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兄妹飯  作者: 日笠京太郎
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炒飯は男料理の基本である


炒飯は男料理の基本である。


フライパンにごま油を垂らして、米と卵を炒めれば、おおよそ食い物になる。素晴らしいことだ。自他共に認める面倒臭がりである俺にとっては、まさしく最高の料理と言える。


しかし、同居する妹、マリは俺が2人前の炒飯を食卓に置くと、大方、露骨に表情を歪める。「また炒飯?」と不満を口にする。

作っても月1回程度なのに、「また炒飯か」と顔を歪められるのは正直心外であるが、俺は長男であるし、大人はあるので、「うるせえ」の他に何も言い返さず、黙って炒飯を食う。口論をして、その間に炒飯が冷めるのは、俺もマリも望むところではないだろう。


そんなこんなで俺は、業務用スーパーで明後日のカレーの用意を買って、自宅アパートに帰っていく。



自宅アパートのドアを開け、部屋の中へ入ると、「遅い!」とマリの声がした。


マリはいつも通りエレキギターを弾いていた。彼女は大学で軽音サークルに入っており、そこではギターボーカルを担当している、らしい。ライブ等に行ったことはないので、本当かは知らない。ギターはそれなりに弾けるのは部屋でしょっちゅう弾いているので知っているが、ボーカルの方は、彼女の方弁である可能性を完全に否定できない。別にどうだって良いが。


「何時だと思ってんの!八時だよ、八時!今日、ユウが作る日でしょ?」


マリが文句を垂れながら、ギターをスタンドに戻す。俺たち兄妹は同じ大学に通っており、アパートの同じ部屋で2人暮らしをしている。そして2人暮らしの取り決めの1つとして、「どんなに忙しくても夕飯はその日の担当が2人分を作る」というのがある。今日は俺の担当だった。


「一昨日も遅かったじゃん!なんなの!私を空腹地獄に陥れたいの?」

マリが騒ぎ立てる。俺はそれに構わず、買ってきた野菜を冷蔵庫に詰める。

今朝、「今日は遅くなる」と伝えたはずだが、マリは聞いていなかったのだろうか。


「ちょっと待ってろ。今作るから」

「何作るの?」

「"男の特製炒飯"」

そう言った瞬間、マリの表情が露骨に寂しげなものになる。

「"男の特性炒飯"...か。そうか、今日はそうだよね」

今日は訳あって、マリは炒飯に不満を言わない。

「なんでかは、わかるだろ?」


冷凍庫の米をレンジに入れ、タイマーをセットする。その間、先程までの勢いが嘘のように、マリは黙りこくって、部屋の真ん中に置かれた丸テーブルの前でスマートフォンをいじり出した。

俺は構わず、冷蔵庫から取り出した卵を2個割って、ボウルに入れる。


「遅くなったのも、そういうこと?」

「そういうことだ。来ないと思ったらから誘わなかったが、お前も誘ったら行ったか?」

「いや、やっぱまだ嫌」


そんな会話をしているうちに、電子レンジが「チン!」と音を立てた。俺はラップに包まれた米を電子レンジから取り出し、卵の入ったボウルに入れる。そうしてヘラを使って、卵と米を混ぜていく。


「お母さんもいたの?」

「いた。元気そうだった」

「なんか言ってた?」

「マリに対して、横着だって怒ってた。まあ、冗談だろうけど」


マリとそんな会話をしながら、フライパンにごま油を垂らし、火をつける。そうしてその間に、鶏ガラスープの素と予め刻んであった万能ネギ、醤油を取り出し、ボウルの横に置く。

そして次いで、換気扇のスイッチたるヒモを引くと、壁の上の方に設置されたファンが、ぐるぐると回り出した。


「まだ、花とかあった?」

「もうさすがになかったよ。俺と母さんで置いてきたけど」

「そっか。もう4年だもんね」


フライパンが熱くなってきたところで、俺は卵を纏った米をフライパンに入れる。じゅう、という音と共に、部屋に香ばしいごま油の匂いが立ち込めた。俺はそれから、ヘラを使って、米をほぐしながら炒めていく。ごま油は気持ち多めに垂らしてあったから、卵をまとった米は、フライパンをするすると滑った。やがて米がごま油をまとって、パラパラに変化する。そうして強火のままで、一気に炒めていく。


「来年はお前も来いよ、マリ」

「気が向いたら、ね」

「それ、絶対来ないだろ」

「うっさい、来年は行かないにしても、いつか絶対行くから」


米がある程度パラパラになってきたところで、鶏ガラスープの素を振り、醤油を鍋肌に垂らした。ふわりと、焦げた醤油の香ばしい匂いが立ち込める。そうしてヘラで混ぜながら、味を馴染ませていき、最後に万能ネギを入れる。それから頃合を見て火を止め、棚から平たい皿2つと茶碗を二つ取り出し、盛り付ける。

溢れないよう注意しながら茶碗に炒飯を入れ、それを大きな平たい皿に被せ、ひっくり返す。普段ならこんな面倒なことは絶対にやらないが、今日は特別。ドーム型に盛り付けるのが、"男の特製炒飯"の決まりなのだ。


そうして盛り付けた後、ブラックペッパーを適量振る。"男の特製炒飯"の完成だ。


「はい、"男の特製炒飯"」

「...ありがとう」


丸テーブルの前に座るマリの前に炒飯を置くと、彼女は俯き加減になって、悲しげにドーム型の炒飯を見つめた。

表面が茶色く焦げた炒飯からは、白い湯気が立ち上がっている。


「早く食べるぞ。悲しんでる間に炒飯が冷めたら、父さんも悲しむだろ?」

「...うん、そうだよね」


頷くと、マリは炒飯ドームをスプーンで崩し、小さな一口で炒飯を頬張った。すると彼女の目からは、一縷の涙が滴った。



兄妹二人、無言で炒飯を食べ進めていた。

スプーンでパラパラになった米をすくい、口に運ぶ。焦げた醤油の香ばしい香りが鼻に抜け、鶏ガラスープの素とごま油が混ざったコクが、口に広がっていく。何度も作ってきた味だが、やはりうまいな、と思った。


マリはというと、鼻をすすりながら、無言で食べ進めていた。普段炒飯を食べさせると、「味が濃い」「ネギが少ない」など文句を言うものだが、今日は静かに食べている。


「パラパラじゃん、いつもより」

マリが震えた声を出す。

「炒める前に卵を纏わせたからな」

「ブラックペッパーは盛った後にかけるんだね」

「その方が、香りが飛ばないからな」

「ドーム型なんて、いつもはやらないじゃん」

「ドーム型が"男の特製炒飯"の決まりだからな」

そこまで言うと、マリの目に再度涙が浮かんだ。


「本当、完璧にお父さんの味なんだよね。食べるたび悲しくなる」


マリは言うと、ティッシュで目元を拭った。8月16日。この日の晩に炒飯を作ると、マリは決まって泣いてしまうのだ。


「ユウ!マリ!できたぞ!男の特製炒飯だ!」


夜更かしして昼頃に起きた日曜日、父は俺たちにそう言って、ドーム型の炒飯を差し出してくれた。香ばしい醤油の香りと、効きすぎているくらい効いているブラックペッパーの辛さ。今でも鮮明に覚えている。本当に美味しかった。はっきりと、そう言える。

そんな父の命日が、4年前の8月16日だった。だから俺は、この日に決まって、"男の特製炒飯"を作るのだ。


「まあ、泣いてもしょうがないよね」

そう言って、マリは大きく息を吸った。そうして、皿に残っていた炒飯を、一気に平らげる。


「どうだったの、事故現場」

「まあ、どうもこうも、何の変哲もないただの県道。そこを通る誰も、そこで父さんが死んだなんて、思っちゃいない。本当に普通の県道」


今日は実家近辺に帰って、母と共に父の墓と死因となった事故の現場に行ってきた。母は元気そうだったので安心はしたが、事故現場にはここで父が亡くなったのだという痕跡が一切残っておらず、俺は少し悲しくなった。


「俺らくらいは、こうして年に一回くらいは父さんのこと思わないとな。それができんのは、父さんと生きた俺らだけなんだなんだからな」


そう言うと、マリはスプーンを一度置いて頷いた。目の端には依然涙が浮かんでいたが、その表情は先程よりも逞しいものになっていた。


「まあだから、来年は来いよ。父さんも喜ぶ」

「そうね、気が向いたら」

「なんだよ、それ。煮え切らねえな」

「絶対気が向くから、大丈夫」


マリは言って、にっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

俺はそんな彼女の表情に少々腹が立たないでもなかったが、マリが来ようが来まいが俺には何ら影響はないことだ。勝手にすれば良い。


俺はマリから目を逸らして、皿の炒飯に集中した。スプーンで最後の一口をすくい、口に運ぶ。

ごま油を吸い込んだ米は、水分が飛んでからっと香ばしい風味をまとい、口の中でコクとなっている。後から追ってやってくるブラックペッパーの辛味も、食欲を存分にそそった。

本当に、うまい。小学校時代のあの日曜日と同じ感慨を俺は今、狭いアパートの中、妹との食卓で覚えた。


「ごちそうさまでした」


俺は言って、食器を流しへ運ぶ。泣きながら食べていたマリの皿には、まだ少し米が残っていた。


俺はそんな彼女の皿を横目に、口の中に残ったごま油の風味を噛みしめる。


炒飯は男料理の基本である。

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