プロローグ
「お疲れ様でしたぁっ」とユニフォームから学校の制服へと着替えを終えた俺に、店長の奥さんが、コレと小さな袋を渡してきた。
「店の残り物で悪いんだけどね……。あの人には内緒よ」
「ありがとうございます」とだけいい、店の裏口から出た。
奥さんも店長も、お互い内緒と思ってるから。
「さ、早く帰らないとアイツが騒ぐからな」
腕時計は、21時を少し周ったところ。ここ·乱気流·は、週末だけの約束だが、今日みたいに明日が休日という日は、店長や奥さんの優しさでシフトに入れて貰える。
本当は、俺が店長らに父さんの借りたお金を返さなくちゃいけないのに。
「明日は、何処に連れて行ってやろうかね? 遊園地? こども館?」
そんな事を考えながら、いつもの帰り道、いつもの歩道橋を降りていた時、俺は前からフラフラと昇ってきてる酔っぱらいをなんとなく見ていた。
危ないなーと、思った瞬間、酔っぱらいの身体が俺の身体にぶつかり、俺は声をあげる間もなく階段を転げ落ちた。
そして……。
「……。」
「……。」
「……ハァッ」
俺の目の前にいるのは、まばゆいばかりのキンキラな服?アクセサリー?をつけた女神という女。
その隣にいるのは、顔面蒼白な顔で必死に汗を拭って、俺と女神を見てるタキシード風の服を着た男。
「帰る。帰らせろ」
「……無理じゃ。主はもう死んだのだ」
─いったい何度このやり取りをしたのだろう。今まで死んだ男女は、喜んで転生やら転移に応じてくれたというのに……。
「……早くしないと……早く……」
さっきからコイツ(女神?)が、小さくなんか言ってるが、俺はアイツを一人にしてはおけねぇんだよっ!
「マドリア様……」
「わかっておる。な、主よ。妾も仕方がないのだ。わかっておくれ……」
─何故だ。何故にコヤツは、首を縦に振らぬのだ……。
「帰らせろ……」
「だからな……。わかって…」
「帰らせろって言ってんだぁぁぁぁぁっ!! 俺はな、美月を育てなきゃ行けねぇんだよっ! ハァッ」
ガダンッ……
「マドリア様……。まさか……」
「頼む。この通りじゃ……。」
女神が、いきなり立ち上がり、土下座をしたが、俺の怒りは収まらなかった。死ぬ筈ではなかったこの俺が、コイツらとの遊びで死ぬ事になっただなんて……。
「無理だ、じゃねぇよっ! な? アイツには、もう俺しかいねぇんだよっ! 父さんが勝手に保証人になって、その友人ってのが行方不明で……頼むよ……アイツに、これ以上寂しい思いさせてやりたかねぇんだよ。なぁ、帰してくれよ……なぁっ!!」
「だから、それは、無理だと言っておろうっ! 頼む……。でないと、妾はまたパパに……」
「ひ、姫?」
先程の男が、俺の後ろを見て、さっきとは違う顔をした。
「っ!!」
「ん? 俺がどうかしたか? なんだ、この人間は……」
「……。」
女神の顔もこれまでとは違う顔色をして、口を開けたまま。
「な、なんでも……ご、ございません」
姿は、人間離れしたゴツゴツとした体格だが、顔は普通(たぶん?)の持ち主が、俺と女神を見た。
「こ、国王様、い、いつお帰りに?」
国王?!って、この女神ってのの?
「エル、お前、まさか……」
なんだろう?地震、か?
立っている場所から、ゴトゴトと小さく揺れ始め、女神の顔も身体も震え……
「ち、違うのよ? パパ。お、落ち着いて? 私が悪いんじゃないの。ね? そうよね? ジェル……」
女神は、必死にタキシードの男を見るも、ソイツはソイツでヘナヘナと腰を抜かし、頭をかばっていた。
「エル。ハッキリ言いなさい」
「ひっ……。い、嫌です。お願い。辞めて?」
「……。」
俺の目の前で違うナニかが通っているのが、なんとなくわかって、少し後ろに下がった。
「お願い……。ねぇ、パパ。も、もうしないから……」
「エル……」
大柄な国王と呼ばれた男が、俺の目の前をゆっくりゆっくりと女神に向かって歩き出すと、女神は女神で後ろへ後ろへと後ずさり……
「ご、ごめんなさい。パパ……。やめて、お願い……」
「エルゥゥゥゥゥッ!! どうして、お前って奴は毎度毎度関係のない人間を巻き込むんだ! お前は! お前!」
「ひぃっ!! 辞めて! パパ! 痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃっ!! ふぇぇぇんっ!!」
俺、初めてだ。父親に尻を叩かれて大泣きしてる奴を見たのは……って、そんなんじゃねぇ!!早く美月のとこに帰らないと!!
暫くして、ドシンッと国王とやらは女神が座っていた椅子に腰掛け、俺を真っ直ぐ見た。
あ、この椅子すげーな、が俺の感想。あの大柄な男が、椅子に腰掛けようとしたら、椅子がデカくなった。
「……。」
「さ、マドリア様……」
女神は、片隅でタキシードの男·ジェルに宥められていた。
「すまなかった……」
「……。」
よく読むラノベでも、国王が出てくるのはあったが、偉そうな感じで頭を下げるなんてのは、なかった。
「じゃ、俺……」
「まぁ、待たれよ。主、名は?」
「か、川瀬彰です。俺、早く……」
「すまない。川瀬さま。」
謝られても、な。俺は、帰りたいんだけど。チラッと女神を見ると、まだ泣いていた。尻は、痛いからなぁ……。うん、わかるよ。そこは、同情はするが……。
「川瀬彰。亡くなった父親の借金で、今はアルバイトの毎日か……」
「はぁ……」
「ふぅむ、困ったの。エル……」
片隅で、小さくなっていた女神が、ビクッとなりまた泣き始めた。
余程、この父親が怖いらしい。俺は、父さんより美月が怖いが……。
「そなたを返すにも、既にエルには魔力が残ってはおらん……」
魔力?
「儂もそなたを出来るなら帰してやりたいが……」
が?
「少し時間をくれないかの?」
「時間? か、帰れるのか?!」
本当に帰れるのか?不安だったが、俺はその国王とかが言う、国定会議の結果に掛けてみようと思った。
「本当に、時間は止まってるんですか?」
「あぁ。そなたは、まだ警察とやらの安置書におる。」
「確かにそうですけど。」
「心配ない。そなたの妹とやらも、まだカラフルな箱を見てるだけじゃ」
国王は、そう言って壁を指差した。壁には、テレビを見て笑ってる美月が映っていた。止まったままだけど、嘘ではないのがわかった。
「暫し待たれよ。エル、そなたには後で話がある。川瀬様を持て成しておけ。」
「ふぁい……」
「畏まりました」
国王が去り、執事のジェルは深々と頭を下げ、だだっ広い空間に俺と目を真っ赤にした女神と執事のジェルの3人になった。
コポコポコポとカップに紅茶(っぽい匂い)が、注がれるのを眺めながら、目の前に小さく座ってる女神·マドリアを見た。
銀色のロングヘアには、姫らしくティアラが乗っていた。顔立ちは、わりと可愛い感じで、体型は普通、かな?胸は、巨乳とかでなく、いわゆる、発展途上な感じか。
「こ、これ。美味しいから」
「……。」
「マドリア様?」
ジェルは、お茶を注いだカップを置きながら、女神の側に立った。
「あの……」
「……。」
無視……無視……コイツが、何を言おうが無視を決め込んだ。結果……。
「ごめんなさい……。ひくっ」
また、泣き出した。美月もよく泣くが、立ち直るのは早い。
「もう、あんなことしないから」
当たり前だ。何が、的あてゲームだ。ふざけんな、だ。
学校のクラスメイトと一緒にやった的あてゲームのターゲットになった俺は、いい迷惑だっつーの!
「ごめんなさい……。」
「……。」
ジェルと目が合うも、首を横に振るばかり。
「か、帰れるよ。きっと。パ、パパがなんとかしてくれるから……」
「これも美味しいから、食べて?」
ポンッポンッと目の前のテーブルには、いくつかの見たことのない菓子が並んでいく。
だが、俺はそれに手をつけることはなく、浸すら壁に映りだされてる美月だけを見ていた。
「可愛いのね。いくつ?」
「4歳……俺の宝物だ」
大好きだった母さんが、美月が3歳になる前に病気でこの世を去ってから、俺と父さんで頑張ってきたのに……。
「んの、クソ親父……」
「……。」
注いで貰った紅茶が、冷めきった頃……。
「いいか? この事は、絶対に知れるでない。」
「これ、ほんとに貰っていいんですか?!」
俺の腕には、国宝とも言える(あくまでも、国王は言っていた)腕時計が嵌められている。あと、美月用に見たこともないお菓子を貰った。
「エル、お前ちゃんと謝ったのか?」
「は、はいっっ!」
普通に立っていた女神が、ビシッと背筋を伸ばし、声が裏返る。
「その時計の蓋を抑えて、現世と唱えれば帰れる。さ、行くのだ。」
「はい。ありがとうございます。」
「今度は……ちゃんと……」
「うん」
「川瀬様、お気をつけて。お妹様に宜しく……」
こうして俺は、現世界に戻ってきたのだが、戻ってきてからが大変だった。
死んだ筈の人間が、扉から出てきたもんだから、警察の中がバタバタするわ、親戚のおじさんらが卒倒するわ、美月が……。
「もぉ、にいちゃ、ちんじゃらめぇぇぇぇっ!!」
泣き続ける美月を胸に、俺は帰ってこれた事を喜んで泣いた。
そして、これがあの世界の中に入る序幕となった。
「にぃちゃ……らいしゅきぃ」