アニストン教諭のお見合い
アニストン教諭って弟とマーティーと結婚したんじゃないかって?あの「姉の心弟知らず」のオチは変えたので、そちらをご覧になってからの方が良いかもしれません。お手数お掛けして申し訳ないですが、よろしくお願いします。
某日、俺は喫茶同好会のカウンターに待機しながら、目の前で行われているイザドーラ・アニストン教諭のお見合いを眺めていた。俺が二人の前に出した飲み物はとっくの昔に冷めていて、湯気が立ち昇る気配も見せない。その間、喫茶同好会に流れるのはカリカリとアニストン教諭がノートに走らせるペンの音だけだった。
そうして、クルクルとペンを回すと顔を上げずに目の前に座る男に聞いた。
「……趣味は?」
「女性の脈を測ること」
「……特技は?」
「女性の体温を測ること」
「……これまで何人の女性と関わりを持った?」
「さぁね分かりませんよ医者なので。適当に書いてください」
「……ふむ」
アニストン教諭はそう呟きながら手元のノートにつらつらと書いていった。その様は明らかにお見合いの空気ではなく、お見合いと言うよりも尋問に近かったかもしれない。アニストン教諭は事務的に質問を繰り返しては出された回答の内容をノートに書き足していくだけで、お見合い相手の男とは目も合わせようとしなかった。
俺はというと先ほども述べた通りカウンターに座って、この氷点下の空気になっているお見合いを隠れるようにして眺めていた。
もっともこのお見合いを提案した張本人である俺自身、このお見合いが成功するとは初めから思っていなかったのだが。
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アニストン教諭とお見合いしていた男性、ダグラス・パコラはガアールベール学園に保健医として勤めている。保健医としての、というか医者としての腕は確かなようで、その腕を買われてガアールベール学園の保健医になったそうだ。
メルゼガリア帝国の医者としては中々に若く、また誠実に対応してくれる事から生徒からの人気は高い。
……表向きはね。ただ、彼の本性を知った者は男女を問わず、彼を毛嫌いしている。
「あ~あ、聞いてくれよローリング伯爵令嬢。まぁた女に逃げられたよ。良いとこまで言ってたのになぁ」
「……ああそうですかい」
こんな具合にね。
パコラ教諭はライナス・ダイソン──今ではメイドになったライリーと同じく、下半身にしか意識が無いような男だった。女性とあらば相手に恋人がいようがいまいがとにかく声を掛けまくる大の女性好きで、しかも平気で何股もしている男だそうだ。
どうしてこんな奴をガアールベール学園は雇ったのか不思議でしょうがない、俺は常々そう思う。女子生徒には手を出していないだけまだマシというヤツなのだろうか。
「今回逃がした女は結構名のある名家のメイドでね。それはそれは可愛いヤツだったのに。雇い主の坊ちゃんが『彼女に手を出すな』って言って僕と彼女との間を引き裂いちゃったんだ」
「……惚れてた、もしくは好き合っていたんでしょうよ。その坊ちゃんはメイドさんに」
「知ってたよ?だからこそ奪い甲斐があるってヤツじゃないか」
「へん、けったくそ悪い人だ」
俺自身、こんな軽い男のパコラ教諭の事が大っ嫌いだ。人様の恋人を寝取る事にまで手を出しているパコラ教諭の事はライリー同様に反吐が出るほど嫌いだ。それは俺が女子生徒に転生したからだろうか、それとも前世が男だったからだろうか。無理矢理手を出して来る事がない分、ライリーとは爪の甘皮ほどマシだろうけど。
「でも貴方他にも付き合っている女性がいるんでしょう?その人を思う存分愛したらいいじゃないですか」
俺がそう言うと、パコラ教諭は目をキラリと光らせた。
「それは正しい事かい?」
「は?」
「つまり一人の女性のみを愛する事はズルいことじゃないか。僕の愛を一人の女性だけが独占するなんて他の女性からしたらズルいだろう?」
「……」
そういう事は博愛主義者にでもなってから言いやがれ!俺ぁ知ってんだからな!女子生徒には良い顔して男子生徒の対応は雑だって事!
「それにね?一人の女性ばかりを愛していると飽きてくるんだよ。同じ味ばかりを食べている気がしてね。ローリング伯爵令嬢も毎日紅茶やスコーンばかり飲み食いしていると飽きるだろう?」
食事と女性関係を一緒にすんじゃねぇ!
「……紅茶は毎日飲んでますけど飽きませんよ。貴方も紅茶に相当する女性とお付き合いしたらいいじゃないですか」
「僕は飽きるね」
パコラ教諭は俺が呆気にとられるほど、即答した。
「偶にはレモンティーでも飲みたくなるよ。というわけでレモンティーをお願いするよ」
俺は嫌な気持ちになって顔を背けてレモンティーを入れ始めた。
と言ってもレモンティーに何か難しい工程があるわけではない。入れた紅茶を飲む直前にレモンを絞って入れるだけだ。パコラ教諭には少々多めにレモンを入れてやり差し出した。
「じゃあもし、パコラ先生が浮気されたらどうするんです?」
「勿論激怒するよ!僕という男がいながらどういうつもりだって」
「……」
……もう言葉にできない。
「先生浮気するんですよね?なのに相手方の浮気は許さないってどういう事です?」
「僕の浮気は愛を分け合う良い浮気だから。一方女の浮気は自分の欲を満たすだけ、だから僕は許さない」
「……じゃあ浮気を責められたらどうするんです」
「その時はギュッと抱きしめて『浮気した分君を何倍でも愛してあげるから!』とでも言うさ。まぁ実際にやったら何か泣かれたけどね」
「アンタ最低だよ!」
俺は思わずパコラ教諭が飲んでいるカップに唾でも吐いてやりたい気持ちになった。パコラ教諭はライリー程ではないけれども人の嫌悪感をくすぐる天才だろう。
そんなこんなを話していると不意にパコラ教諭がハァとため息をついた。
「ところでさぁローリング伯爵令嬢。君に聞いても仕方がないけど誰か良い女性知らない?」
「知ってたとしても貴方に教える訳ねぇだろうがよ」
ローザだってお婿さん探ししているけど絶対にこいつだけは大事な友人を紹介したくない。うちのメイドたちだって大事な大事なメイドたちだから、こいつに紹介して不幸な未来にさせたくない。たとえコイツがガアールベール学園の保険医でそれなりに稼いでいるとしてもだ。
俺がそう告げるとパコラ教諭は「やれやれこれだから女は」と首を振り、その様は余計に俺をイラつかせた。
「良いかい?僕は保健医としてガアールベール学園の生徒たちに奉仕しているんだ。それだけでも社会貢献に携わっているのに、たかだか女性関係が大らかなだけでそんなに怒る事かい?」
「その割には相手方の浮気を許さないって……言っている事が矛盾している貴方みたいな浮気性の人を他の女性に紹介したら恨まれますよ」
俺だってこんな奴紹介されたら引っ叩いてしまうだろうね。
「……んで、どうしていきなり女性を紹介してくれって聞いてくるんです」
俺がそう言うとパコラ教諭は「よくぞ聞いてくれました!」って顔になった。
「いやそれがさぁ、親父とかから『いい加減遊んでいないで、結婚でもして身を固めろ』って言われてさぁ。お見合いの一つでもしてくれって言われてんだよ」
「へぇそれはそれは。じゃあ今付き合っている女性の一人とでも結婚したらいいじゃないですか。きっと喜ばれますよ」
何だか嫌な響きだけれども。俺がそう言うと、パコラ教諭は「そんな単純なものじゃないんだよ」と言った。
「僕は結婚してからも女性とのお付き合いを続けていきたいと思うんだ。だから僕がどれだけ浮気をしようと許してくれる女性と結婚したいんだ」
「やっぱりアンタ最低だよ!」
いるわけないだろ!そんな都合の良い女性がよ!いや世の中にはいるかもしれないけど、少なくとも俺の交友関係にはいない!
「じゃあローリング伯爵令嬢、君はどう?」
「……」
「見た感じローリング伯爵令嬢って男に興味なさそうだし、貴族の結婚なんて愛のない仮面夫婦なんてざらじゃないか。僕もうこの際誰でも良いから君のような変人とでも婚約しよ──噓噓ごめんなさい」
「……」
「僕が悪かったよ、女子生徒に手を出すべきではなかったねごめんね」
「……」
「だからその悪鬼みたいな表情でこっち見ないでください」
「……」
もうさっさと紅茶飲んで帰ってほしい。そう思いながら不機嫌そうな表情を隠さずにパコラ教諭に応対していると、ふとある女性が思い浮かんだんだ。
男に(ある一人を除いて)まるで興味がなくて、愛のない仮面夫婦生活にも別段問題にしそうにない女性を俺は一人知っていた。
そしてその女性もパコラ教諭と同じく『いい加減お見合いでもして身を固めてくれ』と言われていると散々俺に愚痴っていたのは俺の記憶に新しかった。
「あのパコラ教諭……お見合いしたいって言ってましたよね」
「男に興味なくて、僕が浮気しても別段問題にしない魅力的な女性とね」
「……」
もう何も言わないぞ俺は。
「それでその……ひょっとしたらパコラ教諭のお眼鏡に適うかもしれない女性をたった一人知ってます」
紹介しましょうか?と俺がそう言うと、パコラ教諭は「是非ともお願いするよ!」と頷いた。
「その女性もガアールベール学園に教諭として勤めているのでもしかしたらお会いした事があるかもしれません。その人の名前は──」
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んで今に至るってわけ。アニストン教諭は弟さんのマーティー・アニストンがガアールベール学園を辞めて独り立ちしてからは、(アニストン教諭曰く)独り身で実家暮らしの寂しい暮らしをしていると愚痴っていた。
アニストン教諭は普段から『弟のマーティー以外の男に興味がない』と豪語していたので、俺が彼女にパコラ教諭を紹介した時も嫌そうな顔どころか全く興味関心が湧かないというような表情をしていた。
パコラ教諭は最初は「一目惚れしました。貴方は僕の太陽です」とか「まるで月の女神のようだ」とか歯の浮くようなきざったいセリフを吐いていた(パコラ教諭曰く、女を堕とすのは如何にきざったいセリフを言って口説くかがかかっているらしい。あまり賛同できないけど)。
だが、「ふむ……」とか言いながらノートにメモしていくばかりのアニストン教諭の様子に最後の方は諦めていた。
ちなみに場所は俺が紹介したことから自然と喫茶同好会に決まった。アニストン教諭はレモンティーを、パコラ教諭はコーヒーを注文した。
稀にコーヒーを頼んでくれる客なので、嬉しくはあったのだが頼んだのがパコラ教諭という事もあって少々複雑だった。
──そうしてアニストン教諭とパコラ教諭のお見合いも時間的にお開きになってきていた。アニストン教諭もそろそろ仕事に戻らねばならない頃合いだった。アニストン教諭はパタンとノートを閉じて、ペンを閉まった。
「さて宴もたけなわではあるが、これにて私は失礼するよ」
「あ、それで結局どうします?結婚しましょうか?」
パコラ教諭が軽く事務的にそう言うと、アニストン教諭は立ち止まって「ふむ……」と言ってしばらく考えた後、
「良かろう……色々と試してみたい事があるし、後学のために貴様と結婚しようかな」
俺は思わずまたまた椅子から転げ落ちそうになった。どう見たって結婚する雰囲気の会話ではなかった筈だ。
何を血迷ったのかと思っているとアニストン教諭はぴらりと前世で言う婚姻届に当たる書類を一枚パコラ教諭に差し出した。
「結婚式は最低限の人数しか呼ばない事にしよう。あまり公然の面前で婚姻するのは後々恥だろうから」
「ええ構いませんとも!それと僕の女性関係は清算しなくても良いですよね?」
普通の女性ならここでふざけんな!って怒る所なのだろうが、アニストン教諭はまったく怒りもせずに頷いた。
「好きにすればいい。私も好きにさせてもらおう」
アニストン教諭はそう言ってレモンティーをぐいと飲み干すと、喫茶同好会を去っていった。あとに残された俺とパコラ教諭は顔を見合わせた。
「……良かったですね。理想の相手が見つかって」
「ま、完璧に僕の理想と合致したとは言い難いけど、僕にとって魅力的な条件の女性だったね」
しかも同じガアールベール学園の教諭だと言うのがまた加点どころだよ、パコラ教諭はそう言った。
「やれやれ、これで実家の連中も黙り込むと言うような物だ。彼女を紹介してくれたローリング伯爵令嬢には感謝しかないね」
「そりゃどうも……でもアニストン教諭は弟さんラブだから貴方に興味持たないかもしれませんよ」
「はん、ブラコンの姉なら何度も堕としてきましたからね。あんな女、一週間も持たずに堕として尻に敷いてやりますよ!アハハハ!」
パコラ教諭はそう言ってゲラゲラと笑いながらコーヒーを飲み干した。
そうしてパコラ教諭とアニストン教諭のお見合いは何故か、どういう風の吹き回しなのか分からないけど成功したのだった。
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──それでパコラ教諭はアニストン教諭を堕としたのかって?
いや……結論から言うと、堕とされたのはパコラ教諭の方だった。
あのお見合いからしばらくした後、パコラ教諭が生徒たちが見ている前でアニストン教諭に縋り付いているのを、俺と学友たちは野次馬に紛れて眺めていた。
「何?何が起きてんのかしら?」
「さぁ……でもどうやらパコラ教諭がアニストン教諭に泣きついているみたいですわ」
「あらあらどうなさったのかしら」
そんな事を考えていると、パコラ教諭が叫んだ。
「お願い致します!もう女性関係は清算しますから!僕を捨てないでください!」
「……」
アニストン教諭はテーブルの椅子に座りながら、地面に正座して泣きついているパコラ教諭を見下ろしていた。
「ダグラス……?私の事は何て呼べばいいかもう忘れたのか……?」
「ひぃっ!」
パコラ教諭は半泣きになった顔で、顔をひきつらせた後、小声でぼそぼそと何かを言っているのが分かったが詳しくは聞き取れなかった。
「ま、生徒たちの教育に悪いから今日は勘弁しておこう」
アニストン教諭はそう言ってパコラ教諭の首元に何かを付けた。
「今日の所は早引けするぞダグラス。まだまだお前に試しておきたい事があるんだからな」
そうしてパコラ教諭はアニストン教諭に手を引かれながらその場を去っていった。俺たちはその後ろ姿を呆然と見送っていった。
後からアニストン教諭から聞いた話なのだが、パコラ教諭はそれまで女性を堕とす事ばかり考えていて、まともに恋愛をした事が無かったらしい。それで今回今までのアプローチをフル活用しても中々堕ちないアニストン教諭にいつの間にか惹かれてしまい、彼女と結婚して初めて恋に堕ちたそうなのだ。要は堕とすつもりが堕とされたって訳だ。
「しかし……パコラ教諭を堕としたテクニックって一体何だったんです?『試したい事がある』って言ってましたけど」
喫茶同好会にやって来たアニストン教諭に俺がそう言うと、彼女はニヤリと笑って言った。
「愛の経験値の差ってヤツさ、ローリング伯爵令嬢」
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