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薔薇マフィンと愛の味

よろしくお願いいたします。


 俺、コルネリア・ローリングはマフィンが好きだ。それも自分で作って焼いたヤツは別格の美味しさを誇っている。


 それに何が良いってマフィンは応用が効く。つまりプレーンマフィンから色んな味に派生出来る事が出来る。チョコマフィン、オレンジマフィン、紅茶マフィン、更には抹茶マフィンなんてのもある(抹茶がかなり高価な上に食べる人はあまりいないので喫茶同好会では出せないけど)。


 その中でも、ここ最近喫茶同好会で流行っているのは刻んだ食用薔薇を使った、薔薇マフィンだ。薔薇の香りを楽しめるだけでなく、マフィンのフワフワな甘い食感という二重に楽しめるマフィンで、メルゼガリア帝国でもよく販売されている。薔薇には愛にまつわる花言葉がごまんと含まれているため、オシャレなスイーツが好きな貴族のご令嬢方にも、一般の方々にも人気なメニューだ。


 まずボウルにバターを入れ、泡立て器でクリーム状に練り、グラニュー糖を加え、白っぽくなるまですり合わせる。卵を割りほぐし、3回程度に分けて混ぜ、バニラオイル、塩を加える。

 薄力粉とベーキングパウダーを合わせてふるい加える。練らないようにヘラを使用して、ボウルの底からすくって返すようにして混ぜる。粉が混ざりきらないうちに牛乳を加え、均一になるよう混ぜる。

 食用薔薇を加え、練らないように軽く混ぜる。スプーンで生地をすくって型に入れる。オーブンで焼き上げる。焼き上がったらケーキクーラーの上にのせて冷まして出来上がり。


 さて。

 ちょうど、薔薇マフィンが焼きあがり香りが喫茶同好会に香ってきた所で、このマフィンをよく好んで食べてくれる女子生徒の話をしようと思う。



 =================================



「マスター!薔薇マフィンとローズティー二つくださいな!」


「……」


 元気よく注文した女子生徒、パティー・ホールマンが連れて来た男子生徒を見て俺は、


(またパティーに新しい彼氏が出来たのか)


 と思った。というのもパティーは付き合っている彼氏と中々長続きしないのだ。長くても一か月、短くて三日間で彼氏と別れてしまい、その翌日にはけろっとした表情で新しい彼氏を連れている。


 彼女が飽きっぽいのか、男子生徒と馬が合わないのか色々な理由は思い浮かぶが、一番の理由は俺がローズティーと薔薇マフィンを用意しつつ、ふと思う疑問と関係していた。


 それはパティーが理想とするタイプと彼女が付き合っている男子生徒との剝離だった。


 パティーは常々自分の好みのタイプについて『私を引っ張ってくれる俺様系男子が良い』と語っていたのだが、ここ最近学園で見かけたり、喫茶同好会に連れて来ているのは彼女のタイプとは真逆のタイプの男子生徒だった。


 今回パティーとおそらく付き合っているであろう男子生徒も物静かでミステリアスな雰囲気を醸し出すタイプで、席についても俺にペコリと頭を下げた後、黙って髪の毛をいじっていた。間違っても『面白れぇ女』とか言いそうなタイプではなかった(これは俺の俺様系に対する偏見だろうか)。


「はい、ダーリン♪あ~ん」


「……」


 パティーがマフィンを差し出すと、男子生徒は黙って口を開けてモグモグと咀嚼し、辛うじてこちらにも聞こえる声で「美味しい」とだけ言った。どうにも彼氏である男子生徒の反応が薄い事に俺は何だか違和感を感じていた。


「でしょ~!ここの薔薇マフィンは絶品なんだから~」


「……ハァ」


 男子生徒がついたため息はパティーに聞こえたのかは分からない。そうしてパティーは薔薇マフィンを男子生徒と一緒に平らげた後、どうにもリアクションの薄い男子生徒を引きずるように一緒に腕を組んで去っていった。



「……彼女、新しい彼氏といつまで続くと思う?」


 俺はパティーが去った後、カウンターに座っている俺の友達のローザとレアンナに意見を聞いた。


「私は一週間と見たわ」


「私は三日間に賭けるわ」


「ほう、短いね。根拠は?」


「だって明らかに彼氏の方は仕方なく来てるって感じでしたわ!きっと彼女が無理矢理連れて来たのよ」


「私は女のカンってヤツね。二人ともぱっと見ラブラブだけど相性は悪そうでしたもの」


「なるほどねぇ」


 おおむね、俺もローザとレアンナに同意かな。多分だけどパティー、今の彼氏とも無理して付き合っている気がする。理想とするタイプがいなくて妥協して付き合っているのではないだろうか、と俺は思った。


「ところで二人とも?」


「なぁに?」


「ふがふご」


「……薔薇マフィン食べ過ぎだと思う」


 目の前に積まれた薔薇マフィンはどう見ても一人前が食べる量ではないだろう。

 ダイエットはどうしたダイエットは。


「良いんですのよ!モグモグ……これはそのあれです。夕食前のつなぎですわ!」


「同じく。食べるにもエネルギーが必要なのですわ」


「……ああもう……人気があるからってしこたま焼き過ぎた俺も同罪か」


 そうしてこの日、俺たち三人は揃って焼き過ぎた薔薇マフィンを食べ尽くすのに苦労するのだった(家に帰ったら体重が増えててレディ・パウエルにまた怒られた)。




 んで?結局パティーはどうなったかって?

 それがね、結局新しい彼氏とも長続きしなくて六日間きりで別れてしまったらしい(ローザが近かったな)。


 それで喫茶同好会に来て愚痴りに来ていた。


「マスタぁ~!聞いてよ!彼ったら『君といると疲れる』って言ったのよ!あとちょっとで一週間記念日だったのにぃ!」


「ありゃりゃ」


 パティーが一週間記念日をいちいちお祝いするのも、彼にとっては負担だったのかもしれない。ちなみにパティーは別れ話を切り出す方でもあり、さっきみたいに別れ話を切り出される方でもある。要はそれほど付き合っている男子生徒と性格が合わないのだろう。


 ではパティーが理想とするタイプである『俺様系』と付き合えば良いとは思うかもしれないが、中々そんな理想の王子様がいないのが現状だった。


 ──いや、いないというのは言い過ぎかもしれない。


「なんだよパティー、また彼氏と別れたのか?しょうがねぇヤツだなぁ」


 ちょうど喫茶同好会にて、パティーが理想とする『俺様系』?の男子生徒が来て、ローズティーを飲んでいた。


「余計なお世話よ、ダレル。アンタに心配される筋合いはないわ」


「泣き虫パティーの癖にそう俺を邪険にするなよ、幼馴染なんだからよ」


 パティーの幼馴染を名乗った男子生徒の名前はダレル・ジャックマン。俺が知る限りでは辛うじて『俺様系』と言える男子生徒だった。


「だから散々言ってるだろ? そこらのぼんくらに妥協してないで俺と付き合えば良いって。俺は普通の男なんかよりもよっぽどお前を楽しませられるって」


「冗談止してよ。アンタと付き合う方がよっぽど妥協する事になるわよ」


 だが、パティーからの評価は散々らしく、彼女とダレルが付き合っている所を見たことがない。


「俺は……二人ともお似合いだと思うけどなぁ」


「だろ?!ほら、マスターだってこう言っているんだぜ、パティー」


「噓でしょう、マスターまで!マスターはこいつがどんなヤツか知らないのよ!」


「でもねぇ、貴女が理想とする相手って『俺様系』でしょう?ダレルは違うのかい?」


 俺がそう言うと、パティーは首を勢いよく横に振った。


「ぜんっぜん違うわ!私が理想とする『俺様系』は自分に強く自信を持ってて、いつもは私をおざなりにするけど、いざという時は私を守ってくれる騎士さまのような人よ!」


「俺は自分に自信持ってるし、お前をおざなりに出来るぜ」


「アンタはただのマイペースのナルシスト野郎なのよ!」


 アタシが理想とする『俺様系』とはほど遠いわ!とパティーは声を荒げた。


「……それで?ダレルはいざって時に役に立つのかい?」


 俺がそう聞くとパティーは「それが聞いてよマスター!」と言った。


「アタシが小さい頃の話よ。公園でダレルとアタシが一緒に遊んでいたら、年上の男子にアタシが絡まれた事があったの。でも近くにいたダレルったら助けてくれるのかと思ったら何したと思う? 逃げたのよ! すたこらさっさてね!」


 パティーがそう言うと、ダレルは「しょうがねぇだろ……あの時は小さかったんだから」とぶつくさ言っていたが、パティーには聞こえていないようだった。


「私が理想とするのはね。普段は素っ気なくしてても女を身を挺して守ってくれる、心に情熱を持った方よ」


 そうこの薔薇マフィンのようにね……とパティーはうっとりした目で薔薇マフィンを見ながら、マフィンを一かじりした。




 それからしばらくして、パティーは新しい彼氏と付き合い始めた。パティー曰く、彼女の理想とする『俺様系』と付き合い始めたと言っていたのだが……。


「マスター……薔薇マフィン作ってくれますか?」


「それは良いけど……」


 俺は喫茶同好会にやって来たパティーに違和感を感じていた。彼女は新しい彼氏が出来たにも拘わらず、何処か元気がなかった。


「ねぇパティー……なんか顔に痣出来てない?目のあたりとか……」


 新しい彼氏と上手く行っていないのだろうか、それどころか彼氏に暴力を受けているのかと思っていた。

 

 実際のところ、その懸念は当たっていた。パティーに関する噂を耳にすることがあったのだが、パティーの彼氏は他の生徒が見ていないところで彼女に暴力を振るっているらしい。彼女の髪の毛を引っ張って引きずっている所を偶然見かけた所もあるそうだ。


「アハハハ……気にしないでくださいマスター、アタシは大丈夫ですから……」


「……」


 パティーはそう言って薔薇マフィンを包むと、喫茶同好会を去っていった。それをぼうっと見ていたのはダレルだった。


「ねぇ、ダレルさんよ。良いのかい?彼女があんな目に合っているのに」


「……知らねぇよ。アイツが選んだ相手だろ」


 ダレルは俺から目をそらした。俺はハァとため息をついた。こんなんだからパティーとくっつけないんじゃないかな、それともダレルには幼馴染を守ってやろうって気概はないのかな。



 なんて事を考えていた時だった。



 悲鳴が外の廊下の奥から聞こえてきた。

 俺たちはなんだなんだと喫茶同好会を飛び出して、悲鳴が聞こえてきたであろう学園の空き教室に行くとパティーが男に殴られていた所だった。パティーの新しい彼氏は頭に血が上っているようで、周りに野次馬がいる事に気が付いていない。


「なんだよ薔薇マフィンってよぉ!俺はそれよりも金寄越せって言っているだろうがよ!」


 気が付けば倒れるパティーの周りには薔薇マフィンが散らばっていた。新しい彼氏は体格がよく、そんじょそこらの男では太刀打ちできそうになかった。


「ご、ごめんなさい。でももう私はお小遣いが無くて……」


「だったら親の財布からでも盗んで来いって言っているんだよ!俺を舐めてんのか!」


 どうやらパティーの新しい彼氏は、彼女からお金を搾取していたらしい。よくそんな素行の悪さでガアールベール学園に通えたな、と呆れてしまった(恐らく親のコネで入れさせてもらったドラ息子なのだろう)。


「そ、そんな事したらお父様に勘当されてしまいます!」


「知ったこっちゃねぇよ!俺は金が欲しいんだよ!」


 と言って新しい彼氏がパティーを殴ろうとした。



 その時だった。



「……辞めろぉ!」


 パティーの乱暴者の彼氏の腕を掴んだ者がいた。

 ダレルだった。


「ああ!?何だよてめぇは!お前には関係ないだろうがよ!」


「俺か?俺はダレル・ジャックマン──」


 ダレルはぱさっと髪の毛をかきあげた。



「その子を守らなきゃいけない(おとこ)だ!」



 ダレルはそう言って乱暴者の彼氏に立ち向かっていった。



 結果から言うと、ダレルは教員が駆けつけるまでの間ボコボコにされた。血まみれになった顔はパンパンに腫れて痣だらけになっていた。

 だがその雄姿を見たサムライ留学生こと、厳藤(よしひさ)殿が「正しく漢の姿! 感動したでござる!」と加勢に入り、男を取り押さえるのを手伝ったおかげで場は何とか丸く収まった。


「何でアンタが割って入るのよぉ……アンタには関係ないでしょぉ……」


 パティーはポロポロ泣きながらダレルの手当てをしていた。


 


 それからパティーは停学になった彼氏と別れ、また独り身になってしまった。そして喫茶同好会にやってきては愚痴っているのだが、


「あの時のアンタ……少し格好良かったよ」


「ふん……!当たり前の事をしただけだ」


 と少しだけパティーとダレルの関係が進歩したように思える。



「マスター!薔薇マフィンって食用薔薇をいくつ使ってるの?」


 俺がそんな事をぼんやりと考えていると、パティーが聞いてきた。


「うん?大体六個焼くのに一本ぐらい使っているかな」


「へぇ……一本」


 パティーが何か考えていると、ダレルが笑って話しかけてきた。


「……マスター、薔薇マフィン六個くれ」


「え?」


 ダレルはそう言うと、懐から紙に包まれた二本の薔薇を取り出した。


「……なぁパティー、俺からの贈り物受け取ってくれないか?」


 そうして一本分の薔薇マフィンと二本の薔薇、合計三本分の薔薇をパティーに差し出した。パティーはポロポロと泣きながら「遅いよバカぁ……」とそれを受け取った。



 以来、二人は一週間どころか一か月以上も長続きし、最終的には卒業後に結婚式を挙げるまで添い遂げたそうなのだが、それはまだ未来のお話なのである。



 ちなみに二人が付き合い始めた日の記念日には毎日三本の薔薇をダレルはプレゼントしているそうだ。



 三本の薔薇。

 花言葉は「あなたを愛しています」なんだって。

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