勇者の日記3
この本のページも残り少なくなってきた。残りのページを埋め尽くすまでにはこの冒険も終わっているだろう。その時僕はどうすればいいのだろうか。
この世界にきて多くの命を奪ってきた。自分が元の世界に帰るため。世界を救うため。そんな言い訳で殺してきた魔物たちは平和な世の中に帰る僕を許しはしないだろう。涙を流しながら命乞いをしてきたハーピーの子供から目を背けて剣を振り下ろした時の悲鳴と感触を一生僕は忘れることはできない。
人型の魔物には、サキュバスのように人間と変わりない姿の魔物もいた。果たして人間と魔物の違いは何なのだろう。答えは考えたところで出てこない。そんな気持ちだから極力人型の魔王とは戦いたいとは思わなかった。凶暴なだけで少女と変わりない存在を好き好んで殺そうとするほど心が腐っていないから。
だから異形の魔王を先に倒すことにした。幸い異形の魔王は殺せないほど再生力が高く、切り離した肉片が意思を持つ魔物として活動を始めるという話だった。おまけに、異形の魔王の体液を浴びた者は混乱し、我を忘れてしまう恐ろしい力もあった。
しかし、この旅で成長した僕の身体能力を持って振るわれる剣技ならば細切れに切り刻んで殺しきれるだろうという話だった。そして細切れになった肉片を魔法使いの魔法で燃やし尽くす作戦だった。
魔王城には二人の魔王が住み着いているようだったが、人型の魔王が城から出て辺りを警戒するタイミングを見計らって魔王城へと潜入した。
しかし、魔王城に入って辺りを探っていた僕の目には信じられない物が多く転がっていた。明らかに電子機器とみられる数多の残骸。今は動かないエレベーター。魔族はそういった科学を捨ててなお人間を圧倒し続けるほどの技術を持っているようだった。
まるで元の世界から持ち込んだ風にすら見えるそれらに深い興味が湧いたが、誘惑を振り切って異形の魔王のいる玉座を目指した。
そこには、醜い肉片をまき散らし、絶えず体を分裂させる異形の魔王がいた。今生まれたばかりのような数匹の魔物に守られてはいたが、生まれたばかりのそれらは一切抵抗らしい抵抗もできずに切り捨てることができた。
異形の魔王は、まるでそこに縛り付けられているかのように動くこともせずにただあり続けた。人間と人間をミンチにして混ぜ合わせたような醜悪な見た目に恐怖を感じた。しかし、なぜだろうか。まるで自分が殺されることを望むかの様に身動きをとらない魔王にナニカを感じた。それが何なのかはわからない。ただ一心不乱に剣を振り続けた。体液が飛散し僕にかかったせいか無心でいつまでも切り続けた。
そうして気付いた時には動かぬ肉片となった魔王は魔法使いの炎によって燃え尽きた後だった。
「体液を浴びていたようだったが大丈夫か」
恐る恐るといった感じで師匠は僕に声をかけてくれた。この時の僕はまるで何かが宿ったような不思議な感覚に包まれていた。かといっておかしいことが起きたというわけでもない。何が起きているのか自分でもわからなかった。
「おにーさんがお母さんを殺してくれたんだ」
突然背後から声がした。三人が振り返るとそこには先ほどまでいなかった人型の魔王である少女がいた。少女の口ぶりからすると異形の魔王と人型の魔王は親子の関係らしかった。母の敵を前にした少女は、何故か笑みを浮かべて頭を下げた。
「ありがとう。お母さんを殺してくれて。お母さんはいつだって死にたくて、それなのに死ねなくて。そうして自分の子供が人を殺していくのを泣いていたんだ。だからお母さんを殺してくれてありがとう」
そう言って少女は今は影も形も残らない母に黙とうを捧げた。
「それってどういうことなのよ。まさか魔物を生み出して人々を襲っておきながら被害者面でもするつもり」
聞いたことがないほど怒りを滲ませて魔法使いは怒鳴った。エルフである彼女たちは魔物に攫われ苗床にされたり、食われる恐怖と闘いながら生きてきたはずだ。それが何かの間違いのように語る少女を許せなかったのだ。
「仕方ないの。もうあきらめてたから。でも、あなたになら。勇者になら私たちを殺せるってわかったから。だから私も殺されてもいいよ。でも、死ぬ前に一つだけお願いを聞いて」
今にも泣きだしそうな悲痛な顔で少女は叫んだ。
「ぱぱを。ドラゴンを殺してあげて」
そう言って少女はボロボロになった一冊の本を差し出した。
父→ドラゴン 母→異形の魔王(肉片) 娘→人型の魔王(少女)とかいう謎家族。当然理由はあります。