コルネリア・ローリング伯爵令嬢からの手紙
この物語の根幹に迫る手紙です。どうかよろしくお願いいたします。
リチャード・ヴァンズ様。
まず、貴方が快方に向かわれました事へのお祝いを申し上げます。私はあの時悲鳴を上げて気を失ってしまった時、近くにいた厳藤殿が駆けつけて男を止めてくれなかったら貴方が殴り殺されていたと思うと、私はもう後悔どころでは済まなかったでしょう。
男はどうやら勘違いをしていたようです。リチャード様とは別の方と女性を巡って大きくトラブルになっていたようで、その方の名前が偶然にもリチャード様とそっくりだったようなのです。
結局、貴方を襲った男は退学になりました。実際、貴方の命に別条があった訳でもなく、後遺症が残るような大怪我ではなかった事で、それなりに温情をかけられたのでしょう。ただ、謝罪もなく退学しても牢屋に入る事は決まっているので、男の未来は明るくなさそうです。
貴方がこれからも普段通り生き続ける事が出来る事に何よりも喜びを感じております。
それから……私のこれまでの非礼を詫びさせて頂きたいと思います。
私は貴方を避け続けました。それは事実です。私は貴方の顔を見る事さえ躊躇っていました。貴方からは不思議に思われましたでしょう、よく知りもしない令嬢から突然避けられては。しかもその相手というのがお茶くみ令嬢と言う、変わり者の令嬢とあっては腹も立てられたかもしれません。
でもどうか勘違いなさらないでください。私は貴方を嫌っているのではありません。貴方が憎くて避けているのではありません。
むしろ逆です。私は貴方を好いてしまいそうになるから、愛してしまいそうになるから避けているのです。
これには深い深い事情があります。その訳を最初から最後まで知ったら、貴方はお茶くみ令嬢の頭がおかしくなっていると思うかもしれません。
これから書く内容は誰にも話しておりません。ただ貴方には全てを告白いたします。リチャード様だけにはこの愚かな私の真実を知ってほしいから。
──これから私が綴る内容は全て真実です。どうか最後までお読みいただますようお願い申し上げます。
私にはこの世界に生きる前の記憶、前世の記憶がございます。
私は前世ではこことは違う別世界で、今と同じように喫茶店を経営している店主でございました。
……前世での性別は男で、客たちからはよく『マスター』と呼ばれてました。
私は男として、喫茶店のマスターとして普通に生活を過ごしておりましたが、ある日理不尽な事故に遭い一度目の死を経験いたしました。
そして、私はコルネリア・ローリングとしてこの世界に生を受けました。
産まれてから物心ついたある時に私は男であった前世を思い出し、そのショックで一週間は寝たきりになりました。
リチャード様は不思議に思われたのではないでしょうか、私が普段喫茶同好会で『俺』と言ったり男口調で話すのが。それは前世の名残りが消えてないからなのです。
でも私が前世を思い出した直後は、私はリチャード様が想像もつかない程今以上に男として振舞っていました。私は嫌だったのです。貴族の令嬢として産まれた事が。
ドレスを着るよりもズボンを履きたがりましたし、髪はバッサリと短髪にしてしまいたかったです。股は当然ながら開いて座り、一人称も『俺』と言っていたのでその度にメイドや両親に令嬢らしく振る舞えときつくしかられました。
それでも私は男として生きたいと両親にもメイドにも反抗し続ける事を辞めませんでした。意固地になっていたのだと思います。前世と今世はもう違うというのにも拘わらず。
男のように振る舞う事を辞めない私に頭を悩ませていた両親はこう考えました。『婚約者が出来ればこの娘も変わるだろう』と。そして、お父様の昔からの付き合いである貴族のご子息と私を政略結婚させようと話が進められておりました。
私は男の婚約者が出来ると知って猛反発しました。前世の記憶が残っている私は男と結婚させられる事を何よりも毛嫌いしてました。枕を投げつけ髪を振り乱し、メイドというメイドに当たり散らしたのを今でも覚えております。
そして、私は私の婚約者と顔合わせをする場に無理矢理連れてこられた時、両親やメイドたちがこちらを見ていない隙を狙って逃げ出しました。
子供の浅知恵です。何もプランはありませんでしたが、城下町に逃げて仕事を見つけようとしていたのでしょう。
いくつもの扉を開けて出口を探していた時、私は逃げる途中である少年とぶつかりました。
謝りながら少年の話を聞くと、どうやら少年も無理矢理婚約者を作られそうになって逃げだしてきたとの事でした。少年の婚約者はがさつでおよそ令嬢らしくないと噂され、そんな令嬢とは結婚したくないと逃げ出したと話してくれました。
その場で私と少年は意気投合し、追手が迫っていたので近くの部屋に入り、置いてあった毛布箱の中に隠れました。その毛布箱の中で私と少年は色々な話をしました。どんな遊びが好きか、どんな甘味が好きか、好きな小説はとか。その時ほど楽しかった思い出はございません。私たちはその瞬間だけ性別の垣根を超えた友達になっていました。
でも私たちは直ぐに見つかりました。
そして私達を見つけた両親とメイドに最初は烈火のごとくしかられましたが、一緒に隠れていた少年を見ると怒った顔から直ぐに可笑しくてたまらないという顔になりました。
私と少年がポカンとしていると、両親は大笑いしながら私達を毛布箱の中からつまみ出しました。
私が性別の垣根を超えて友達になった少年こそ、私が婚約する事になっていたジェームズ・デヴィッドソンだったのです。
私はジェームズと婚約する事になってから、最初はジェームズの前では男のように振る舞い、婚約者と言うよりも男として振舞っていました。男として喋り、男として遊びました。それは中々友達に恵まれなかったジェームズにとってはとても嬉しい事だったと、彼の実家のメイドから教えていただきました。
しかし私たちはいつまでも友達のままではいられず、両親が立てた予測は当たりました。
私たちは次第にお互いを男女として認識し始めていたのです。私自身、ジェームズといると心がドキドキし、彼を思うと切なくなりました。ジェームズが他の女性と親しげに話しているだけでも、モヤモヤとしました。
政略結婚で得た婚約者などに愛を捧げるなど愚かな事だと、世のご令嬢方は言います。その点で言えば私は、コルネリア・ローリングは特段に愚かだったようです。
気付けば私は前世の男の記憶があるにもかかわらずジェームズを友達としてではなく、異性として愛していたのです。それはジェームズも同じようでした。
それから私たちは深く愛し合いました。私は男として振る舞う事を辞め、ジェームズに女性として見られるよう、血反吐を吐くような思いで努力しました。
その努力は実り、お互いに長い恋文を交わし合い、ダンスパーティーではお互い以外の異性と滅多にペアを組むことはありませんでした。そうして二人はガアールベール学園に通いながら予定通り結婚し、末永く幸せに暮していくものと思っていました。
──ある時、ジェームズが乗った船が沖合で残骸となって発見されるまでは。
ジェームズはガアールベール学園に通う前に一度広大に広がる世界を見てみたいと言っていました。私は止め、ジェームズも両親から反対されていましたが、一度言ったら聞かないのがジェームズの悪い癖でした。結局、諸般の事情で私はその船に乗れず、港でジェームズが船で遠くへ行くのを最後まで見送りました。
それが、私がジェームズを見た最後の日となりました。
ジェームズの遺体は浮き上がることはなく、行方不明者リストに乗ったままでした。現実を受け入れられない私は何日も何日も港に通い、ジェームズを探しました。次第に彼がもう戻ってこないと分かると食事も喉を通らず、餓死寸前になるまで部屋に引きこもりました。
ジェームズと私の仲を知っていた両親は心から同情し、『何かしたいことはないか?』と気遣ってくれました。
そこで思い出したのです。いつだったか、私はジェームズにお茶を入れた事があります。ジェームズがお茶好きだったという事もあり、彼を喜ばせたいと思って、前世の記憶をフル動員してお茶を入れました。そうしてジェームズに差し出したお茶は彼を喜ばせました。
私はあの時の笑顔を思い出し、『学園で喫茶店を開きたい、お茶くみは自分がしたい』と両親に願いました。
勿論、最初は家族からも反対されました。ご存知の通りお茶くみは基本的にメイドがやる仕事です。伯爵家の令嬢がすることじゃないって、メイド長からはこってりしかられ、母親は私の気が狂ったと卒倒しました。
でも事情が事情だけにあまり反対する声も徐々に小さくなって、最終的には『しばらく好きにさせよう』と言う事になりました。
そうして喫茶同好会は誕生しました。
傷心の私は再び『俺』となって男だった前世の記憶を思い出しながら忙しくしてれば自分を慰められると思ったのです。
でも心の中でこうも思っておりました。
逝ってしまったジェームズも私がお茶を入れていれば、ひょっこりと紅茶の匂いに連れられて来てくれるのではないか。喫茶同好会にはそんな淡い願いも込められていました。
──そしてリチャード様、貴方が来た。
リチャード様は気になさってくださいましたね。どうして私がリチャード様を避けるのか。どうして顔を合わせようともしないのか。
聡い貴方ならお気づきかもしれません。そう、貴方はそっくりなのです。
私が愛した婚約者、ジェームズに。
顔だけではありません。
貴方は優しい、ジェームズのように。
貴方は温かい、ジェームズのように。
貴方は美しい、ジェームズのように。
ジェームズを愛した私が貴方に惹かれないはずがない!
私は貴方の温もりに触れたい。
私は貴方の手に触れたい。
私は貴方の腕の中で抱き締められたい。
貴方の全てを愛したい!
貴方の全てを受け入れたい!
……。
…………。
でも……でもこうも考えるのです。
私が貴方に惹かれているのは……貴方を愛そうとしてしまっているのは、貴方がリチャード様だからではなく、ただジェームズに似ているだけなのでは?
似ているただそれだけの理由で、愛した人の影を貴方に押し付けているだけなのでは?
おお、だとすればこれは裏切りです!酷い裏切りです!
貴方に対しても!ジェームズに対しても!
リチャード様が私の死んだ婚約者に似てるというだけで惹かれてしまうなんて、なんて私は浅い女なのでしょう!
なんて私は……なんて私は愚かな娘なのでしょう。リチャード様を愛そうとしても、結局それはリチャード様に向けた愛ではないのです。
だから……だから私は……私は貴方を愛してはならないのです。
私がローリング伯爵家の一人娘だからではなく、貴方がリチャード・ヴァンズ様だからこそ、私は貴方を愛してはならないのです。恋心すら抱くことすら許されないのです。
ああ、だからリチャード様、リチャード様。
どうか、もう喫茶同好会に来ないでください。その優しさでもって私と仲良くなろうとしないでください。
そこの店主をやっているのはこの国で一番の愚か者です。貴族の令嬢の癖に政略結婚で得た婚約者を愛してしまい、未だに逝ってしまった婚約者を追い求め、その上貴方にその影を見る大馬鹿者です。
リチャード様。リチャード様。
この愚かで惨めな私の気持ちを、馬鹿娘の我儘をどうか分かってはくれませんか。
貴方を愛おしいと思い始めた時、私は同じように愛おしいジェームズへの愛と貴方への思いで張り裂けてしまうのです。貴方を手に入れたその一時の満足に溺れた先にあるのは破滅しかないのです。
リチャード様が私と仲良くならなくとも、私は貴方の幸せを願っております。相応しい人と婚約し、相応しい幸せを迎えてください。
私の一生の願いでございます。
貴方に輝かしい未来が待っていますように。
コルネリア・ローリング。
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それからしばらくの後、ガアールベール学園にてメルゼガリア帝国を揺るがす程の大事件が勃発し、当然のことながらその事件はリチャード・ヴァンズも目撃する事となる。
そして事件が終息した後、一連の騒動を目撃していたリチャード・ヴァンズはこう語った。
「──愛というのは良くも悪くも人を狂わせる。けれどこの世界に本当に『真実の愛』と言うのがあるとしたら、それはコルネリア・ローリング伯爵令嬢のためにあって欲しいな」
恋愛に狂った馬鹿と言うなら某王子とコルネリアはそう違いは無いのかなって思っちゃいました。
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