あの頃の笑顔 【月夜譚No.177】
赤いベレー帽がよく似合う女の子だった。いつも笑顔で走り回り、周囲をも明るく照らす。転びそうになったり、池の淵に立って片足立ちをしたり、冷や冷やさせられることも多かったが、彼女といることが何より幸せだった。
あの頃は何もかもが輝いていて、毎日が楽しかった。いつも隣には彼女がいた。それが当たり前だったから、そんな毎日が終わる日がくるなんて、思いもしなかった。
学ラン姿の少年は、かつての思い出を脳裏に映しながら空を仰いだ。
あの頃の彼女は、もういない。懐かしさと淋しさに、少年はふっと目を細めた。
「ね、何してんの?」
不意に背中を強く叩かれ、たたらを踏む。振り返ると、そこに立っていたのは、派手な化粧をした同級生だった。
スカートが短過ぎるとか、爪が長いとか、言いたいことは山ほどあったが、言えば倍以上の文句が返ってくることが判っているので、少年は口を結んだ。
――あの頃の少女は、もういない。
たった一つだけ今も変わらない明るい笑顔を向けられて、少年は思わず俯く。
ああ、あの頃に戻りたい。いくらそう願っても叶わないことは、もう身に沁みていた。