は簡単だ。紅茶に熱湯を注ぎ、一定の時間おき、紅茶を作る。しょうがとはちみつを入れて混ぜて完成。


 俺はハニージンジャーティーをお盆に乗せてレイラとエリサ、そしてアーウィン達に振る舞った。


「あぁ温まる……」


「はちみつと生姜の相性が抜群だわ……」


「ふぅ……」


 各々がハニージンジャーティーを飲んでいると、アーウィンが座るテーブルの隣にいた客の一人が彼に絡んだ。


「なぁアンタ暑くないのかい?こんなに部屋の中温まっているのに外套なんて暑くないのかい?」


「いえいえ、元から寒がりなんでこれくらいで丁度良いんですよ」


「しっかし見てるだけでも暑苦しいよ。どんだけ寒がりなんだい」


「こらこら、そんなに暑苦しいのが嫌ならもっとストーブに近い所譲ったらどうだい」


 俺がそう助け舟を出すとアーウィンに絡んだ客は渋々ながら席に戻り、アーウィンはハニージンジャーティーを飲み終えるとペコリと頭を下げて喫茶同好会を去っていった。

 それから話題はアーウィンが着ている外套の話になった。


「しっかし彼って本当に寒がりなんですのね。今年は特に寒くなるって言われてましたから仕方ありませんけど」


「私彼が春でも外套着ている所見たわ!冬は格別に堪えるんじゃない?」


「講義室ならともかくこんな狭いとこで外套を脱がないのはよっぽどだよ」


「狭くて悪かったね」


 そんなこんなを話している内に、その日の喫茶同好会の営業は終わった。


(確かにこの寒さじゃあ外套を手放せないのは無理ないな)


 外に出ると雪は更に一層量を増して降り積もるようになっていて、俺は店仕舞いをした後帰り道にアーウィンの外套の事をぼんやりと考えながら迎えの馬車に揺られて家路に付いた。




 ところが、事件は冬休みを目前に控えた日に起こった。冬休み前最後の講義にアーウィンが外套を着てこなかったのだ。あれほど外套を肌身離さず着ていたアーウィンが上に何も羽織らない服装のまま講義室の隅で震えており、あまりにも寒そうで見て居られなかった。


 アーウィンが外套を着ていなかった理由は、彼が喫茶同好会に来た時に分かった。


「盗まれたんです……」


 アーウィンは薪ストーブの前で震えながらそう喋ってくれた。

 その日は冬休み前の喫茶同好会最後の営業日だったので、俺はアーウィンが来てもいいように薪ストーブの前のテーブルを「予約」という形で取っておいた。薪をストーブに何本も足しても歯をガチガチと震わせている様は本当に痛々しかった。


「昨日、城下町に外出していたら突然引ったくりに合って……財布は盗まれなかったんですけど着ていた外套を引っぺがされて持っていかれちゃったんです……」


「それは災難だったね……でも新しく外套を買えばいい話じゃないのかい?」


 俺がアーウィンを気遣いながら温めたハニージンジャーティーを差し出しながらそう言うと、アーウィンは首を横に振った。


「そう単純な話じゃないんです。あれは今は亡き祖母が僕がガアールベール学園に進学する際のお祝いとしてオーダーメイドで作ってくれた外套で、世界に一つだけの特注品だったんです」


 アーウィン曰く、サイズも着心地もバッチリであれ以上の外套は無く、新しく発注すると一か月以上は掛かるそうだ。その為に薪ストーブの前でガクブル震えるアーウィンは外套がない事よりも、冬を越すことが出来ない事への恐怖で震えているようだった。


「ここに住まわせてもらう事って出来ないですよね……」


「冗談言っちゃいけないよ!貴方が今住んでる学生寮にも暖炉のある談話室ぐらいあるんじゃないのかい?」


「僕の悪運を舐めてもらっちゃ困ります。暖炉の前なんて皆陣取ってますよ」


 皆考える事は同じって事か……。


「はぁ……今年はずっとベッドの上でくるまるだけの寂しい年越しになるのかな……」


 アーウィンがそんな事を考えていた時だった。



 喫茶同好会のドアがガチャリと開いた。


「おや、こんにちは」


「こんにちは、マスター。まだやっているんですね」


 入ってきたのはフワフワのピンクの毛皮に大きなリボンが付いた、見るからに暖かそうな女性用のケープを纏った見たことない(少なくともここに入店した事がない)女子生徒だった。


 俺が年越し最後の新規の客である女子生徒に空いているテーブルに案内しようとカウンターから出た時だった。

 ケープを脱いだ女子生徒はケープをコート掛けに掛けずにキョロキョロと店内を見渡して、店内の隅っこに置いてある薪ストーブの前に座っているアーウィンへと近づいて行った。


「あの……アーウィン・ナッシュ様ですよね」


 声を掛けられたアーウィンは驚いた表情で後ろを振り返り、ケープを片手に佇んでいる女子生徒を視界に収めた。


「えっと……そうですがミス……」


「ウォッツですわ。アルマ・ウォッツと言います」


 女子生徒は少しもじもじとしながらアーウィンに近づき、対するアーウィンは少しドギマギしながら彼女に向き直った。


「あの……いつも貴方の事見てました。すっごく寒そうにしてて辛そうだなって思ってて、しかも今日は外套も着てなくて辛そうにしてて」


「ハハハ……確かに今は外套が無くて困っていますね」


 そうアーウィンが苦笑いした時だった。


「それで……そのもし良かったらこのケープを使ってくれませんか?」


「ええっ!?」


 アルマは驚いたアーウィンに自分が着ていたケープを持っていくと、バサッとケープをアーウィンに掛けた。


「あ、暖かい……」


「でしょう?」


 ピンクの女物のケープを着せられたアーウィンは少し恥じらっていたが、着用したケープは女物にしては中々大きい代物でアーウィンの上半身ぐらいは容易く包み込む事が出来た。


「ピンクなんて見たことない毛皮のケープだね。染めたのかい?」


「違いますわ。これは雪山に住んでる桃ウサギって品種のウサギの毛皮で作りましたの。とっても暖かいでしょう?」


「ああ本当だ……」


 アーウィンが着ているケープにほっこりと顔を緩ませるのを見ると、アルマはニッコリと笑った。


「……それ差し上げますわ。そうでもしなきゃ今年はお辛いでしょう?」


「い、良いんですか?」


 女物であるとはいえ藁にも縋る思いだったアーウィンにアルマは笑顔で頷いた。

 俺もニコリと笑ってサービスのハニージンジャーティーを入れ始めた。



 =================================



 それから喫茶同好会の店仕舞いをして一人で薪ストーブの片付けや大掃除をしていた頃、噂で聞いたのだがアーウィンは周りにクスクスと笑われ冷やかされながらも、アルマと手をつなぎながら彼女から貰ったピンクのケープを大事そうに着ていたそうだ。


 アルマはアーウィンに長いこと片思いをしており、冬になると毎日寒そうにしている彼にあげるために大きめのケープを作っていたそうだ。ちなみにアルマがアーウィンにあげる用のケープを女物のデザインにしたのは彼女の趣味だったのかもしれない。


 ……まぁアーウィンにあげる前に自分で着る必要も無かったかもしれないけど。


 とにかくそんな縁も出来た事からアーウィンは今年の年越しにアルマの家に呼ばれたそうだ。とびきり暖かい食事が出迎えるのかと思うとそれはそれは素晴らしい年越しになるのだろうと俺は思った。





「親愛なる皆様へ、良いお年を」




 年越し前の店仕舞いをする前、俺は喫茶同好会の看板にそう書くのであった。

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