はみ出し者たちのプリンパーティー
「そっか……デズモンド様来られないのか……」
「申し訳ございません……せっかくお誘いいただいたのに」
「君が謝ることじゃないよ。デズモンド様でも謝る事でもないけど」
済まなそうに頭を下げるメイドに俺、コルネリア・ローリング伯爵令嬢はそういった。
俺は先日、アルベルト第一皇太子殿下に提出した入部届が受理された事を確認した後、デズモンド公爵令嬢にお誘いの手紙を送っていた。ささやかながら彼女の入部を祝うためにちょっとしたデザートも作る用意をしていたのだった。
ところが、先程の会話の通りデズモンド公爵令嬢の答えはノー。
なんでも皇族主催のパーティーにいかなければならないらしく、断りの手紙をメイドに持たせて今に至るという訳だ。
ちなみに俺は招待されていない。曰く皇族と縁戚のある家柄の者、あるいは侯爵家以上の爵位を持つ人間しか呼ばれていないらしい。
「仕方ないよ。ブッキングしちゃった以上優先度の高い方に行くのは当たり前だから。俺だってデズモンド様の立場だったらパーティーの方を優先するもの」
「本当に申し訳ございません……! お嬢様も行けない事を残念がってました!」
「ハハハ、そうですか」
きっとお世辞だろうな。俺はそう思った。
「分かったよ。とにかくデズモンド様にパーティー楽しんでくださいと伝えてきて」
「ありがとうございます」
メイドはそう言うと俺に再び深々と頭を下げて、喫茶同好会を去っていった。
「さて、どうしたものかな」
店内に一人残った俺は今日作る予定だったデザートの素材に目をやった。
卵。
牛乳。
砂糖。
これらから作られるデザートは一つしかない。
そう、カスタードプリンだ。
この世界ではプリンを作るのは少しだけ面倒だ。前世のような物流ではないので、新鮮な卵や牛乳の入手からして難しいし、時期によっては結構な値段になる。
とは言え伯爵令嬢が自腹で買えない事もない値段なので、デズモンド公爵令嬢のために少々奮発して値段の高い卵と牛乳を揃えたのだが、結局無駄になってしまった。
「今日は金曜日……まだ日が浅いから、今日から営業日数を増やしたことを知ってる人は少ないだろうし、かと言って使わないのも勿体無いし……」
喫茶同好会の壁に掛けられたゼンマイ式時計がカチコチと時を刻む中、俺が厨房でプリンの材料と睨めっこしていた時だった。
コンコン……と喫茶同好会の扉がノックされた。
「……! やってますよ!」
材料から目を離して俺がそう言うと、ガチャリと扉が開かれた。
「なんだよ、やってんのかよ」
「カルヴァン様……!」
そこにいたのはカルヴァン侯爵令嬢だった。
「ど、どうしてここにいるんだよ? 今日皇族主催のパーティーが開かれているはずじゃね?」
記憶が間違っていなければ侯爵家も呼ばれているはずだ。それとも呼ばれなかったのかなと考えていると、「呼ばれたぜ」とカルヴァン侯爵令嬢は俺の考えを見透かしたように言った。
「欠席したんだよ、俺はもう長男じゃないからな。カルヴァン家からは姉上たちが代表して行くことにしてあるから問題ない」
「そ、そっか。楽しんできて欲しいな」
俺がそう言いつつニコリとぎこちなく笑うと、カルヴァン侯爵令嬢はもじもじと顔を赤くしながら言った。
「それに……あのパーティーに伯爵家のお姉様は来れないだろ……」
え?俺?
「……もしかして俺が行けないからカルヴァン様も行かなかったのか?」
「……」
カルヴァン侯爵令嬢は顔を下に向けたまま、コクリと小さく首を縦に振った。その様子を見た俺はそっと厨房から出てカルヴァン侯爵令嬢に近づくと、
「か゛わ゛い゛い゛~!!!」
と思い切り抱きしめた。
「わっ!ちょっとお姉様!」
「どうしたんだよ! すっかり甘えん坊さんになっちゃって!寂しかったのか?」
「ち、ちがわい! お姉様がいないと知り合いがいないから……って離れろよ!」
「何言ってんの! 抱擁は友情の証って言ったじゃん!もう可愛い人だなぁ」
「……」
俺がそう言うと、カルヴァン侯爵令嬢は「可愛いとか言うなよ……」とブツブツつぶやきながら、抱きしめ返してきた。頭からプシューと湯気が立ち上っているから、きっと物凄く照れてるんだろう。こう言う所が本当に可愛い。
しばらくの間、俺達は誰もいない店内で抱きしめ合った。
「さて……そろそろ離していいよ」
「……」
「? カルヴァン様? 離していいよ?」
あれ?どしたんだろ。
「あの……そろそろ厨房に戻らないと」
「もうちょっとだけ……」
カルヴァン侯爵令嬢が抱きしめる力を強くしてきた。
「ちょっと……人が来るから!」
「うるさい!お姉様がやり始めたんだろ!」
気のせいかカルヴァン侯爵令嬢の頭の湯気が増えてきた気がする。恥ずかしいなら離せばいいのに……。
そうしてあたふたしていると今度は廊下の奥からズシンズシンという思い足音がやってきた。
「……な、なんだ? 地震か?」
カルヴァン侯爵令嬢が俺を抱きしめた姿勢のまま聞き耳を立てていると、足音はドンドン喫茶同好会に近づいていき扉の前で止まると、バタンと扉が勢い良く開かれた。
「やってますの!コリー?」
「ああ、ローザ!」
入ってきたのは俺の学友、ローザ・マクマスター伯爵令嬢だった。メイドたちに監視されながら行っていたダイエットに成功したのか以前よりもスラッとしている(相変わらず足音は大きいが)。カルヴァン侯爵令嬢は俺に抱きつきながら不機嫌そうな声で言った。
「……お姉様、誰なのこの方」
「誰って……ローザ、こちらギャレット・カルヴァン侯爵令嬢。カルヴァン様、こちら俺の友人のローザ・マクマスター伯爵令嬢」
「よろしくお願いいたしますわ!カルヴァン様!」
「……よろしく」
ここでようやくカルヴァン侯爵令嬢は俺を離してくれた。ローザは先ほどまで抱き合っていた俺達を見てニマニマと笑った。
「まぁまぁ~お二人とも仲が良いんですのね♪妬いちゃいますわ♪」
「ちょっと……からかわないでよ」
「ふん……」
ローザが言うとカルヴァン侯爵令嬢はぷいとそっぽを向いてしまった。どうしてか不機嫌そうだなぁ。俺がパーティーとかに来れない時とかローザを頼ってほしいって言おうと思ったんだけど。
「ところで、ローザ。今日はどうして喫茶同好会に?家に帰らなくて良いの?」
「ううん、今日私の家族はビュッフェに行くとかで出かけてるんですけど、私は食べ過ぎるから家で何か食べるようにって。全く失礼しちゃいますわ!」
「ハハハ、じゃあ俺と同じはみ出し者って事だ」
と俺が笑いながら言っているとローザは目ざとく厨房にあるプリンの材料を見つけた。
「ねぇコリー、もしかして……今日のデザートってプリン作るつもりでした?」
「……よく分かったね。正解だよ」
「やっぱり!もう出来てますの?」
「まだだよ。作ろうか迷ってたところ」
と言うとローザは目をキラキラさせた。
「作ってくださいまし!コリーの作るプリンは絶品ですもの!」
「ええ?でも今の材料だと作り過ぎちゃうかもしれないし……」
「その時は私が責任を持って食べますわ!なぁにプリンは飲み物ですもの!」
「その発想が……」
ローザの目にはリバウンド覚悟と言う意思が宿っていた。俺が言葉に迷っているとカルヴァン侯爵令嬢が背中を押した。
「作ればいいじゃん。残ったのは持ち帰ってメイドにでも食べさせればいい」
「カルヴァン様……それもそうだな」
心なしかカルヴァン侯爵令嬢の目もキラキラしていたが、とにかく二人に押されて俺はプリン作りを始める事にした。
卵をボウルに入れよく解きほぐし、少し温めた牛乳と砂糖を加えてさらに混ぜる。茶こしでこしながら、ココット皿に入れたら、お湯を張ったフライパンに乗せて蒸す。
「あれ?喫茶同好会やってるぜ?レイバン」
「おい寄ってこうぜ、ブルーノー」
「ねぇエリサ、いい匂いがしますわ」
「本当だわ、喫茶同好会からよ」
プリンを蒸している間に「気味が悪いから他所でやってくれ」と追い出されたレイバンとブルーノ、図書館で喧嘩してしまったレイラとエリサが入店してきた。要ははみ出し者同士が喫茶同好会に集まったってわけだ。
そんな事を考えながら、別の鍋で砂糖を水で煮てカラメルを作る。蒸し終わって出来たプリンにカラメルを注いだら、カスタードプリンの完成だ。
「はい、出来上がり!」
おお、と店内にいた客たちの歓声が広がった。出来上がったプリンは茶色く透き通ったカラメルを帯びて輝いている。
「ちょうど俺含めて七人分あるな……」
出来立てのプリンはテーブルに七つ並んでいる。ちょうど店にいるのも七人いる。……これならローザも食べ過ぎる事はないだろう。
「どう?食べてかない?今日は俺のおごりだ」
俺がそう言うと、六人のはみ出し者たちは目を一層キラキラさせた。するとローザが立ち上がり、
「じゃあ今日ははみ出し者同士、盛大にプリンパーティーと行きましょう!コリー、音頭を取って!」
「お、俺?」
「ほら、早くお姉様」
ローザとカルヴァン侯爵令嬢に急かされるように厨房の外に出された俺は、恐る恐る「え~では俺達の出会いを祝して……」と言ってココット皿をワイングラスのように高く上げて叫んだ。
「乾杯!」
「「「「「「乾杯!!!」」」」」」
そうして俺達はプリンで乾杯し楽しく笑い合い、パクリとプリンを一口食べた。カラメルの甘ったるい味と、濃厚な味わいが広がる卵、そして新鮮な牛乳のハーモニーを繰り広げる、プリンのとろけるような優しい味わいが上手いこと混ざり合って非常に良い出来栄えだった。
こうして喫茶同好会の店内は和気あいあいとした空気に包まれ、はみ出し者たちのささやかなプリンパーティーは楽しく続いていったのだった。
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「信じられませんわ……まったく信じられませんわ……!第二皇太子殿下ってば何を考えてんのよ!」
「落ち着いてフランシス」
「これが落ち着けますか!第一、今日のパーティーは最低でも侯爵家以上の爵位のものしか呼んでませんのよ!?なんであの女が来てますのよ!」
「……」
「しかも私たち追い出されたんですのよ!?あの女が来ている事を注意しただけなのに、第二皇太子殿下に言いがかりをつけてパーティーの空気を汚したとか言って!パーティーの空気汚してるのは誰だと思ってますの!皇族主催のパーティーを何だと思ってますの!?」
「フランシス」
「そもそも──」
「フランシス?」
「……!」
「もう良いわ。考えるだけで頭が痛くなるもの」
「……クリスティナ様」
「ありがとう、私の代わりに怒ってくれて」
「いえ……私は何も……」
「でもそうね……こんな事ならやっぱりローリング伯爵令嬢の所に行けばよかったわ。
パーティーからも抜け出して、これで私もはみ出し者って訳ね」
感想等ありましたらお願い致します。