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パーツは既に揃っている

 あれから二十分ほど経過した。

 夏の日差しは未だ傾くことを知らず、青い空と白い雲を窓越しに見ることができる。差し込んだ日差しが店内を照らし、僕らの姿を浮かび上がらせた。

 僕の隣に座るのは突っ伏すことをやめた篠前さん。その正面には困惑したような眼つきで隣を眺める佐山さん。

 そして、佐山さんの視線の先、つまり僕の正面に座るのは二人目の飼い主候補。先程電話で呼んだゆうかちゃんだった。

 以上、四人がこのテーブルに座る面々である。

 ……そう、四人だ。


「えっと、ゆうかちゃん。どうして一人で来たのかな? 僕はお父さんかお母さんと一緒に来てねって言ったと思うんだけど」

「……急用ができた」

「あ、ああ、うん。そうなんだ」


 僕と視線を合わせもせずに、ゆうかちゃんはそう言った。

 さすがに嘘だとわかる。わかってしまう。

 ここまで露骨では騙されたくとも騙されないだろう。

 俯いてじっとしているゆうかちゃんを見ながら、僕は考える。

 ゆうかちゃんは想像よりも幼い子だった。

 外見だけで判断するに、おそらくは小学校の中学年くらい。白いワンピースに身を包み、肩から水玉模様のポシェットを下げている。

 髪の毛は襟足辺りで切りそろえられており、所謂おかっぱという感じだ。しかし前髪は長めになっていて、俯かれるとその視線がどちらを向いているのか、こちらからは確認できなくなる。

 じっと動かず黙っているのだが、おどおどしているという印象は受けず、幼いながらも芯の強さを感じさせた。


 さて、どうしたものだろうか。僕としてはてっきり両親のうちのどちらかが来てくれて、それで話を進められると思ったのだが、実際ここに来たのはゆうかちゃん一人。

 小学生の言うことが信用できないというわけではないが参考にするにはあまりに頼りない。

 そもそも、ゆうかちゃんが両親をこの場に連れてこなかったという事実が既に危ういのだ。

 嘘を吐くということは、すなわち、探られたくない何かがあるということで。

 この場合で言うと、それは――


「あの、木嶋さん。ちょっといいですか」


 僕が悩んでいると、篠前さんが耳打ちをしてきた。

 表情を窺うと、随分と深刻そうな表情をしている。


「どうかしたんですか? 何かに気づいたとか?」

「いえ、そういうわけではないんですが……あの、コーヒーをお代わりしてもいいですか?」


 ……この探偵は。


「……構いませんよ」

「ありがとうございます。普段、山にいるとあんまりこういうものを飲む機会もないんですよね」

「普段山にいるんですか。まるで神社の巫女みたいですね」

「な、何のことですかねー? 私は探偵ですよー?」


 アタフタする篠前さんを見て満足して改めて飼い主候補の二人に向き直る。

 ゆうかちゃんは先程と変わらず俯いたまま。佐山さんはそんなゆうかちゃんを見て、どうしたものかと悩んでいるようだった。

 案外、子供の扱いには慣れていないのかもしれない。

 となると僕が話しかけるしかないのだろう。そもそも、ここにいる面子でゆうかちゃんが知っているのは僕のことだけだ。

 知らない大人に囲まれれば、そりゃあ黙りこくってしまうだろう。


「えーと、ゆうかちゃん。実は隣のお姉さんも、この猫の飼い主だって言ってるんだ」

「…………」

「それで、ゆうかちゃんに聞きたいんだけど、この猫は本当にゆうかちゃんの猫なのかな?」

「さもんじは私の猫。一か月も一緒に暮らした。くしゅん」

「くしゅん?」


 言葉の最後に可愛らしいくしゃみがついてきた。


「もしかして、風邪を引いている?」

「……わかんない。くしゅん」


 僕の問いかけに、ゆうかちゃんは首を傾げて返してくる。

 風邪を引いているというのなら、あまり長居させてはいけない。


「ちょっと失礼するよ」


 僕は身を乗り出して、少女の額に手を当てる。自分のと比べてみたが、それほど熱いという感じもしない。風邪ではないのか? もしかしたら、夏の花粉症とか?

 ダメだ。医療知識のない僕にはその手のことはわからない。とりあえず熱がないってことは大丈夫なんだろう。


「熱はないみたいだけど、体調が悪くなったらすぐ言ってね?」

「わかった」


 素直に頷いてくれたことに少しだけ安堵して、話を続けようとすると、それを遮る声が現れた。


「あの、ちょっといいかしら」


 それは佐山さんだった。


「ゆうかちゃん、だったかしら。あなた、ご両親に猫のことを伝えてあるの?」

「……うん」

「だったら、あなたのご両親に電話をさせて頂戴。ちゃんと大人同士で話がしたいわ」

「それは、ダメ」

「あら、どうして? 本当に猫を飼っていてその猫が逃げたのなら、ご両親と話をしても大丈夫でしょう?」

「ダメなの」


 なんとしても両親と話そうとする佐山さんとそれを頑なに拒むゆうかちゃん。

 話は進まず、同じところを繰り返しているだけなのに、ゆうかちゃんへの疑念は強まっていってしまう。


「本当はご両親に話していないんでしょう? だって、この猫は私の猫なんだもの」

「違うもん」

「違わないわ。ねえ、ゆうかちゃん。今なら怒らないから、本当のことを話して? 猫が可愛くて嘘を吐いちゃったのよね?」

「嘘じゃないもん。さもんじは私の猫だもん」


 目は真っ赤に充血し、その上鼻をグズグズさせてゆうかちゃんは訴える。


「ああ、泣かないで? 私だって責めるつもりはないの。私も猫が大好きだから気持ちはわかるもの。でもね、人の猫を自分のものだって、言い張るのは良いことじゃないわ。時々、会いに来てもいいから。ほら、本当のことを話して?」

「泣いてないもん。本当に私のさもんじだもん。最初はひっかかれたけど、あとはずっと仲良しだったの」


 静かにゆうかちゃんは反論した。それは意外な証明にもなっていた。


「最初はひっかかれたって……それって、この猫の特徴ですね」


 篠前さんがボソッと一言、呟いた。

 その情報は、実際にこの猫と会ったことのある人物にしかわからない情報だ。つまり、ゆうかちゃんは少なくとも一回以上、この猫にあったことがある、ということになる。


「だったら、この子が本当の飼い主である可能性もあるんじゃないか?」


 僕の独り言に反応して、佐山さんがこちらを向く。


「それくらいだったら私も知ってるわよ。この猫近づくと、餌をあげた人じゃないと引っかかれるんでしょ? たったそれだけ知っていたくらいで、その子の肩を持ちすぎないで。公平に考えたら、私の方が正しいってわかるわよね?」


 睨むような眼で僕は貫かれる。釘を刺されてしまった。

 とはいえ、さすがに自分でもゆうかちゃんを贔屓しすぎだと実感している。実感しているが、それでも簡単にはやめられない。だって――


「もしかしてあなた、ロリコ――」

「ロリコンではないです」


 不名誉な肩書きがつきそうだったのを、先んじて回避する。とはいえ、このままではロリコンといわれても仕方がない状況だ。

 今の僕には公平に考えるということがどうにもできないらしい。それは佐山さんにもわかっているようで、彼女はため息をしたあと、篠前さんの方を向いた。


「ねえ、探偵さん。あなたの見解を聞かせて欲しいわ。この状況、どう考えても私が飼い主で正しいわよね?」

「違う。ゆーかが飼い主だもん。くしゅん」


 二人に詰め寄られる篠前さん。彼女はそれに動じることもなく、ゆっくりと飲んでいたコーヒーを置いた。

 ……まずいな。篠前さん、もとい与野前さんは本当は探偵じゃない。しかも、さっき僕が聞いた時は見当もつかないと言っていた。

 でも、この人の性格的に、こんな期待された目を向けられたら……


「ふむふむ、なるほど。大体はわかりました。私にはもう、この猫の飼い主事件の解決までの道が見えています」


 こうやって見栄を張るに決まっているのだ。


「たった一つ、たった一つの質問に正直に答えてくださればこの事件は円満に解決しますね」


 帽子の鍔を人差し指で押し上げ、にやっと不敵な笑みを浮かべる。

 ああ、大見得を切ってしまった。これでやっぱりわからないなんて言い出したら、佐山さん怒るだろうなぁ……

 もはや見ていることしかできない僕は、ただその時をじっと待つ。


「質問? いいわ。なんでも答えるから、早く私が飼い主だって証明して」

「では、そうさせてもらいますね」


 そう言って、篠前さんは佐山さんに質問する……かと思いきや、ゆっくりと体の向きを変えて、ゆうかちゃんの方へと向いた。


「ゆうかちゃん。あなたの気持ちはわかります。それにあなたが嘘を吐いていることも。でもこの質問には正直に答えてください」


 ゆっくりと諭すように言う篠前さん。

 突然話しかけられてゆうかちゃんは困惑していたが、しかしゆっくりと頷いた。


「良い子ですね。では質問します」


 人差し指をぴんと立てて、探偵は一つ息を吸う。

 そして。


「――あなたのご両親のお名前を教えてください」


 その質問を口にした。


「……え?」

「……は?」


 僕と佐山さんはその意図を理解できず、戸惑ってしまう。いや、僕らだけではない。ゆうかちゃんですら、なんでこと人はこんなことを聞くんだろう、と不思議そうに首を傾げている。

 これは、先程と同じパターンだろうか。僕に猫が嫌いなのかと尋ねたように意味のない質問を格好つけてしただけなのか。

 あちゃーと天を見上げたくなるが、割って入ることもできず、僕らはゆうかちゃんが口を開くのを待った。


「おとーさんは早川(はやかわ)(とも)、おかーさんは早川(はやかわ)すず、だよ?」


 ……聞いてはみたが、特に何の変哲もない普通の名前だった。新しくわかったことといえば、ゆうかちゃんの名字が早川だったということぐらいか。ここから事件解決ができるとは思えない。

 どうしようもなく白けた雰囲気が辺りを包む……かと思いきや。


「え、嘘。どうして……?」


 佐山さんだけが明らかに反応を変えていた。

 戸惑い、困惑。先程までの意図がわからないゆえのそれではない。意味が分かって、そのうえで佐山さんは混乱していた。

 いったいその名前にどんな意味があるというんだ?

 篠前さんに向けて目で訴えると、彼女は微笑みを湛えた唇に人差し指を当てる。


「――さあ、解答編ですよ」


 その仕草は、昨日石段で見た与野前さんの仕草と、とてもよく似ていた。

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