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不完全変態  作者: 半導体
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1.まぁちゃんのお手玉

1.まぁちゃんのお手玉


まぁちゃんは、本当の名前は麻実ちゃんだけれど、みんながまぁちゃんと呼ぶから、麻実ちゃんは、まぁちゃんになった。


まぁちゃんは今、お手玉遊びに熱中している。しかしいくら練習しても、おばあちゃんのようには上手くいかず、その兆しもまるで見えない。


おばあちゃんは三つの玉をサーカスのピエロのように扱い、玉はくるくると宙を舞う。それはそれは美しく、重力から解き放たれた一瞬の心地良さが確かにあって、例えばトランポリンを笑い転げながら飛び跳ねる子供のように、可笑しそうに跳ね回る。


サーカスは、家族で一度だけ観に行った事があった。当日は雨で、お気に入りの雨靴は、あっという間に泥々になった。

観客席は鉄パイプで組まれた"やぐら"みたいなものに、くたびれた板を乗せただけの、足元がすうすうするそれだった。

だから寒くてポップコーンを父から買ってもらったものの、食べるが先か、落とすが先か。兎も角、ポップコーンは足元よりずっと下の暗闇に、ばらばらと吸い込まれて行った。


ちょうど中頃で着膨れしたピエロが二人出てきたのも覚えている。青い痩せたピエロと、赤い太ったピエロ。どちらも正しく着膨れしていたのだけれど、でも痩せていて太っていた。おまけに本来の足のサイズに合っていないであろう、大きなブーツを履いていて、つま先は異様に丸く膨らんでいた。


ピエロ達の衣装は汚れていたし、大勢のポップコーン達は無残にも地面に吸い込まれてしまったのに、そういった些細な事は些細な事だから、気に留める大人はどこにも居ないようだった。


そのピエロ達と同じくらいの早さで、おばあちゃんが投げては掴む。たまに四つ同時に回す日もある(調子の良し悪しがあるらしい)。いずれにせよ、まぁちゃんには信じがたい光景で、こんな達人と今まで一つ屋根の下、平然と暮らしてきた自分を歯痒く感じるのが最大限の賛辞だった。


軒下でまぁちゃんは今日もお手玉の練習をする。ランドセルを横に置くか、枕がわりにして。汚れた気がする靴下を脱ぎ捨て、無心で二つの玉を空中へ放り投げる。


このお手玉は母が作ってくれた。黄色い布地に白いアヒルの柄で、まぁちゃんは見るたびに品の良さを味わっている。何故なら柄のアヒルは写術的だし、麦わら帽子を被っていて、翼にはバスケットまでぶら下げている。アヒルは沢山居たけれど、そのどれもが緻密に描かれていた。無論、布地の黄色もパキッとした色味だし、何よりまぁちゃんに似合う事が、品性を感じさせる一番の理由だと思う。


そうすると、まぁちゃんはつい、にやけてしまう。にやけると、落っことしてしまう。それから己の邪念を深々と反省する。お手玉という淑女の嗜みは、まだ早いのかもしれない。そう思案する小さな身体と心は、甘ったるいソーダの様に、しゅわしゅわと泡立つのであった。


お手玉を靴下の横に放り投げてから、ランドセルを枕にし始める。ややあって、ばたばたと庭先を走る音が聞こえてきた。神聖なる縁側を汚す行為だ!まぁちゃんは憤慨し、着ていたパーカーのフードを深々と被り直す。寝転んだまま、頭だけ持ち上げて。


「まぁちゃんの嘘つき!」


隣に住むしゅんちゃんが庭に立っていた。

ほっぺたから、ビー玉をぽろぽろと零している。フードを深々と被っていたからだと思う、ビー玉だと思ったものは、よく見るとそうでもなかった。


ぼつん!と弾ける音がした。優しくて、頭が良くて、流行りのテレビゲームをたくさん持っているしゅんちゃんが、お手玉なんかを投げていた。神聖なる縁側にはお米が散乱し、そのまま手足やフードを洗礼した。これは確か、従兄弟のさちこお姉ちゃんの結婚式でもやったと思う。なんだっけ、この儀式の名前。思い出そうとしたところで、母が走ってきた。あんなに嬉しそうにお手玉を作ってくれた、あの母が。


「麻実!何をやっているの!」


まぁちゃんはこの日から麻実になった。

しゅんちゃんはとっくに俊平くんだった。


借りたゲームソフトをどうやって返せばいいのかが分からなくなってしまった事を、学校から返却されたテスト用紙をまだ母に見せていない事を、麻実は徐々に後悔し始める。

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