勇者の日記1
その日はいつも通りだった。いつものように朝目が覚めて、ご飯を食べて学園に通う。授業をこなし、仲の良い友人と新作ゲームについて話す。何気ない日常を過ごしてHRを終えて帰る。
帰ったら話題にしていたゲームをやってご飯を食べて風呂に入って寝る。いつも通りの日常を過ごすつもりだった。幸い宿題も大したことはなかったので、朝学校に登校してから友人に写させてもらえばいいや程度にしか考えていなかった。
そんな僕の日常は脆くも崩れ去った。
何が起きたかわからないままに僕はそこにいた。つい先ほどまでいつもの通学路を帰っている途中だった。それが瞬きをする間に豪華な城の玉座の前に立たされていた。
今思い返しても何が起こったのか理解ができない。
「異世界から召喚されし勇者よ。どうかこの国を魔王から救い出してくれ」
玉座に座る王は頭を下げて僕に言った。何が何だかよくわからなかった。夢なら覚めてくれと思った。いつものように帰っておいしいと口にすることのない母親の料理を食べて、当たり前のように風呂に使って、ゲームをしながら寝落ちする。
今となっては叶わないそんな日常だからこそ失ってからありがたみに気付いた。失うまでわからなかったことに後悔した。
夢か現実かわからないような状態で王様の話を聞いた。
魔王によって生み出される魔物に人類は生命を脅かされていること。どうにもならなくなって禁忌とされる異世界召喚によって僕が呼び出されたこと。異世界召喚の魔法は数千年にわたって研究されてきたロストテクノロジーとも言える魔法であること。その技術は人間の手で扱えるものではないが、最後の望みとして行使されたこと。異世界から現実世界へ戻るすべがあるのなら、太古の昔より生き続けるドラゴン以外に知る者はいないであろうということ。
混乱し、ただただ話を聞き続けていた僕はそれらを聞いて何も思わなかった。完全に思考することを止めて立ち尽くしていることしか出来なかった。今にして思えば怒りの声をあげることで誰かに八つ当たりでもしたかった。なぜ僕なのか。僕じゃなければならなかったのか。
そうして口にできなかった苛立ちのままにこの日記を書き記している。この怒りを、嘆きを、決して忘れないように日記を書き記すことにした。誰の目にも映らないようにいつまでもこの日記を持ち運ぶことにした。数少ない現実世界との繋がりを手放さないために。
この日記を書き続ける限り僕は忘れはしないだろう。叶うことなら。また母の手料理を食べて、友人たちとくだらない話題で盛り上がれることを祈って。