骸骨令嬢とウサギカボチャのパンプキンパイ
ガバガバ設定です。それでも良ければどうぞ
肌寒い時期にはなっていたがウサギカボチャがよく採れる季節になって、初めて秋の到来を感じていた。ウサギカボチャというのはクモ苺と同様に、前世にはなかった食べ物だ。実った姿がまるで丸まって寝ているウサギのように育つ事からそう名付けられている。
ウサギカボチャを使ったポタージュもまた美味しいのだが、やはり喫茶同好会に相応しいウサギカボチャを使ったスイーツを作っていきたい。
この世界では一際人気が高い、ウサギカボチャを使ったパンプキンパイを。
ウサギカボチャの種とわたをくり抜き、皮をそぎ落としていく。皮をむき終わったカボチャを鍋に入れて茹でてウサギカボチャの下ごしらえは終わり。熱々をマッシャーでつぶし、温かいうちに砂糖とバターを混ぜる。混ぜたものに卵黄・生クリーム・シナモンをくわえたら、パンプキンパイに塗るペーストの完了。
後は予めメイドに用意してもらったパイ生地を敷いて、ペーストを塗ったら、残ったパイ生地で網模様を作り乗せて溶き卵を塗り、オーブンで焼き上げたら完成。
出来上がったパンプキンパイをカウンターに乗せて、喫茶同好会の看板に『今日の日替わりスイーツは「ウサギカボチャのパンプキンパイ」です』と書いたら、俺はうーんと背伸びをした。
今日はどんな人が来るだろうか。
俺は喫茶同好会を開く時、いつもこんな事を想いふけっている。
俺の紅茶を飲みに来てくれた人か、はたまたお茶くみ令嬢を馬鹿にしに来た人か、貴族だろうか庶民だろうか、なんて事をね。
ただ、今日の日替わりスイーツの事を考えると、今日来る人物は大方予想が付いていた。
パイにしろ、タルトにしろ、ガアールベール学園にて美味しそうなスイーツに一際目がない人物がいるだろう?今日はその人に関するエピソードになりそうだ。
ほらちょうど、廊下の奥からドスンドスンと地響きが聞こえてきた。
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「すいません、ウサギカボチャのパンプキンパイおかわりお願いします」
「……!」
「紅茶のおかわりは?」
「いただきますわ。角砂糖も無くなったので新しいのをお願いしますね」
俺の学友、ローザ・マクマスター伯爵令嬢は信じられない物を見る目で女学生がパンプキンパイをおかわりするのを眺めていた。
ちなみにローザは激しいダイエット生活から明け、その甲斐あってか横綱から関取くらいにまで瘦せていた。それでも喫茶同好会ではスイーツのおかわり厳禁を実家から言い渡されていて、今日もパンプキンパイ一切れを大事そうに大事そうに食べていた。
ちょうどその時に、俺はパンプキンパイのおかわりを一切れ切り取って女学生に渡した。
「ありがとうございます。マスター」
女学生は受け取ったパンプキンパイを俺がティーカップを拭き終えるよりも速く、モガーッと目にも止まらぬ速さで食べ尽くし、紅茶にどぼどぼと角砂糖を入れて飲み干してしまった。それはローザがかつてクモ苺のタルトを食べるよりも早かった。
「すいません。パンプキンパイと紅茶のおかわりを」
別のテーブルに座っていた女学生から三度目のおかわりの声が聞こえてきた時には、ローザは思わず声をかけずにはいられなかったのだろう。
「……あの、すいません」
「はい?」
ローザに突然話しかけられた女学生はフォークを置いてローザの方へ向き直った時、ローザはひっと小さな悲鳴を上げた。女学生は骸骨のようにやせ細っていたのだ。
「あ、あの……何処かお身体が弱いのですか?随分と細いような……」
ローザが恐る恐る尋ねると、女学生はローザが悲鳴を上げた事に対して腹を立てず、
「体質なのです。食べるだけ食べているのですが、ふくよかな身体になれなくて」
とニッコリと微笑んで言った。
「まぁまぁ……羨ましいですわ。私なんてこの見た目ですのに……」
と言ってローザが脂肪がたっぷりと乗った頬を持ち上げると、女学生は
「アハハハ、こんな事言っては失礼ですけど、私の方こそ貴女が羨ましいですわ。私全然太れなくて」
「まぁまぁ!聞きました?コリー。太れないんですって」
私からすれば夢のような話ですわ、とローザが俺を見ながら言った。
女学生はレアンナ・クルーニーと言って、俺とローザと同い年の伯爵家のご令嬢なのだそうだ。しかし、伯爵令嬢同士なら、名前の一つぐらい聞いていても可笑しくはなさそうなものだが、生憎と俺もローザもクルーニー家の名前もレアンナという名前も聞き覚えがなかった。
「つい最近、登校し始めたばかりなんです。それまでは立つのもままならない程瘦せていたので」
そう苦笑いしたクルーニー伯爵令嬢曰く、健康的に支障がある程やせ細っていたので、先日のダンスパーティーにも出る事が出来なかったそうだ。それを聞いて講義を始める前のアニストン教諭が出席を取る時に「欠席者は彼女だけか」と言っていたのを思い出した。
「ああ、じゃあ今まで出席してなかったあの『謎の欠席者』と言われてたご令嬢って貴女の事だったのか」
「まぁ、私がいない間にそんなあだ名まで増えていたのですね」
「増えていたって……以前は何て呼ばれてたんです」
「以前は『骸骨令嬢』って呼ばれてましたわ。私がまだ社交界に出られる程元気があった頃に」
「まぁ失礼な!」
ローザは憤慨した。自分も『子豚令嬢』とあだ名されているからかもしれない。
「人はあだ名を付けるのが好きなのかもしれないね。俺もこんな事してるから『お茶くみ令嬢』って呼ばれているし」
「つまり……私たちは皆あだ名と言うか蔑称が付いていますのね」
「あだ名仲間ってヤツですわ!」
ローザはニコリと自嘲するように笑うと、クルーニー伯爵令嬢の手を握った。
「良ければ私たちお友達になりません?せっかくこうしてコリーの喫茶同好会で出会えたんですもの!」
「まぁ……私なんかで良ければお願いしますわ」
「じゃあ、俺もお仲間入りさせてもらえませんかね?ミセス・クルーニー」
俺がそう言うと、「レアンナとお呼びください、お友達になるのですから」とクルーニー伯爵令嬢は嬉しそうに笑った(以後、彼女をレアンナと呼ぶ)。俺もコリーと愛称で呼んでくれる友達が増えてくれて嬉しかった。
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「それで……私の婚約者候補の方ったらどいつもこいつもこう言うんですの!『もっと瘦せてきてから話ましょう』って!結局その方との婚約はお流れになったんですけどね」
「まぁ……私も言われましたわ。私は逆に『健康的な身体になってから来てください』って」
それから俺とローザ、そしてレアンナはすっかり友達になり、パンプキンパイと紅茶を食べながら婚約者談義をしていた。ローザもレアンナも婚約が正式に結ばれる前に花婿予定の男性側からの強い要請で破談となった経験を数回繰り返していた、奇遇にも正反対の理由で。
「それからエイブリーって方に一目惚れして、ダイエット始めたんですけど。彼ったら『もっとふくよかな方が好みです』って!あんなに頑張ったのに」
「エイブリー? 平民の方?」
「ええ」
レアンナはローザにエイブリーの話をされて首をひねった。
俺もジェームズのそっくりさんであるリチャードとの恋愛を反対されていたので、エイブリーの件を思い出して『そう言えばそうだ』と思い返していた。貴族のご令嬢は基本的に結婚相手は政略結婚で探すから、自由恋愛なんて概念はない。にもかかわらず、ローザは平然と平民のエイブリーや(コーヒー好きの)ランダルと恋しようとしていた。
「……え、でも良いの? 平民の方と結婚しましたら貴族じゃなくなりますわよ?」
「良いんですのよ! マクマスター家の家督はお兄様が継ぎますし、貴族とのパイプラインは私のお姉さま方がやりますわ」
ローザ曰く、あまりに多くの貴族からお断りされすぎて『こんな太った愚女引き取ってくれるなら、この際平民でも良い』とローザの実家の方々は諦めたように言っているそうだ。
ローザ自身、食べていけるなら貴族の地位にこだわらないそうだ。
俺は今では慣れているけど、政略結婚が当たり前の貴族社会で婚約前にお断りされる時点で、相当太っていると見なされたのかもしれない。
「へぇ……良いなぁ。ローリング家は一人娘だから平民と恋しようものなら猛反発喰らうよ」
「コリーは? 婚約者はいますの?」
二人の会話を聞きながらレアンナの要望でスパゲッティのトマトケチャップ炒め(ナポリタンの事)を作っていた俺に、レアンナが聞いてきた。
「いたよ、過去形で。今頃は虹の橋を渡ってるだろうよ」
俺は少し言葉に迷ったが、ローザがちょっと『不味い』って顔になったのを見て、俺はローザにウィンクしながら少々ポエムチックに答えた。レアンナはローザに顔を向けると、ローザは「分かってくれ」って顔になったので、そこで察してくれたようだ。
「まぁ……私ったら無神経な事聞いてごめんなさい」
「気にしないで。慣れてるから」
慣れていると言ったのはレアンナが申し訳なさそうに顔を下に向けたから、それをはぐらかすための噓だった。本当は今でも心に暗い影を落としているけど、会う人会う人にいちいち暗い顔してたら社交界なんて渡っていけない。そうは思いつつもこの手の質問には未だに慣れていない。
「レアンナはどうなんですの?婚約者。婚約できました?」
話題を変えようとローザがレアンナに話しかけた。するとレアンナは俺以上に暗い顔になった。どうやら俺と同じように気軽に触れられたくない話題のようだった。
「あら……ごめんなさい、余計なこと聞いたかしら」
「いいえ、コリーが答えてくれたんですから私だって言わないと」
とレアンナは下に向けていた顔を上げた。
「その……婚約者はいるにはいますわ。だけど私と全く会ってくれないんです」
「あらま」
「まぁ、それは酷い。手紙のやり取りもなさってませんの?」
「送ってますけど、全て無視されてますわ……」
俺とローザは思わず顔を見合わせた。
レアンナ曰く、婚約した男性とは顔合わせの時以来、全く一度も顔を見てないそうだ。彼女が瘦せ細って寝たきり状態になっていても一度も見舞いに来た事がないらしい。そのせいで心細くなったレアンナは益々瘦せ細っていくと言う悪循環に陥っていた。拒食症にならなかっただけ幸運だったのだろうか。
そして最終的には身体が骸骨のように骨が浮き出るようになった上に、食べても食べても体重が増えない体質になっていたようだ。「羨ましいですわ」と言っていたローザは何処か居心地悪そうにしていた。
「家の者や家庭教師からも、婚約者と上手くいかないでいるご令嬢はごまんといるって言われましたけど、はいそうですかと頷けないでしょう?」
俺とローザはうんうんと頷いた。
「ですから、本心で言えば私もローザが羨ましいですわ。私もこんな惨めな想いでいるよりは平民でも労わってくれる方と結婚したかったですわ」
「そんな!私なんて……」
ローザは謙遜するように言ったが、何て言葉を続ければ良いか分からないようだ。
「う~ん、貴族結婚の宿命だねぇ」
俺はスパゲッティのトマトケチャップ炒めを皿に山盛りに盛って、パルメザンチーズと一緒にお盆に乗せてレアンナに持って行った。
「俺はその点幸せだったんだなぁ。俺の婚約者はいい奴だったよ」
「まぁ……」
「フフフ、これ以上は言わないよ?惚気になっちゃうから」
俺が微笑みながら冗談のように言うと、レアンナが申し訳なさそうに聞いていた。その横でローザはレアンナの前に出された、山盛りのスパゲッティのトマトケチャップ炒めを見てゴクリと唾を飲み込んだ。
「ところで今からそれ食べますの?先程もパンプキンパイを三切れ食べていたような……」
「私ってほら、燃費悪いんですのよ。元々は小食だったんですけどこんな体質になってからは沢山食べないとやっていけなくて……それにコリーが作ってくれるパンプキンパイとこれはいくらでも食べれますわ」
「その気持ち分かりますわ!ここのウサパイ(ウサギカボチャのパンプキンパイの略称)は絶品ですもの!」
「えへへへ、そうかなぁ」
そう言ってローザはこっそりとケーキ用のフォークでスパゲッティをつまみ食いしていた(レアンナも気づいていたかもしれないけど敢えて触れなかったんだろう)。俺も褒めてもらえる料理が増えて何だか嬉しくなった。
「モグモグ……でもレアンナってば苦労してるのねぇ。そこまで上手く行ってないなら私なら婚約破棄してしまいたいですわ」
「正直言ってその気持ちはありますわ。会わなさ過ぎてもう婚約者の顔も思い出せないもの」
「でもまた会えたら嬉しいかい?」
「そうですわねぇ」
会えても何にもならない気がしますわ、とレアンナは言って、いつの間にか平らげていたスパゲッティケチャップ炒めのおかわりを要請してきた。ローザはそれを見て思わずポカンとしてたよ。
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それからしばらくして、レアンナは来なくなっていた。喫茶同好会にてローザは紅茶をすすりながら彼女が来るのを待ったが、さっぱり音沙汰なしだった。
「今日も来るかしらねぇ……レアンナ」
「そうだねぇ……心配だ」
今日も俺はウサパイを焼き上げてレアンナが来るのを待ったが、彼女はとんと顔を出さなくなっていた。せっかく友達になれたのに。手紙も送ったが『ごめんなさい、忙しいので』とだけしか返事は来なかった。
「忙しいって……もしかして彼女の身体に何かあったのかしら」
なんてローザは言っていた。店の空気が暗くなっていたのを感じた俺はローザに話しかけた。
「ねぇローザ……」
「なぁにコリー」
「食べる? ウサパイ。二つ焼いたんだけど、主に食べてくれる人が来ないからさ」
「……一切れだけ頂きますわ。コリーも食べましょう?」
そうだね。作った人が責任持って食べなきゃね。と俺とローザは二人きりでそんな会話をしていた。
その時だった。ドシン…ドシン…と地響きが廊下の奥から聞こえてきた。
「な、何ですの!?地震!?」
(何か前も同じ事があったような……)
ローザは慌てふためいていたが、俺はこの規則的な地響きがただの地震ではない事を察し、同時にデジャヴを感じていた。
そして、地響きは喫茶同好会の前で立ち止まると、ぎぃっとドアが開いた。
「はぁ~い! コリー! ローザ! ご無沙汰しておりますわ!」
「「……どちら様?」」
そんな声を上げた俺達はどんな顔をしていただろう。俺たちに気軽に話しかけてきたマシュマロ女子に俺達は見覚えがなかった。
「もう、二人ともとぼけちゃって! 私よ! レアンナよ!」
「……はい!?」
「アッチョンブリケ……!」
ローザは驚き、俺は啞然とした。あの骸骨令嬢とあだ名されていたレアンナがマシュマロ女子にまでの変貌ぶりを見せていたのだ。
「ど、どうしたの!? 貴女、あんなに瘦せてたじゃない!」
「フフフ♪ それがね!私、婚約者に、ジョールに改めてこの学園でプロポーズされましたの!」
レアンナは嬉しそうにどしんどしんと飛び跳ねた。婚約者のジョールと言う男性は俺達が想像していた以上に不器用な人間だったらしく、彼女と連絡を取らなかったのは彼女を労わっての事だったそうだ。
そして、それが彼女を苦しめていると分かった際、(遅すぎるけど)顔も忘れたレアンナを学園内から探し出して、謝罪の意味も込めて改めて婚約を申し込んだらしい。
「もう嬉しくて嬉しくて! そしたらストレスがなくなったのかこの通り肉付きが良くなりましたの! 要は食べたら食べた分だけ太れるようになりましたの!」
「えええ……」
それからレアンナは俺が「ここじゃ静かにして!」と悲鳴を上げるまで、嬉しそうにどしんどしんと(本人的にはぴょんぴょんと)飛び跳ねた後、二つのパンプキンパイをモガーッと凄まじい勢いで平らげてしまった。
それきり、レアンナはガアールベール学園に元気よく通えるようになり、生徒たちの間で子豚令嬢二号としてあだ名され、ローザはダイエット仲間が一人増えることになった。
レアンナは「良かったですわ! ダイエット出来るような身体に慣れて!」と嬉しそうに言っているのだがその時のローザ程、複雑そうにしている顔を俺は見たことがない。
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