少女は語る3
「というわけで、三人は冒険に出て魔王の城に行くまで色んな人を助けながら魔物を倒しながら進んでいったんだよ。この辺りは昔話とほとんど変わらないね。例えばゴブリンに攫われた領主の娘を救出したり、エルフの集落でワイバーンを討伐したり。他には獣人の国で武闘大会で優勝したことも絵本に乗ってたかな。そんなこんなで勇者は世界で一番高い山の麓までやってきました。さて、これから勇者たちはどうなるのか。続きはお昼ご飯を食べてから話すからねー」
そう言って一息つく。空を見上げると太陽が照り付け、畑仕事をしていた大人たちも休憩に入っていた頃だった。
「えー早く続きが聞きたいー」「お姫様を助けるところをもっと詳しく聞きたいのー」「ねーお姉ちゃん魔法は魔法は」
それぞれが思い思いの言葉を口にする。子供らしい質問の数々だが、私も長時間話して喉が渇いている。さすがに一旦休憩をはさみたい。
「ご飯を食べたらしっかりと続きを話すから我慢しなさい。それにお姫様じゃなく領主の娘だからね。絵本じゃお姫様になってるけど、本当は領主の娘なんだよ。それと、魔法は最後に凄いのを見せてあげるから我慢だぞ」
そう言って村にある酒場へと足を向ける。これくらいの魔法ですら少しの不安が残る。本当なら魔法を使いたくはないが、どうしても癖で喜ばせるために使ってしまうことを恥じた。
魔法なんてそんな素晴らしいものじゃない。それを私たち語り部は知っている。そんなに憧れるようなものではないのだ。
注文した硬い黒パンをスープに浸しながらグラスに入った一杯の酒を飲む。今も昔も変わらない味。勇者の行いがなければこの酒どころか、硬いパンすら食べられない時代が来たかもしれない。そう思うと大地の恵みよりも勇者様に祈りを捧げてしまう。
どうしても酒を飲むと思い出してしまう。あの時こうしていたらという終わってしまった問いを幾つも考えてしまう。ああしていれば苦しむ人は減っていただろうか。ああしていれば彼は苦しまずに済んだだろうか。ああしていれば……
「そんなにスープに浸したらパンがふやけきっちまうぜ」
店主の言葉で我に返る。固いはずの黒パンは既にスープを吸って柔らかくなっていた。
「あぁ、ぼーっとしてたわ。ありがとう」
食べごろになったパンをかじる。素朴な味。塩コショウといった調味料は王都にでも行かなければ貴重品だ。スープも味は薄くお世辞にもおいしいと言うほどではない。でも、この村に住む人にとっては十分な食料のはずだ。
「とてもおいしいわ。ご飯を食べられる幸せっていいわよね」
店主にいぶかしげに見られる。
「なんだい、嬢ちゃんみたいな娘でも飯を食えねぇ時があるのか。もしかして隣の国からの難民か。あの国じゃ紛争で食糧難になってるって噂だが」
「そうじゃないわ。でも、それよりも辛い時期があってね。眠れない夜を過ごして、草をかじって生きてた頃もあったわ。そう考えたらエールを飲めるのってとっても贅沢じゃない」
グラスに残っていた半分のエールを一気飲みして見せる。無言でお代わりを要求するようにグラスを差し出す。
「かぁー。嬢ちゃんも苦労してきたんだな。それじゃあこの一杯は俺からの奢りだ。せっかく飲める酒はしっかりと味わって飲むもんだぜ」
先ほどのグラスよりも一回り大きいグラスになみなみと注がれたエールが出される。
「私を酔わせようとしても無駄よ。こう見えてお酒は強いの」
挑発的な視線を送る。嘘ではない。この酒なら浴びるように飲まない限り、本当の意味で酔うことはできないのを知っている。そういう風になっているから。
「そういうつもりはねぇよ。ただな、俺も思い出しちまってな。俺も小さいころに嬢ちゃんみてぇな女の子に勇者様の話を聞かせてもらった口でな。なんだか懐かしくなっちまってな。今じゃ生活の事で精一杯だが、昔は勇者様に憧れたもんだ。確かあの話の結末は」「ちょっと待って」
無理やり会話を切る。
「あなたのように覚えている人がいるなら、話した私も幸福だわ。だから忘れないで頂戴。そして語り継いで欲しいの。ここは酒場でしょ。酒のつまみに夢物語を語るのも、お伽噺を語るのも悪くないはずよ」
ポケットから小銭を出してテーブルに置く。この酒場に来れてよかった。私の行いも無駄ではなかったと実感できる。
「ごちそうさま。暇ならあなたも話を聞いていてちょうだい。一人でも多くの人に語り継がせたいの。それが私の使命だから。忘れないように。忘れさせないように」
酒場から出る。久しぶりに気分がいい。酒に酔ってるからじゃない。心が満たされている。
目の前の広場には先ほどの子供たちだけじゃなかった。50人ほどの子供たち。それとちらほらと大人たちもいた。子供たちの親だろうか。でも誰だって関係ない。一人でも多くの人にこの話を聞かせることができる。それはとてもうれしいことだ。
「さぁ、そろそろ続きを話すよ。大人も子供も聞いてちょうだい。魔王に立ち向かう勇者の物語を」