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蜂蜜湯は蜜の味

久々の投稿ですが、よろしくお願いいたします。


 他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったもので他人の不幸話に興味関心を持つ人間は何処にだっている。それは当然この世界も例外ではなく、ゴシップ三人組とかはよく他人の不幸話をネタに盛り上がっている。何処の世界でも人の不幸話は恰好の娯楽なのだろう。


 だがしかし、そんな他人の不幸話を聞いてばかりいると、たまにはその話の中に自分や自分の身内が巻き込まれる事もある訳で……。つまり何が言いたいかというと、他人の不幸を喜ぶ人間がいる反面、他人の不幸に巻き込まれる人間の方もまた存在するという事である。


今まで傍観者の立場でいた自分が、まさか当事者になるとは、その時が来るまで分からないものだ。


 今回話すのも正しくそんな話、つまりゴシップ三人組のお話なんだ。


 =================================


 ガアールベール学園も段々と冷える季節になっており、上着に一枚更に羽織る生徒も増えていた。

 俺はこの日、喫茶同好会にて提供するドリンクとして蜂蜜湯、つまりハニーウォーターを作っていた。

 前世では蜂蜜湯の歴史は長いようで俺の愛読書(で前世で経営していた喫茶店にも俺の趣味で置いていた)で古代ローマ人が現代日本にタイムスリップする漫画にも、主人公がフルーツオレを古代ローマに持ち込んだら、蜂蜜湯(厳密には蜂蜜水だけど)を売っていたローマ人から不評を買っていたなんてエピソードがある。そこくらいしかソースはないが、とにかく蜂蜜水は昔からあるという訳だ。たぶん。


 それに前世でも今世でも蜂蜜はとても重宝されている。今世で蜜を集めているミツバチはアカミツバチと言って、赤い色をしたミツバチが蜜を集めている(地球防衛軍に出ていた赤い蜂の敵がイメージに近い)。そして赤いのが居れば当然のことながら他の色をしたミツバチもいるわけで、メルゼガリア帝国から遠く離れた東方の国には青いミツバチがいるそうだ。


 栄養満点の蜂蜜には色んな効果があり、喉の負担を軽減してくれたり、風邪の諸症状を治してくれるという効果もある。冷えるようになってきて風邪をひきやすいこの季節には、蜂蜜湯はピッタリってわけだ。


 作り方は簡単。お湯を沸かした後少し冷ましたら、蜂蜜を入れて溶かして出来上がり。ちなみにこの時沸騰した熱々のお湯の中に蜂蜜をいれてはいけない。蜂蜜に含まれる酵素ってヤツが効果を失うし、風味も半減してしまう。


 ──さて、俺が喫茶同好会の小さな厨房で蜂蜜湯を作り終えて、いつものようにゴシップ新聞を読んでいると、ガチャリと喫茶同好会の扉が開けられた。


「「こんにちは、ローリング様」」


「やぁどうも、お三方……?」


 入ってきたのが今回の話のメインキャラクター、ゴシップ三姉妹……ではなく一人足りなくてゴシップ二人組だった。一応、普段彼女らが一緒にいる人物の名前を列挙するとレジーナ・クレッグとナイラ・ムーディ、二人とも男爵家の娘で、アリスン・ロブソンだけが子爵家の娘だ。

 彼女ら三人組を俺はゴシップ三人組と呼んでいる。


 三人とも非常に仲が良く、ロブソン子爵令嬢はクレッグ男爵令嬢、ムーディ男爵令嬢よりも一つだけ階級が上だが、三人とも階級を気にせずにため口で会話している。これも友情ってヤツなのかなぁ。


 なんて思っていたのだが今日はどうやら様子が違ったようで、三人組のうちロブソン子爵令嬢だけがいつもいるメンバーの中にいなかった。


「おや?ミス・ロブソンは今日はお休みかい?」


 俺がそう言うと、二人は「フフフ♪」と笑った。俺が不思議そうに首を傾げていると、二人は笑いながら言った。


「それがね!聞いてくださいまし、ローリング様!」


「アリスンのヤツ、今日はお見合いに連れ出されて不在ですの!」


「へぇ……お見合い」


 二人が言うには、お見合いと言っても貴族のお見合いだから、ただの顔合わせであって結婚するのはほぼほぼ決定事項であるそうだ。まぁその辺は知っているけど。


「それにしても、二人ともやけに嬉しそうだね。ひょっとしてミス・ロブソンの相手が良い人で祝福してるとかかい?」


 俺がそう聞くと、二人に失笑され「こいつ分かってねぇなぁ」と言わんばかりに含み笑いを見せながら首を振った。


「違いますわよ!あの女の結婚相手がチビでハゲのデブ男だからですわ!」


「三拍子揃っちゃったわけですの!」


「あらまぁ……」


 二人はそう言って楽しそうに笑った。


「ぷぷぷ!あれだけ身長は高い方が良いとか、引き締まった身体の方が好みーとか言っていたのにね!」


「そんな男と結婚するなんてお笑いですわ!」


「あら!でも結婚相手はアリスンの望み通り年上ですわよ!」


「十歳以上もね!」


「「ぎゃははははは!!」」


 ええ……嫌な性格してるなぁ、相変わらずだけど。そう思っていると嫌だと思う感情が表情に出ていたようで、クレッグ男爵令嬢が話しかけてきた。


「あら、どうしましたの?ローリング様」


「苦虫を嚙み潰したような顔をしてますわよ」


 俺は「え?嫌ぁ」と言いながら二人に色々と言いたいことが出て来たが、俺は頭をブンブンと振って振り払った。


「……何でもないよ。それより蜂蜜湯どうかな?作ったんだけど」


「!いただきますわ!」


「蜂蜜はお肌にも良いんですって!」


 二人はそう言いながら蜂蜜湯を二つ頼んだ。


 俺が差し出した蜂蜜湯を二人が飲んでいる間、俺はコップを洗いながら前世の何処かで見たある記事を思い出していた。

 女同士の関係性について論じている記事で、男同士の関係性つまり友人関係は『助け合い』であり、女同士の友人関係は『不可侵条約』と言うものである。女性たちは皆、万人の万人に対する闘争が常に繰り広げられていて、その自然状態において例外的に相互に不可侵を誓うのが女同士の友情と言う訳である。


 俺は常連客の一組でありとても良い友情を結べているレイラとエリサを知っている訳だし、ローザとエレノアとは『不可侵条約』などでは無い良い関係を結べているから、そうとは限らないんじゃないかなと思っていたが、どうもゴシップ三人組には『不可侵条約』と言うのは通じるようだった。


「おいおい、見ろよレイバン。女の友情って儚いねぇ」


「怖いねぇブルーノー、僕たちはあんな風にならないようにしようね」


「そうだな、レイバン……俺たちの友情はあいつらと違って熱く深いものだ」


「ああ、ブルーノー……遠く離れても僕たちは一緒だ」


「レイバン……」


 ……アンタらは当分大丈夫だろうけどね。



 =================================



 後日、再びゴシップ二人組が喫茶同好会にやって来たが、今回欠けているのはロブソン子爵令嬢ではなくクレッグ男爵令嬢だった。どうやらクレッグ男爵令嬢は補習授業を受けているらしく、それを受けてムーディ男爵令嬢とロブソン子爵令嬢は今度はクレッグ男爵令嬢の不幸の蜜を味わっていた。


「ぷぷぷ!提出物出すのが間に合わなかったから補習授業受けているんですって!あのセクハラ教諭と一緒に!」


「ざまぁないわよねぇ!あいつ性格だらしないんですもの!」


「あの教諭、女子を見る時は胸ばかり見ているんですもの!あの目付きでレジーナ(クレッグ男爵令嬢の事)の貧相な胸見てると思うと可笑しくて仕方ないですわ!」

 

「あのセクハラ野郎の補習授業だけは受けたくないって言ってただけにね!プークスクス!」


 よくまぁペラペラと友達の不幸を喜んで話せるものだ。俺はまた二人から頼まれた蜂蜜湯を差し出して、厨房に戻るとムーディ男爵令嬢とロブソン子爵令嬢の会話を観察していた。


「でも、ナイラ(ムーディ男爵令嬢の事)は違うわよ!私のあの気持ち悪い婚約者についての愚痴を言ったら『お可哀想に』って慰めてくれるんですもの!やっぱり持つべきものは友達よね」


「そうよ!どんどん私を頼ってちょうだい!」


 うわー白々しい。ムーディ男爵令嬢の面の皮の厚さには感服してしまいそうだった。


 この流れで言えばムーディ男爵令嬢が不幸になった時には残った二人が悪口合戦になっていくんだろうな。


「蜂蜜湯を頂けるかしら?」


 二人が去っていった後、すれ違いでスケフィントン侯爵令嬢が入ってきた。そう言えばこの人はデズモンド公爵令嬢と友達同士なんだっけ。実はこの人達も裏では自分たちの悪口を言っているのかな。


 なんて俺が考えながら蜂蜜湯を入れてスケフィントン侯爵令嬢に差し出した時、ふとスケフィントン侯爵令嬢に尋ねてみたくなった。


「あのぅ……スケフィントン様。ちょっとした事なんですけどお尋ねしたい事がありまして……」


 そうして俺はスケフィントン侯爵令嬢にゴシップ三人組と女性同士の友情について尋ねてみる事にした。




「女性同士の前に彼女たちは貴族なんでしょ」


 スケフィントン侯爵令嬢は俺の話を聞き終えると、俺が入れた蜂蜜湯を飲みながらそう言った。


「貴女、まさか貴族同士の友人関係が庶民のそれと同じだと思ってます?」


「……」


「はん、だとしたら貴女貴族の娘の風上にも置けませんわね」


 スケフィントン侯爵令嬢曰く、貴族同士が友人関係になるときは大抵その人自身じゃなくて、その人の家柄目当てであって、貴族は如何に上手く多くの貴族の家と関係を築き上げるかが勝負どころなのだそうだ。


「私だってデズモンド様とだけ友人関係を結んでいるわけではじゃないのよ。他にも多くの貴族のご令嬢と友人関係を薄く広く友人関係を広げていますのよ」


 庶民は深く狭く。

 貴族は薄く広く。

 それが庶民と貴族の友情の違いなのだそうだ。だそうだ、って言っても俺も貴族の娘の端くれなのだがね……。そんな事を考えているのがお見通しのようで、スケフィントン侯爵令嬢からは「だからアンタはお茶くみ令嬢なのよ」と呆れられてしまった。


「……じゃあスケフィントン様や他のご令嬢方もデズモンド様の不幸、例えばブラウン男爵令嬢を喜んだりしているんですか?」


 俺がそう言うと、「引っ叩くわよ、アンタ」とスケフィントン侯爵令嬢に怒られた。


「この状況で、()()()()()()()()に婚約者のウィリアム殿下が惑わされているなんて不幸を喜べると思う?少なくとも私の周りにはそんな薄情ではしたない令嬢なんていませんわ」


 アンタ考えが浅はかなのね、とまでスケフィントン侯爵令嬢に言われてしまったが俺はフフフと笑った。


「……何が可笑しいのよ」


「いやいや、デズモンド様に関してはムキになられる辺り、スケフィントン様って本当にデズモンド様の事好きなんですねぇ」


 そう言ったらスケフィントン侯爵令嬢は顔を真っ赤にした。


「……厨房にいる事を感謝しなさい!そうでなきゃアンタなんか扇子ではたいてやるところだわ!」


「それはそうとスケフィントン様」


「なによ!」


「新作楽しみにしておりますよ」


「……!!よ、余計なお世話なのよ!!」


 スケフィントン侯爵令嬢はやけくそ気味に蜂蜜湯を飲み干した後、喫茶同好会を去っていった。



 =================================



 そしてまたあくる日、今度はゴシップ三人組が久しぶりに全員揃って喫茶同好会に来店して来た。全員何処かしょんぼりした表情をしていて、俺は思わず「何かあったのかい?」と聞いてしまった。


「それがね、ローリング様ぁ」


「聞いてくださいよぅ」


「私たち全員──」


「「「振られちゃったんですの~!!」」」


 ゴシップ三人組は声を揃えていった。


「振られちゃったって……ロブソン子爵令嬢は婚約したって言ってなかったっけ?!」


「そっちじゃありませんわよぅ!あのチビデブハゲキモオヤジの事なんかどうだって良いですわ!」


「一応婚約者なのにすげえ言われよう」


 三人の話を聞くとどうやら『月の薔薇劇団』のように応援している劇団の演劇員がいたのだが、その演劇員に熱愛が発覚したらしい。それも平凡な顔立ちでパン屋の娘という庶民の子と結婚予定なのだとか。三人は凄まじいショックを受けていた。


「私、彼にいくら貢いでたと思いますの!」


「私なんて愛人にしたくて手紙だって送ってましたのに!」


「チビデブハゲキモオヤジに『私好きな人いる』って婚約断ろうと思ってましたのよ!これじゃあ台無しですわ!」


 それで断れるとは思えないけど……。自分たちが不幸に見舞われるとこれほど連帯力を見せるものなのか……。そんな事を考えている俺に三人は蜂蜜湯を三つ注文した。


「というわけで!」


「今日は慰め会というわけですわ!」


「愛すべき彼の幸せと()()()()()()()()を願って!」


「「「蜂蜜湯で乾杯!」」」


 白々しいなー、この連中。


 そうして三人はぐいっと蜂蜜湯を飲み干した。


 ──すると三人は渋い顔をした。


「……ねぇローリング様?この蜂蜜湯ちゃんと作りましたの?」


「作ったよ?どうして?」


 俺がそう言うと、三人は顔を見合わせた。


「だってこれ……」



「「「いつもより美味しくないんですもの……」」」


「今までと作り方変えてないよ……」


 他人の不幸は蜜の味。


 じゃあ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は蜂蜜湯を飲んで渋い顔をしている三人を見てそんな事を考えた。

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