表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

サラシナ駅

作者: 翔という者

 夏。

 七月中旬の昼下がり。


 ここは、とある山の田舎道。

 右を見ても左を見ても、見上げるような深い緑に囲われている。

 山々からは、セミたちの大合唱がここまで届く。


 空はどこまでも蒼い。

 その蒼の中にただよう、千切れたような雲の白が良いアクセントになっている。


 そんな田舎の道を、怪談好きな俺が行く。

 目的地は『サラシナ駅』。

 この周辺では、電車が停まる駅は、このサラシナ駅しかない。


 新幹線の通り道になってはいるが、サラシナ駅に停まる電車の数は、一日でせいぜい三本程度。だが俺は、サラシナ駅へ電車に乗りに行くわけではない。


 では何が目的なのか。

 実は、サラシナ駅は自殺の名所なのだ。


 ……ああいや、別に自殺しに行くわけじゃない。

 ただ、この駅には何かと黒い噂が絶えないのだ。


 例えば、サラシナ駅で大自然の中を走る新幹線の写真を撮ろうとやって来た鉄道マニアが、その日に線路に飛び降りて電車にかれて死んだとか。


 あるいは、、恵まれた家庭を築いて幸せ絶頂の中にいた男性が、偶然にもサラシナ駅を利用したその日に、線路に飛び降りて電車にかれて死んだとか。


 つまり、自殺しそうにない人間でさえも、このサラシナ駅にやって来ると、こぞって線路に飛び降りて自殺しているのだ。


 これは何か霊的な超常現象の気配を感じる。

 怪談好きな俺は、一人でこの駅の調査にやって来たのだ。


 舗装されていないつちの道を歩き続ける。

 やがて、件のサラシナ駅が見えてきた。


 いかにも昭和チックな、木造の駅舎だ。

 建てられて随分と経つのだろう。ところどころが痛んでいる。

 とりあえず、怪談の雰囲気としては満点だ。


 吹き抜けの入り口を、ゆっくりと通り抜ける。

 驚いたことに、この駅には駅員がいる。

 御年どれくらいかも想像がつかない、ヨボヨボのお爺さんだ。

 今はどうやら、竹ぼうきでホームを掃除しているようだ。


 ホームに入ると、その駅員さんと目があった。

 駅員さんはこちらを見ると、ゆっくりと会釈をした。

 こちらもつられて、おじぎをする。


「どうも、お若い方」


「あ、どうも。こんにちわ」


「こんな田舎の駅にお客さんとは珍しい。どちらへ行かれるので?」


「すみません、電車に乗るつもりはないんです。ただ、その、この駅が自殺の名所と聞きまして」


「ふむふむ」


「俺はこう見えても、怪談が大好きでして。それでちょっと興味を惹かれて、この駅に寄ってみたんです。……あの、気を悪くしたらスミマセン」


「いえいえ、構いませんよ。どうぞ、気が済むまでゆっくりしていってください。どうせ、お客さんなんて滅多に来ない駅ですからの」


「あ、はい。ありがとうございます」


 駅員さんの許可も下りたので、俺は堂々とホームの中へ。

 ホームの中央にはベンチがあったので、そこへ腰かけた。


 木造の屋根が、日差しを遮ってくれる。

 目の前は山のお膝元のようで、うっそうとした緑の壁がっている。

 遠くに聞こえるセミの鳴き声と鳥のさえずりが、どこか気持ち良い。 

 率直に言って、ここはすごくリラックスできる。


 もしかしたら、ここに長時間居たら、自分に何かが取り憑いて、線路へ進ませて電車にかせようとしてくるのでは、なんて考えていたけど、これはとても自殺する気なんて起こりそうにない。


「……もし。お若い方」


 俺がホームのベンチでくつろいでいると、駅員のお爺さんが話しかけてきた。


「ん、何ですか?」


「どうですかの、この駅は。意外と良い所でしょう?」


「そうですね。自然が豊かで、とても気分が落ち着きます。ここで自殺なんて、とても考えられませんよ」


「……私は思うんですがね。ここで自殺した人たちはみな、自殺なんてしたくなかったんじゃないかと思うんですよ」


「そりゃあまぁ、それは誰だって同じでしょう。まだ生きていけるなら、そうしたかったはずです。しかしそれが出来なかったから、彼らは自殺を選んだ」


「はてさて。それはどうですかのう」


「…………?」


 いまいち話の要点が分からない駅員さんの話に、俺は首を傾げる。

 駅員さんは気にせず、俺に話を続ける。


「時に、お若い方。こんな風に考えたことはありませんか? ある日突然、自分が立っている場所が、何の前触れもなく崩れ落ちたとしたら」


「何の前触れもなく……?」


「あるいは、自分が何気なく運転している車が、突然のエンジントラブルで、運転中にいきなり大爆発したとしたら」


「それは……恐ろしいですね」


「例えばですがの、そこに血まみれの女性の幽霊がいるのと、いきなりこの駅が崩れるの、お若い方はどちらが怖いですかの?」


「ええと……駅が崩れる方がちょっと怖いかも……」


「私が思うに、それは死への覚悟ができていないからだと思うのですよ。死と向き合う覚悟。死に足を運ぶ覚悟が」


「覚悟……」


「女性の幽霊がいたとしても、まずは相手の出方をうかがい、覚悟を決めることができる。しかし、この建物が突然崩れたら、覚悟などする暇は無い。本当の恐怖とは、覚悟が無い時にこそ訪れる。お若い方、あなたは覚悟してこの駅まで来られたのかな?」


「……もしかして、駅員さんも怪談好きだったり?」


「ふふ。まぁ今のはしょせん、年寄りの枯れた思考ですから、気にせんでくだされ。私はあちらの方を掃除してきますんで、ゆっくりしていってくだされ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 駅員のお爺さんは、竹ぼうきを持ってその場から去っていった。

 ホームには、ベンチに座る俺が独り、残される。


(……含蓄がんちくがあるように見えて、いまいち釈然としないお話だったなぁ)


 頭の中で、俺は駅員さんの話を、そんな風に振り返っていた。


 

 ……と、その時だった。

 俺から見て右の方から、古びた電車が走ってきた。

 ガタンゴトンと音を立てながらやってくる。

 そして、このサラシナ駅のホームに停まると、自動ドアを開いた。


「…………え?」


 俺は、思わず唖然あぜんとした。

 だってこの時刻には、この駅にやってくる電車は一本もないはずなのだから。


「停車時間外にやってくる、謎の電車……」


 俺は、やってきたその電車にかれてしまった。


 この状況は、怪談好きにとってはまさに垂涎すいぜんモノだ。

 電車の中には、数人の乗客がいるようだ。

 みんな、ぼんやりとした目でこちらを見ている。


 俺はベンチから立ち上がり、ゆっくりと電車に近づく。

 そして、ホームから電車内へ、足を踏み入れた。




 その瞬間、俺はホームから線路へ転落した。




「…………は?」


 俺は今、線路の上で倒れている。

 ホームから転落した傷は大したことはないが、身体が全く動かせない。

 

 周囲を見れば、黒より黒い真っ暗闇だ。

 いつの間にか、夜になっている。

 さっきまで、蒼空が広がる昼下がりだったのに。

 田舎の夜は、信じられないくらい何も見えない。


「なんで……?」


 あまりにも唐突。

 あまりにも突然。


 なんで、夜になっているのだろう。

 いやそれより、さっきの謎の電車はどこに行った?

 何の前触れもなく、何もかもが一変した。


 と、その時だ。

 線路の上に倒れる俺の身体に、ガタンゴトンと振動が伝わった。


 線路の先を見てみる。

 明るい光が、とんでもない速度でこっちに向かってきている。

 最初に言ったが、このサラシナ駅は、新幹線の通り道になっている。


 あの速度では、緊急ブレーキも間に合わない。

 いやそれより、この暗闇では運転手が俺に気付かない。

 俺の身体は線路に倒れたまま、やはり動かせない。

 

 このままでは……。

 俺は……。



 嫌だ止めて助けて誰かなんでどうしてどうなってこんなことに俺が何をしたんだ許してお願い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い電車来る嫌だ俺はまだ死にたくなグシャリ






「ハッ!?」


 俺は、ベンチから跳ね起きた。

 酷い悪夢を見ていたようだった。


 時刻は、元の昼下がり。

 額を右手で拭ってみる。

 嫌な汗がびっしょりと、手の平についていた。


「……!」


 俺は、急いで荷物をまとめて、ベンチから立ち上がる。

 すぐにでもこの駅を出るつもりだ。

 この駅は、何かがヤバい。


「どうされましたか、お若い方?」


 俺がホームを出ようとすると、駅員さんとすれ違った。

 俺は、動揺を隠しきれない声で駅員さんに別れを告げる。


「駅員さん、俺、そろそろ帰りますんで! それじゃ!」


「お、おお、分かりましたよ。お気をつけて」


 駅員さんの挨拶を背中に受けながら、俺は吹き抜けの出入り口を抜ける。

 駅の外の草木が、鮮血を浴びたかのように真っ赤だった。


「な……!?」


 草木が赤い。

 空も赤い。

 遠くに見える山々も赤い。

 その赤色も、ひどく不気味だ。

 まるで、血がベッタリと付着したかのような……。


「……ひぃ!?」


 俺は、弾かれたようにサラシナ駅へと戻った。

 とにかく、この現状を駅員さんに尋ねてみようと思った。

 それが、俺がなけなしの理性で振り絞った打開策だった。


「駅員さんっ! これは一体どうなって……」


 ホームにいる駅員さんに声をかける。

 しかし、駅員さんは人の形をしていなかった。


「ば、化け物……っ!?」


「s@4x;jdqt、60tetq?」


 まるで、全身の皮を全て剥いだかのような、赤黒い肉の塊が立っている。

 ソレは、意味不明な言語らしき鳴き声を発した。

 ソレの中央が、ウジュウジュと音を立てて大きく裂ける。

 そして、目の前の俺をバグンと食い殺してしまった。




「ハッ!?」


 俺は、ベンチから跳ね起きた。

 空は、夕焼けのように赤い。


 酷い悪夢をいや今のは夢じゃない

 早くここから逃げないとはやくはやく


「もし、お若い方。もう遅くなりますが……」


 駅員さんが俺の後ろから声をかけてきた。

 その駅員さんの頭の先が、ピシリとひび割れた。

 きっと、またさっきの化け物が出てくる逃げるんだはやくはやくッ!!


「うわぁぁぁぁ!?」


「あ、ちょっと、お若い方!?」


 俺は一目散にその場から逃げ出す。

 その拍子に、勢い余って足をつまずかせ、線路に転落してしまった。


 そして俺は、やって来た電車にかれてしまった。




『――では次のニュースです。市内に住む勝見政宗さんが、サラシナ駅の線路上にて、電車に轢かれて死亡しました。当時、勤務していた駅員の話によると、勝見さんは酷い錯乱状態にあったとのことです』



 あれは夢かと思ったが、俺はどうやら死んでしまったらしい。

 どこからが悪夢で、どこまでが現実だったのか。

 そんなことは、もうどうでもいい。

 いまはただ、あの恐怖から死をもって脱出できたことを、嬉しく思う。


 けれど、今の俺は、眠るのが怖い。

 寝たら、また自分があのサラシナ駅にいるのではないかと思って。

 それが、とても怖い。

 おちおち、安らかな眠りにつくこともできない。


 

 ……怖い。


 怖い怖い怖い怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖




『――地元警察は、現場の状況から、勝見さんは自殺を計ったと見て捜査を進めて

 

 次はお前の夢に出る』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こっわ…… 特に途中で主人公が狂ってからの『グシャリ』が、終止符みたいな感じがして面白かったです(?)。思い込みで人は死んでしまうんですね。 [気になる点] もう少し共感できる内容だと、さ…
[良い点] 話に破綻はなく、化け物ではなく電車に轢かれて亡くなるという、現実に即した結末であるのは、初挑戦として好感が持てます。 [気になる点] ただ、いかんせんホラーの醍醐味である、怖さの裏付けが為…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ