少女は語る2
「というわけで、なんと勇者様は異世界から来た人でした。皆もびっくりでしょ」
広場に集まる子供たちに視線を向ける。
「ねぇお姉ちゃん。異世界って何」
まったくもってピンときてなかったようだ。
「ええっと、異世界っていうのはものすごーく遠いところなんだよ。もうお父さんやお母さんと会えないくらいものすごーく遠いところ」
「それって隣の村のそのまた隣の大きな町くらい遠いの」
子供の無邪気な質問に思わずくすりと笑みが出てしまう。この子供たちにとっては隣の村ですら出歩くことはない。その隣に大きな町とは辺境伯の治める町のことだろう。そこですら行くことのできない夢のような場所と思い込んでいるに違いない。
「隣町の、そのまた隣のずーっと遠い町からお姉さんは来たんだけど、そんなお姉さんでも行ったことがないかなぁ。勇者様以外に行ったことがある人はいないはずだよ」
「えー嘘だー」「お姉さん嘘つきー」「父ちゃんは行ったことあるよー」
「本当だよ。それにお父さんにも本当に行ったことがあるか聞いてごらん。お父さんも勇者様に憧れて嘘言ってるかもしれないよ。それでも信じられない皆にだけ内緒でお姉さんの秘密を教えてあげるからね」
そう言って手のひらを前に突き出す。もちろん開いた手のひらには何もない。
「えーなにー」「なんなのー」
子供たちはいぶかしげにこちらを見つめる。そんな子供たちを驚かせるこの瞬間だけはいつも密かに楽しみにしていた。
手のひらに神経を集中させる。そこにないものを具現させるようにイメージをする。体の中にある何かがざわめき手に集まる。そうして目を見開く。
「「「うわー」」」
子供たちは感動していた。何故なら手のひらに小さな火の玉が浮かび上がってるからだ。
「実はお姉さん魔法使いなんだ」
にっこりとほほ笑んで火の玉を消す。この力は簡単に使えるような力ではないからこそ、長時間の行使は控えたかった。
「ねぇちゃんかっけーーーー」「もういっかいみせてー」
子供たちにアンコールを求められる。これもお決まりの流れだった。
「それじゃあ後でもう一度見せてあげるからね。その前に、勇者様の冒険のお話が先だよ」
「えーけちー」「みせてみせてーー」
やっぱり小さい子供は好奇心が旺盛で気になったら止まらないなぁと思い知らされる。
「お姉ちゃんも疲れちゃうからまた後でだよ。みんなだって畑仕事をして疲れた後にもう一回って言われたらやりたくないでしょ。我儘を言う子にはみせてあげないぞ」
そう言うと、子供たちは不満がりながらも騒ぐのを止めた。これで収まってくれてよかったと安堵する。これ以上引っ張られると話をする時間がどんどん無くなってしまうからだ。せめて話し始めた以上は最後まで話すのが私の語りに対しての誇りだ。
「それじゃあ勇者様は魔王退治に行くわけだけど、皆は魔物って知ってるかな。お父さんやお母さんに夜更かししたらゴブリンが来て食べちゃうぞって教わった子も多いんじゃないかな。って、ほらっ男の子が泣きそうな顔をしないの。ゴブリンもコボルトも全部勇者様が退治して出てこないから」
ゴブリンと呼ばれる女子供を攫う魔物も、すばしっこくずる賢いコボルトももうこの世にはいない。そう言えばコボルトと間違えられると苦笑していたあの娘ももういないんだったっけ。
「お姉ちゃん泣いてるの」
少女の声で思わず我に返った。そういえば今はお話の途中だった。
「泣いてなんかないよ。それじゃあ続きを話そうか」
少し強引な話の切り方をして話を戻す。
「それじゃあ次はいよいよ冒険に出た勇者様のお話だよ」