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序章7 魔法

5つの精霊と、光と闇の調和で構成されている世界。

光の加護を受けた先導者と、闇の加護を受けた守護者に、世界の命運は委ねられている。

加護の証を授かった少年と少女の、試練と小さな恋のお話です。

 港町ファリガを後にした一行は、王都を目指してまずは西に向かった。

 ファリガは大陸の南東に位置する港町で、海路の玄関口でもあった。

 カスラーン王国は、大陸の約3/4を統治する世界屈指の大国である。国の端から端まで、早馬を乗り継いでも1ヶ月ほどかかるという。

 王都ベン・ロホはファリガの北西にあり、比較的近い距離に位置しているもののミア達と一緒であることを考えると1週間程度の工程になる見込みである。遅延しなければ大隊長から言い渡された休暇期間内に王都に戻ることができそうだ。


 ミアは見るもの全てが新鮮な様子で、エドワードの腕にしがみついては流れて行く景色に目を輝かせていた。

 ファリガから離れるにつれ海の香りが消え、最初の峠を超えるとやがて遥か遠方に雪を纏った山の稜線が見えてきた。

「わぁぁ!」

 ミアは思わず感嘆の声をあげる。

「すごいだろう、シュリアヴ山という、とても高い山なんだ。今日は雪化粧がとてもきれいだな」

「ゆき、げしょう…?」

「そう。雪化粧。白い雪で山が綺麗にお化粧してるみたいに見えるだろう?」

「あれが、雪?」

ーあれ、もしかして。

「雪見るの、初めて?」

「ううん。絵本では、みたことあるよ。でも、本物はまだ」

 ファリガは海流の影響で比較的温暖な気候だ。降雪することは殆どない。

 幼いミアは、おそらくファリガから出たことがないのであろう。

「ね、雪って本当に冷たいの?」

「ああ、冷たいぞ。降らせてみせようか?」

 もちろん本物の雪ではないが、水の魔法で氷の霧を作り出せば近しい現象を起こすことは可能だ。実際に、火属性の魔物と戦うときは相手を弱体化させるためにこの術を使用することもあった。

「えー!見たい」

 ミアも乗り気だ。

「よし、じゃあ休憩の時に見せてあげるよ」

「休憩、まだ?」

「もうちょっとだ。この先に川があるから、そこについたらお昼にしよう」


 川のたもとについた頃には、太陽は南の空に上がっていた。


 エドワードはミアと猫を馬から下ろした後、愛馬ペルセウスの首を軽く叩き労う。馬銜を外してやると、ペルセウスは河辺で水を飲み始めた。

 さて、とエドワードは手早く昼食の準備に取りかかる。

 河原の石を積み上げ、簡易的な竈を作り、その辺に落ちている木の枝をいくつか拾って火を起こし、中にくべる。

 ミアが手持ち無沙汰にその様子を見ていたことに気づき、何か手伝ってもらえることはないかと思案する。

「よし。ミア、この容器に川の水を汲んできてくれないか」

「はい!」

 ミアはエドワードから容器を受けとると、嬉しそうに水際に走って行った。その後ろを、コウとフクが追いかけて行く。


「わぁ、お魚さん!」

「お魚さんは取らなくていいからなー。気をつけて水汲んでくるんだぞ」

ーそういえば、甥っ子と川に行ったときもこんな会話したなぁ。

 アーロンとタラには2人の息子がいるが、今は二人とも家を出て王都で寮生活を行っていた。兄は商業の勉強のため、弟は士官候補生としての訓練のためだ。子供達が、アーロンと自分に憧れて同じ道を目指していることが叔父として嬉しかった。


 そんな物思いに耽っていると、よたよたと覚束ない足取りでミアがこちらに歩いてきた。両手で水をいれた容器を大事そうに持ち、溢さないよう必死な表情が愛らしい。

「ありがとう、ミア」

 容器を受け取り、そのまま竈の上に置いて火にかけた。

 水が沸騰するまでもう暫く時間がかかるので、先ほどの雪を作り出す魔法を見せることにした。


 魔法の発動には、媒体を要するのが一般的だ。エドワードは、魔力を帯びた剣を媒体としていた。

 剣を鞘から抜き、意識を集中する。

ー水の精霊よ、力をお借りします。

「氷の霧」

 すると、川の水面にキラキラとした氷の霧が立ち上がった。そのままさらに氷の結晶を伸ばすイメージで魔力を送る。

 その時、赤い組紐を結んだフクの目がキラリと光を放った。

ー?

 魔力が急に膨れる感覚の後、エドワードは風に舞う雪を出現させた。


「わぁぁぁ!エドワードさん、すっごーい!」

 ミアは素直に感激している様子だが、エドワードは自分の魔力だけではない不思議な力を感じていた。

ー今の、水の精霊だけじゃない。木の精霊の魔力、、フクが?もしや、ミアを地下で1年間守っていたのはあの猫なのか。


 実は、昨日ミアと買い出しから戻った後、一人で修道院跡を再度訪れていたのだ。

 ミアが閉じ込められていたという地下室を検証するためだ。壊滅的な被害が出た修道院とは異なり、裏手にある倉庫はほぼ無傷だった。

 埃の積もった床に目を凝らすと、僅かに板目がずれている箇所があった。履いているブーツの踵で床の音を鳴らしてみると、そこだけ軽い音がした。

 床の上に置いてあった木箱を退かすと床に埋め込まれた金属片を見つけたので、指を差し込み、反転して現れた取っ手を引っ張る。すると、ミアの証言通り地下への階段が現れた。

 狭い階段を注意深く下りると、3畳ほどの空間と、破れた壁の奥に続く空洞があった。空洞は徐々に道幅が狭くなり途中までしか進むことが出来なかったが、ある違和感に気づいた。

 空洞ではなく、地下室内にのみ魔力の残り香が漂っていたのだ。普通の人では気づかないほどの僅なものだったが、確かに魔法が発動したという証拠であった。そして、魔法が解けてミアが脱出してから1日を経過しても残っていると言うことは、それなりに強力な魔法ということだ。


 一体誰がそんな魔法を発動できたのか。

 地下室に残っていた魔力と、あの夜ミアを抱きかかえた時に纏っていた魔力が同じように感じられたためてっきりミア自身の魔力かと思っていたが、先ほどの雪を出現させる魔法の時に感じたものも、地下室の魔力と同じものだった。


ーあの黒猫、アシュリン王女の守人か何かなのだろうか?

 考え込んでいると、いつの間にか水がぐつぐつと煮たっていた。

 はっと我に返り周りを見ると、不安そうに見上げるミアと目があった。

「エドワードさん、どうしたの?」

「ごめん、何でもないよ。さあ、ランチタイムだ。義姉さんお手製のサンドウィッチ、うまいんだぞ」

 荷物の中から、今朝タラに手渡された包みを開けてミアに分けた。

「なーお」

 黄色い組紐をつけたコウが、膝に両手を乗せてご飯を催促する。

「お前達はこっちだよ。ほら、お食べ」

 猫達には、昨日購入した煮干しのおやつを差し出す。

 ペルセウスは、その辺の草をモシャモシャ食んでいた。

 沸かしたお湯をミアのカップに注ぎ、火傷しないよう少し冷ましてから渡す。


「よし、では。いただきます」

「いただきます」

 ぱくり、とミアはサンドウィッチを頬張る。アンチョビの塩味とバターで炒めた玉子の甘味がバランスよく、鼻に抜けるマッシュルームの香りが食欲をそそった。修道院では食べたことのない味だった。

「おいしい」

 思わず言葉が漏れる。

「ああ、うまいな」

 エドワードも同調する。


「あのね」

 渡されたサンドウィッチをぺろりと平らげたミアは、エドワードをじっと見つめた。

「わたし、初めて。街の外に出るのも、こうやって誰かとお外で食事するのも」

 にこりと笑う。

「楽しいね」

 思いがけない言葉に、エドワードは胸が熱くなった。

「そうだな」

 照れ隠しに、ミアの頬についたアンチョビのソースを親指でぐいと拭う。

 すると、抜け目なくやってきたコウが親指についたソースをペロペロと舐める。

ーなんだか、本当の家族みたいだな。

 エドワードは、ミアが自分に心を開いてくれていると実感できたことが嬉しかった。

 一方ミアも、エドワードへの心残り距離感がぐっと縮まったような気持ちだった。

ーこの人と一緒だと、安心する。もしお父さんがいたらこんな感じなのかな。


 穏やかな昼下がり、二人は束の間の休息を思い思いに味わっていた。

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