第4話 妹ちゃんは構ってちゃん
帰宅していた御木を待ち構えていたのは、血まみれ(?)になっていた妹だった。
ケチャップをふんだんに使用した死んだフリだったが、それが兄の怒りを買うことになる……
「……⁉」
玄関の鍵を開け、いざ帰宅と思った矢先の御木の目には死体が入り込んで来た。最初の1秒程は戸惑ったが、すぐに状況を完全理解した。
「何してんだ……お前」
「……いや、死んだふりしたら構ってくれるかなって……」
その死体はうつ伏せの状態のままで小さく声を出した
「馬鹿野郎! 何ケチャップこんな床にぶちまけてるんだ!」
玄関からあがってすぐの廊下には、大量の血改めケチャップが散乱していた。そんな様子に御木は驚くと共に、すぐにその衝撃は怒りへと変換された。
「だってお兄ちゃん構ってくれないじゃ~ん」
「何言ってんだ、ちゃんと勉強教えてるだろうが」
「そうじゃないよぉ。これだからお兄ちゃんは……」
「何か問題でもあるのか?」
「ふふん、私は私は知っている。今日もまたお兄ちゃんが告白をフった事を!」
ここぞと言わんばかりに先程の死体が急に元気になり始め、体を起こし立ち上がった。
「またか。今回はどこから仕入れたんだよその情報」
「さぁ……?」
妹があからさまににやけながら兄の方を見つめている。
「それじゃあ、ちゃんと拭いとけよ」
そんな妹を完全にスルーし、兄は自室へ向かおうとする。
「ちょっと待ってよ! もう少しくらい構ってくれたっていいじゃん!」
ケチャップまみれの手で兄の足をガッチリ掴んで食らいついた。
「お、お前、さっきから一体何を……。って、うわっ⁉」
案の定兄の制服にもべっとりとその痕跡がついていまった。
「お、お前……、良くも……」
「へへん、思い知ったかかわいい妹の意地というやつを! って」
「いたたたた……何カ月ぶりだろ、お兄ちゃんのゲンコツ……」
その赤色混じりの頭部には、1つの大きなたんこぶが出来ていた。それはそれはまた大きく痛く、妹は痛がりながらそのブツを両手でさぞ痛そうに抑えている。
「当然だろ。こんな馬鹿な真似してないでとっとと勉強なり寝るなりなんなりするんだな」
「良いじゃんかぁたまにはこうやって子供みたいに馬鹿やってみてもー」
妹が駄々をこねて来る。
「否。お前ももう今年で義務教育も終わるんだ、大人になりつつあるという自覚を持て」
「さっすが堅物。言う事もまたハリガネだね~」
「好き勝手言うがいいさ。あとちゃんと片付けろよ」
「了解っ、この御木 伊織全身全霊をもってその大命承る所存でございます!」
さっさと過ぎ去っていく兄にビシッと敬礼する妹。だがやはり構う様子も無い。そうだったのだが、何か話を思い出したのであろうか、突然ピタッと立ち止まった。
「あっ、そうだ。明日どこの店行きたいか決めとけよ。なるべく近場にして欲しいけどな」
「おぉ……! 久しぶりにお兄ちゃんと晩ご飯デート!」
「何でお前はそうやっていつもそっちの方に話を持ってこうとするんだ……」
いつもと変わりない妹に呆れ、頭を抱えながら再び歩き始めた。そんな事に気を取られたのか、スリッパの隅っこにもまたひっそり付着している安芝居の痕跡に気が付いていないらしい。ちっちゃな足跡が出来ていくのをぼぉっと妹は眺めるだけだった。
「これが忠義先輩? めっちゃカッコいいじゃ~ん! 伊織が羨ましいよ~!」
玄関の端の方から声が聞こえてくる。その声にすかさず反応し、伊織は隠してあった携帯を取り出した。その画面には『通話中』という3文字がでかでかと映っていた。そして画面越しから、兄のファンらしき人物んほ声が少し大きめに漏れてくる。
「……でも、ここまで拒絶反応を出すのはどうかと思うけどねぇ」
「あー確かに……どうして忠義先輩あんなに変わってるんだろうね?」
「うーん……分かんないかなぁ」
数分程して通話は終了した。そうして再びあの血の付いた足跡を両目で辿ってみた。
「……ホント、どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ。やっぱりあれが原因なのかなぁ」
愚痴をこぼすような感覚でボソッと呟いた。そして間もなく台所に向かって、現場清掃の準備をし始めた。
「くっそ、もうこんな時間か」
時間をふと見てみると、日付が回って0時半になっていた。とりあえず両手を伸ばしたりして体をほぐしてみたりするが、そろそろ限界だった。
「今日あんまり問題集進めれなかったな。明日で何とか挽回しないと……って、明日は黒瀬の特訓と伊織との飯があるじゃないか……」
予想外の多忙に御木は少し驚いたが、そんな事考えていても仕方がないし今日はもう寝ようと決意し、部屋の電気を暗くした。
「あっそうだった」
ある事を思い出した御木は部屋の電気をもう1回明るくして自室を出た。
「おい伊織、入るぞ?」
部屋のドアをノックしても中々反応が無かったために、仕方なく許可なしだが妹の部屋に入ることにした。するとそこには、勉強机で静かに鼻息を立てながら眠っている姿があった。
「い、伊織……」
足音を立てないようにそっと部屋の中に立ち入る。とりあえず近くに丁寧に畳んであった毛布を背にそっと掛けておくことにした。その兄の姿には、何かしらの安心感に満ちた優しい笑みがあった。
「んたく、世話の焼ける妹だな。」
部屋の電気が明るいままだったので、とりあえず暗くしておくことにした。消灯し、そっと部屋の扉を閉めると、今度は1階の方へと向かった。玄関にはさっきのようなケチャップ地獄は跡形も無く消し去られており、きちんと綺麗に掃除されていた。この頃にはもう、あの微かな足跡ももう無くなっていた。だが、辺り一帯にはまだ、ケチャップの香りがふんわりと残っていた。やはりどうしても実体のない残存物が気になってはいたが、その場をゆっくりと立ち去った。
「う……ん?」
伊織が机の上で目覚めると、直ぐにいつの間にやら自らにかけられている毛布に気が付いた。それに部屋の電気までも勝手に消えている。
「……なーんだ、やっぱり優しいじゃん」
再び、伊織は同じ場所で眠りについてしまった。そんな真夜中の、とある兄妹の出来事。