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幼馴染とロリ妖狐  作者: 央音な感
1/2

前編『妖狐……幼女?』

 こんな暑い夏は、あんな荒唐無稽な記憶を思い出したくなる。なんてありがちな出だしで、この物語は始まる。そもそも、『それ』がありがちなんだ。

 何を、って、そりゃあ昔の事だよ。誰にでもよくある事だろう。昔を思い出すって。

 それも、ちょっとビックリするような出来事を思い出す。誰にでもよくある事じゃん、ちょっとビックリするような事って。


 ――けど、こんな経験をしたやつは、多分世界で自分一人だ。その理由も、今なーんとなく思い出してなーんとなく気まぐれで話す気になったから、ここで色々話しながら、自分なりの解釈も交えて説明していこうかと思う。自分自身、まだわかってないことばかりだから。


 なんて言ったって、この出来事は、これまでの人生全部を思い返してみても、飛びっきりに、奇妙な事だったから。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 この暑い夏、俺はこんな日が嫌いである。

 夏休みは好きだが、暑いのは嫌い。まぁ、多くの人にとってそうだろうから、別にこんな事、特筆すべき事でもないのだが。それに、夏休みだし、暑いのは仕方ない。

 そもそも、俺がこの日を嫌うのは、暑さとは別の原因があるのだが。


 だというのに、目の前にいるこの女は、こんな気温なのに本当に元気そうだった。


「あー、だるい。なんだって俺がこんな遠くまで行かなきゃなんないの?」


「だって、知らないところに一人で行くのイヤなんだもーん。花も恥じらう乙女に、こんなところまで一人で歩かせるなんて……」


「マジで口減らねぇな、お前!ちょっとは遠慮して言えよ!」


 髪の毛をファサっ、と揺らすこいつの腹の立つ理屈に地団駄を踏む。

 別に否定はしないが、それを自分で言うとは、案外、と言うほどでもないけど大物なのかもしれない。


「ってか、守って欲しいなら他のやつ誘えよ。俺に任されても困るんだけど」


「冷たいこと言うなってば、幼馴染じゃないか。それに、他に誘えそうだなーって人もいなかったし」


「ふーん…………彼氏でも誘えば?」


「口縫い付けるぞ」


「辛辣!あ、いやなんでもないです。俺が悪かったです」


 こいつの前で、「彼氏いるの?」等は軽く禁句だ。まあ俺も彼女はいる訳じゃないから、人のこと言えるほど偉くはないが。


 ゾッとするほど冷酷な視線を向けてくるこいつに、参ったとばかりに両手を上げる。

 だってこんな顔するやつに刃向かうとか無理。死ねって言うようなもんだ。

 これは、俺の助けが無くてもなんとかなるんじゃなかろうか?


「でも、そうはいっても本当に俺しかいなかったのか?別に陰キャって訳でもないんだから、普通に誘えるやつはいるんじゃねぇの?」


「うーん……今日はたまたま、ねぇ。知ってる人はみんな出かけてたし、今日の用事も、今日じゃないとできないことだし」


「今日の用事も知らされずに付き合わされてる俺の立場としては、簡単に頷けない話だな。てか、本当になんだってこんな遠くまで来てんだ?どこに、何しに行くんだよ」


 ここまでの道のりで何度か聞いているのだが、何故だかこいつは一向に話したがらない。

 そろそろ話して欲しいものだが、聞いてもこいつは顔を背けて無視するだけだ。きっと、聞くだけ無駄だろう。


「さっきから遠い遠い言ってるけどさ?都会の人たちはこれくらいの距離いっつも移動してんだよ?だったら、田舎者も負けてられないってもんでしょ!」


「バスも電車もまともにないこの辺境の地で、それを達成するのは無理だ……」


 高い目標を掲げるこいつに肩を落としてげんなりする。

 正真正銘のど田舎であるこの町には、俺らが長距離を移動する手段は己の足と自転車しかない。それも電動など考えられない。

 都会の高校生達は、毎日タクシーに乗れるくらいの財力があるのだろうが、この町ではそもそもタクシーが走っていない。


「車も、指で数えられるくらいしか見てねぇし。てか、この辺に人が少ないのも関係してるか。もう家から十キロは離れてる」


「まぁ、辺境の地に住む人すら寄り付かない場所かもね。何十年もの歴史がある、とはいっても廃れたど田舎の神社に寄り付く人なんて居ないでしょ」


「は?何?今神社って言った?」


 俺が困惑しながら尋ねると、こいつは「しまった」という風に口を押さえた。

 納得だ。こんな山奥に来たのも、それが目的だったのか。この町で神社といえば、思い当たるのは一つしかない。


 昔、本当に昔、俺達どころか親世代ですら生まれていないくらいの時に、本殿で一家心中があったという、曰く付きの神社。

 何があったのかは知らないが、それ以降は呪いの神社として誰一人寄り付かない。

 心霊スポットとして寄り付く人はあるだろう、という意見があると思うが、それは違う。その神社は、そんな生易しいものではない。


 一度寄り付いた人間はいた。話を聞くと、お調子者が夜中に乗り込んだそうだ。今の俺達と同じくらいの歳だったか。

 しかしその翌日、本殿でその人物の首吊り死体が発見された。別にその人物は、人間関係の問題があった訳でも、何か大きな障害に当たった訳でもなかったらしい。

 そしてそれ以降、本当の本当に、誰も寄り付かなくなった。


「この山に入ってからもしかしてとは思ったけど、流石にいくらお前でもそんなことはないだろうと……。そんな神社に行くとか、血迷った?」


「別にいいじゃん。観光気分だよ、観光気分。神社にお参り、いいじゃん健康的で」


「その神社には不健康な話が染み付いてんの!馬鹿なの?ねぇ、これ死ぬよね?行ったら間違いなく死ぬよね?実際に見知らぬお調子者が祟り受けてるよね?」


「祟りなんてないし、神様だっていないよ。人間が思い込んでるだけ」


「だったらお参りする意味もないだろ」


「ん〜……妖怪に会うため?」


 訳がわからん。ハッキリ言って、俺も神は信じないタチだ。だが、それとこれとは話が違う。

 呪いかどうかは別にして、実際に多くの人間が死んでしまっている。

 なにか、人の心を追い詰めるだけの物が、あの神社にはあるのかもしれない。


「真面目に取り合うつもりはないんだな」


「そんなことないよ?私、ちゃんと考えて行動してる。君の為、って言っても過言じゃない」


「俺の……?だったら、神社に行くのはやめてほしいんだが」


「はぁ……あのね、あの神社のもう一つの噂、知ってる?」


 溜息が聞こえた気がするが、多分気がするだけだ。


「もう一つの……これ以上変な噂持ち出されても困る」


「曰くつきになる前は、恋愛成就で人気だったんだってさ、あそこ」


「へぇーそんな噂が……待て、それでなんで俺のためになるんだよ?」


「いや、説明いる?」


「……」


 いや、お前も大して変わんねぇだろ。というかむしろ、お前の方が根に持ってるだろ、ソレ。

 なんてことは、言いたくても言えなかった。またそんなことを言ったら、今度こそ舌を引き抜かれる気がする。しかし、腹立つ。


 だが、興味がないといえば嘘になる。実際、そういった事情には疎い事で、劣等感とまではいかないが、後ろめたさを感じる事も稀にある。鮮やかな青春を過ごすなら、もうひと押しが欲しい、といったところだ。


「けど、どこでそんな情報仕入れたん?信じられる話なのか?それ」


「それを確かめるのも込みで行くの!間違ってたらそれはそれ」


「行ってわかる問題なのか?恋愛成就なんて」


 そうこうしていると、山道のカーブを曲がった所に、気が遠くなるほど長い階段が見えた。

 こんな蒸し暑い日にこの階段を登るなど、こいつは地獄を経験したがるやつなのだろうかと呆れるが、こいつの気紛れに付き合ってやるのは、何も初めてという事でもない。ここは一つ、その気紛れに乗っかってやるとしよう。


 ――俺のそんな決意が、めちゃくちゃな段数の階段の前に折れるのには、そう時間はかからなかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「二千、二百、七十、きゅうぅぅぁああ疲れたぁぁ!」


「はいはいお疲れ様。あと十段で鳥居だよー」


「なんでそんな元気なんだよ、このバケモン!」


 ここまでだとは思ってなかった。正直、途中から数えてるのを間違えてる気がする。多分もっと多い。

 だというのに、なんでこいつはこんなに元気なんだろうか。足ピーンとしてるし。こっちは子鹿状態ですけどね!


「けど、あんたって凄いよく頑張るよね」


「あぁ?なんだよ、俺のこの状態を見てどこからそんな言葉が出てくんだ、鬼畜か?皮肉か?」


「違くて、がんばるって決めた事は絶対にやり遂げるっていうか……途中で折れるし、文句は言うけど、結局最後までやっちゃうってか……」


「褒めてんの?貶してんの?」


 いまいち掴みづらい。こいつはたまに、こっちに伝わりにくいような、独り言に近い言葉を投げかけて来る。

 自分の中ではうまく解釈してるんだろうけど、こっちには全然伝わってこない。なんなんだろう、本当に。それを聞くたびに、喉に魚の骨が突っかかるような息苦しさを感じるのが腹立つ。


「で、あと十段、だっけか?ええい、めんどっちい。一段飛ばしだ、一段飛ばし!十段くらいならやってやらぁ」


「そーゆーとこだよ、全く」


 せっかく気合いを入れ直したのに、変な茶々を入れてくるのにも慣れた。こいつは、一歩引いたとこから物事を見るやつなんだろう。良くも悪くも。


 いーちっ!

 にーぃ!

 さーんっ!

 しーぃ!


 ラスト一回!




「――ちょおおおおっと、待ったぁぁぁぁ!!」


「踵落としっ!?」


 あと一段で到達、というところで、空の彼方から踵落としを喰らった。

 空の彼方から踵落としを喰らった?は?ワンスモアプリーズ?


「こんな危ない噂が立つ所に来るもんじゃないわ、若造が!人がせっかく気合い入れて結界まで張り巡らせてやっとるんじゃ。ちょっとは遠慮せんか!」


「人の頭に踵入れといて何言ってやがる、ロリババア……!」


 結構痛い。年配のような口調で喋るロリボイスが、急に空から降ってきて踵落とししてきた。

 とりあえず、頭の上に乗っかった足を地面にどけて、起き上がる。声の雰囲気的に、敵意があるって感じではなさそうだ。


 ――滝の様に流れる黄金色の髪に、日長石を嵌め込んだような橙色の瞳。挑発的に覗かせる八重歯と子供の産声のような声音。

 そしてなにより特徴的なのは、頭から生やした狐のような耳――。


「……子供?」


「ま、どう思うかは勝手じゃな。表面だけ見て子供と評価を下すか、内面まできっちり見て、愛らしいビジュアルを持った偉大な存在と解釈するかはそちら次第……ふがっ!?」


「おー、なにこのほっぺた。お餅みたいじゃん」


「ひゃ、ひゃめんふぁ!ひひふぁらはなふぇ!」


 この女、空から降ってきたロリのほっぺを当然のようにつねりやがった。度胸の塊みたいなやつだな。絶対に真似しない。


「んで、空から湧いてきたってのも考えると、ただの痛々しいガキじゃねぇよな。なんだお前。このミミ本物か?」


「本物か、とな。その質問はちと難しいのぉ。なにせ、今わしが見せるこの姿、本物だとは決して限らんからな」


「訳わかんねぇよ。とりあえず、一から確認しろよ、このロリババア。今の所、完全にオタク御用達キャラでしかねぇぞ、お前」


「全く、心外な評価じゃな。この時代、わしの地位は完全に崩れてしまった、ということかの。寂しい事じゃ」


 そういうと、ロリは(無いけど)胸を張って腰に手を当てると、


「わしは、この神社で奉られていたかみさま、といったところじゃ。以降は、そのように接して……」


「おお、耳もモフモフじゃん。すごーい」


「痛っ……くはないが、耳には気安く触れるでない!くすぐったいじゃろうが!」


 かみさま?え、それは神様ということでいいんだろうか。

 信じたくはないが、目の前にいるのだから仕方あるまい。だが、問題はそこではない。もっと大変な、ものすごい問題が。


「……お前って、色んな人を祟り殺してる……ってことだよな?」


「へ?」


「おい、逃げるぞ!この二千に及ぶ階段を駆け下りて逃げるぞ!」


「おぉっと」


 呆けているこいつの手を掴み、急いでロリと距離を取る。

 いやもうやばいって。いくらなんでも無理。神様には勝てない。お疲れ様でした。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ちぃ!誤解!誤解じゃからぁ!」


「ごかい?」


 涙目の神様。何が誤解だ。そうやって騙して殺す気なんだろう。俺たちにはバレバレだぜ。


「誤解って、どういうこと?なんか大変な事情がありそうだけど」


 えぇ、嘘でしょ?話聞くの?この状況で?

 怪しいじゃん。怪しさ百パーセントじゃん。怪しいどころかそもそも妖しいものなんだから近づかない方がいいじゃん。


「実はの……ここ最近、二、三百年くらいだったかの?ちーっと腹の立つ神に、一つ喧嘩を売ってやってな。盲目的な恋をしてる暇があったら、ちゃんと神の務めを果たせ、とな。しかし……」


「しかし?」


「『ゲート』を開くため、という口実もあったからの。わしの神社で悪い噂を立てる為に、神としてあらぬ所業をしおった。本当に、気にくわない奴じゃ」


 ゲート?ゲートって何だ?俺達一般人にもわかるように説明して欲しい。


「つまり、その性悪な神様のせいで、この神社が曰く付きになったってことか?」


「その通りじゃ。その前は、恋愛成就で有名な神社じゃったからな」


「やっぱり!その噂って、本当だったんだ!」


 さっきまで隣で黙ってたくせに、いきなり身を乗り出してきやがった。俺の為じゃなくて、確実にこいつの為じゃねぇか。

 目をキラキラさせるこいつの勢いに若干引く神様。

 しかし、こいつの期待虚しく、神様は「いいや」と首を振る。


「本当か、という疑問は、ちと難しいな。本来、わしらのような名無しの神には、例外を除き、そう大したことはできんのじゃ。あくまで人間を見守るだけ、恋愛や仕事、人間関係には干渉せん。ま、それを破る不届き者もいないわけではないが……。そもそも、恋愛成就で有名、とはいっても、ここら一帯の話じゃからな。そう期待はするな。本当に恋愛成就の効果があるのは、もっと大きな神社だけじゃよ」


「あ……そう、なんだ。ふーん。まぁ、別にどうでもいいけど!」


 こいつ露骨にがっかりしやがった。神様もめちゃくちゃ申し訳なさそうだし、とんでもねぇなこいつ。

 というか、やっぱり俺じゃなくて自分の為じゃねぇか。なんなんだこいつ。


「んで、今回踵を入れてきた理由としては何よ?他の神様に嫌がらせされたのは同情するけど、それでも踵入れられたのには納得してねぇぞ」


「神様に同情してくれるか。優しいのう、お前は。踵入れたのは申し訳ない。実は、嫌がらせというのは、この神社内に入った者が首を吊る呪術の類を仕掛けよってな。わしはその対策として階段前に、この神社に誰も寄りつけなくなる結界を張ったんじゃが……」


「じゃが?」


「どうも、お主らは特異体質のようじゃな。霊感が強いのかなんなのか……。結界が効果を成さなかった。厄介なことをしてくれおったな」


「そりゃ申し訳ないね。ま、その代償が踵なら安い……安いのか?めっちゃ軽かったから痛くはねぇけど、ロリに踏みつけられた屈辱感が凄い……」


「さっきからろりろり喧しいのぉ。これでも何百年と生きておるわ。名前さえあれば、もっとオトナっぽい見た目になるんじゃが……」


「名前くらい自分でつけれたりしねぇの?」


「しねぇのじゃ。これは誰が決めたというより、神として存在している以上、運命のようなものじゃ。何百年では、神の基準じゃ中の下じゃからの。ネームドになるには早すぎる」


「にしては、喋り方は年寄りだけどな。好み?」


「好み」


 好みなら仕方ないな。痛々しく見えるのも、これなら許してやれるわ。


「そうか。なんか、神様も色々大変なんだな。とはいえ、俺らにできることは無さそうだしな。首も吊りたくないし、この辺でお暇させてもらうわ」


「お?おぉ、うん、その通りじゃ。お主らにできることは全然全くこれっぽっっっっちもないから、早く帰るのが吉じゃな。シッ、シッ」


 なんだこいつ、急に。いきなり挙動不審だわ迷惑そうにするわで腹が立つ。

 だが、幼女に腹を立ててもしょうがないもんだ。ここは一つ、帰ってこの幼女が寂しくて泣きわめく様を想像して、溜飲を下げるとしよう。


 そんなくだらないことを考えながら、階段の一つ下の段に足を降ろそうとしたその時――、


「ねぇ。今の態度怪しかったけど、私達にできること、本当はなんかあるんじゃないの?」


 ちょっとおねぇさん!何言ってはりますの!?

 いや、確かに思ったよ?急に挙動不審だなーとか、これはきっと手はあるけど厄介ごとに巻き込みたくないというこいつなりの気遣いだろうなとか、思いましたよえぇ思いましたともさ。

 けどね?こんなの、無視した方が絶対いいだろう。そんなあからさまに曰く付きな神様の厄介ごと、俺らにどうこうできる事じゃないはずだ。そうでしょかみさま!?


「……実を言うとな、手伝って欲しい気持ちはある。お主らの力を借りられたら、結界を解くことも可能じゃろう」


 知ってたよ、わかってたよ!どうせなんかできることはあるんだろうなと、お前の態度から薄々察してたよ、神様!


「だが、それをお主らに頼むのもアレじゃ。大丈夫、わしはわしでなんとかするよ」


「そう言ってあと何百年?わたし達をここで遠ざけたら、いよいよ誰も寄り付かなくなる。恋愛成就の神の名も廃れて……そんなのでネームドになれるの?」


「む」


 こいつの発言が癪だったのか、眉を寄せてこわーい顔で睨みつけてくる神様。

 だが、反論してくる様子はない。それはきっと、今のこいつの言葉が、図星だったからだろう。このままじゃ、この子供は一生名前もつけてもらえないで、他の神に嫌がらせされて、ずっと一人で過ごしていく。


 ――それは、ダメだろう。何百年生きているったって、こいつはまだ、子供なんだ。


「――結界を解く。何をすればいいんだ?」


「……いいのか?霊的なものに関わるなぞ、後で後悔するやもわからぬぞ?」


「ばか。子供が気を使う必要ない。困ってるんなら他人を頼れよ。この世の中で成功するには、まずその第一歩が大事なんだ」


「まったく……。これでも神様じゃぞ?わしは」


 拗ねたような事を言うが、それでも、少し頰が緩んでいることに、本人は気づいていない。

 まったく、それで喜ぶようなら、最初から「助けて」って一言でも言やぁいいんだ。でないとこっちも困る。

 ま、手を貸して欲しい気持ちがある、とは言っていたから、及第点だろう。ここはひとつ、手を貸してやるか。


「で、何をすればいいって?手伝うとは言ったけど、流血沙汰が起こるのはゴメンだ」


「そんなことはおこらんよ。安心せい。お主達にしてもらうのは、ほんの清掃作業じゃ」


「「清掃作業?」」


「そう。お主らが通う学校に、結界の元がある。わしが解除できないよう、神社から離れた場所に術式があるのじゃ」


「その、術式ってのは、どうすれば?」


「簡単な話じゃ。きっと、件の場所には、赤で描かれた魔法陣でもあるはずじゃ。それを、雑巾か何かで消してもらえれば良い」


「自分で行くのは駄目なのか?」


「さっき言ったじゃろう?わしが解除できないよう、神社から離れた場所に術式がある、とな。首吊りの結界と同時に、ヤツはわしが本堂から半径二キロ以上の場所に行けない術式も展開しておる。まったく、厄介な事をしてくれおって」


「確かに相手も相当酷いことしてるけど、そこまでされるお前はお前で何してたんだよ?ボーっとしてたらいつの間にかやられたのか?」


「耳が痛いのぉ。じゃが、神にも休息は必要じゃろう。そこまでブラックだと、誰かが働き方改革を提唱する」


「神様でもその辺の事情は切実なんだ……」


「人間も神様も、やりたいことやる時間は必要だからだろ。その点、子供をここに閉じ込めるようなヤツは断じて許せない」


「お――」


 目を丸くする神様。

 あれ、俺、今何かおかしな事を言ったのだろうか。少し気障な台詞だったか、とは思ったが、この驚きは想定外だ。


「まぁよい。それより、しっかりと頼んだぞ。もし成功し、わしがネームドになった暁には、お主らの恋愛にも手助けしてやる」


「お、マジか。んじゃ、しっかり役目は果たさないとな」


「そうだね。わたしも、実はちょっとだけ興味あったの」


 そうして、俺とこいつで、今から学校へ向かう事になる。


 長い、長い一日が始まった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「えー……どこだよ。赤で描かれた魔法陣なんて、普段気づかないもんか?」


 一階は全部見た。二階も見たし、三階もこの教室で最後だ。

 だというのに、魔法陣は全く見つからない。


「さぁ?そもそも、わたし達がそこまでちゃんと周りを見てないから気づかない、って事もあるかもよ?もっと考えて生活してれば、何か変わってたかも」


「周りを見る、ね」


 体ばっかしデカくなって、その分自分にできる事も増えていると勘違いしていた。

 その結果が今だ。学校の至る所を探しているというのに、なかなか見つからない。そもそも、普段自分が行かないところが多すぎて、どこにあるのか見当もつかないのが原因だが。


「俺達、ここのこと何にも知らなかったんだな」


「地元なのにね。田舎者な分、他の町にも行けないのに、自分が生活するところすら理解してない。あの子の方が、よっぽど頑張ってるんだ」


 その言葉に、俺も内心同意せざるを得ない。


 つい数十分前に会っただけの仲なのに、あの子供に対して、何かしてやりたいという気持ちが収まらない。

 あの子はずっと一人なんだ。名前もなく、抗う術も持たずに、ずっと一人で、生きてきた。


 神様であるとかなんとか、そんなの、寂しい気持ちの前では関係ないはずなのに。


「ずっと、見て見ぬ振りしてきたんだ。俺達は、今日特別神社に行けたってわけじゃないんだろう。多分、いつでも行けたんだ。いつでも、今まで何があったのかを確かめようともしないで、ずっと見て見ぬ振りしてきた」


「それは――」


「仕方なくないんだ。……仕方ないで、済ましちゃダメだ。俺なら、ずっと前から、あの子を助けられた。いろんな人が、神社にお参りに行けるように変えれた。けど、それをしてこなかったのは、俺の怠けだよ。あの子が一人だったのは……俺のせいだ」


 許せない。許されない。

 許さない。許されない。

 ――許して、欲しい。

 ――許し、たい。

 されどあの子は許されない。だから、誰も許されない。

 だからせめて、咎人、罪人、悪人でも、あの子に赦しを与えたい。

 世界が彼女を許さないなら、他の誰がやり遂げようか。

 彼女の存在がわかるのは、俺と、目の前のこいつだけだから。


 そんな、償いにも似た俺の決意は――、


「くっだらな。わたしは絶対付き合わないから」


「あ?」


 ……いや、え?

 本当に訳がわからない。俺が勝手に自分で結論付けただけなのに、なぜこいつがそんなことを言うのか。

 別に、この償いに無理矢理付き合わせようとした訳でもない。それに、こいつは今、俺と同じ様に行動しているではないか。


「別に、そういう話じゃないぞ。お前は別に、やりたくなかったら帰ればいいだろ」


「いいや、そういう話でしょう。むしろ、そういう話じゃない、なんて言葉はそのまま返す。わたしは別に、これが嫌だからーとかいう理由で言ったわけじゃないの。それもわかんないの?バカ」


「む、馬鹿とはなんだ馬鹿とは。何もおかしなコトは言ってないだろ。そもそも、絶対付き合わないなんて言ったのもお前の方じゃないか」


「はぁ……そこまでバカだとは思ってなかった。いい?おバカさん。わたしが言いたいのはね、誰も君を責めるつもりもないし、そんな考え、そっちが言うまで思いつきもしなかったってコト」


「そんなコトない。あいつだって、口には出さなかったけど、それなりに怒ってるだろう。今までだって助けられたのに見過ごしてきたんだ。起こるのが筋ってもんじゃないのか?」


 噂を鵜呑みにして、それを疑いもせずにぬくぬくと過ごしてきたのが俺だ。ぬくぬくしてる間に、あの子がどんな気持ちでいたのかなんて、考えもしていなかった。

 少しでも噂話を確かめようとしていれば、あの子はもっと違っていたかもしれない。


「違ってない。君が少し行動するくらいで、誰かの性根が変わる事なんてない。君は別に、そこまで大きな存在じゃないでしょう。そこら辺の誰かが何をしたって、そこら辺の誰かの周りはなる様にしかならないの。私たちはあの子にとって、唯一とも言える存在だったかもしれない。けど、大切な存在じゃなかった。それにね、おバカさん」


「……なんだよ」


「あの子は、『助けてくれなかったから』なんて軽率な理由で、人を責めるほど甘えてこない。あの子のこと、子供扱いしすぎだよ」


「――――」 


 ――子供扱いした訳じゃない。

 そう言おうと思った。けれど、その言葉は出なかった。


 俺の理屈は正しいと思う。

 だけど、こいつの理屈は、もっと正しいと思えた。


「――」


「ぁ?」


 音がした。カサコソと、音が。

 しゃがんでいた体を立たせ、音のする方に向かう。

 居心地の悪さを掻き消す様に、目を逸らす様に、生まれた変化の方に足を向かわせる。

 なんでもいい。状況に、変化を。


 廊下の突き当たりを直角に曲がったところに、それはいた。


「……なんだ、あれ」


 ――そこにいたのは、影だった。

 足はなく、顔のパーツもなく、平たい影。先が尖った形状の手と、首のない、頭と体が直接繋がった、それでいて人型とわかるシルエット。

 一目見れば、わかる。予感がした。


 ――あれは……ダメだ。


「なに、なんかあったの?」


「――ッ!」


 曲がり角からこいつが出てきた途端、影は俺達に向かって、体の一部を高速でこちらに飛ばしてきた。

 鞭の様にしなるそれを、こいつの体を押し倒しながら倒れることで回避する。

 頭の頂上を擦り、そのまま壁を突き破るその威力に全身の鳥肌が立つ。

 直感に任せて回避行動を取れたからよかったものの、あと少し遅ければどうなっていたか。


「逃げるぞ!」


「ちょっ――!?」


 彼女の手を掴み、なんとか影の射程圏内から逃れる様に走る。

 追ってきてはいる。だが動きはさほど早くない。これなら逃げ切れる。だというのに、


「ちょっと、あれなんなの!?それと手、握らなくても走れる!」


「うるせぇ!あれがなんなのかなんてこっちが聞きたいくらいだよ!それと、黙って走れ!こっちだって必死なんだよ!」


「いいから離してってば!」


 妙に強情な態度のまま、手を剥がそうと奮闘し始めた。

 そのせいで走るのに集中できない。そもそも、俺の方こそ、なんでこんな必死に手を握って――。


「――っ」


 後ろからカサコソと音が聞こえ、それがあの影の足音だと理解。

 追いつかれた。このままじゃ、あの影の触手を成すすべもなく喰らうことになる。

 そうなれば一巻の終わりだ。


 俺は――、


「跳ぶぞ!」


「な――」


 目の前の窓が開いている。

 ここは二階。助かるかどうかは五分五分だ。助かったとしても、怪我を負うのは免れない。足の骨くらいなら簡単に折れるだろう。


 気がつけば俺は、彼女の下敷きになる様に――言い方を変えれば、犠牲になる様にして――。


「馬鹿っ……!」


 悲痛な叫び。それが、自分のものなのか、こいつのものなのか、もはや、なにもわからなかった。


 そして次の瞬間、俺は地面に叩きつけられて肉塊に――、


「――ぁ、ぇ?」


 ――ならなかった。

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