scene .17 杞憂
シャルロッテはロルフの手を振り解くと、わき目もふらず石碑に駆け寄った。ロルフもそれに続いて石碑へと近づく。
何かゴルトに繋がる手掛かりが残っているかもしれない。
「うっ……ふぇっやだ……やだよぉ……」
周辺を調べようと石碑の後ろ側を覗き込んだロルフの後ろから、シャルロッテの悲痛な声が聞こえる。しばらくすると、石碑の前にしゃがみ込んで大きな声で泣き出した。
この場所は奥まった場所でそれほど人通りが多くはないが周囲には未だ営業をしている店舗もあるため、ここまで泣きじゃくられるとさすがに周りの目が気になる。そう思いロルフが近くに休憩できる場所はないかと辺りを見渡した時だった。
「ん? 待てよ」
何かに気づいたロルフが、小走りで石像の後ろへと回り込んだ。
「大丈夫だシャル、ゴルトは生きてる」
「うぇっぐ……ほ、ほんと?」
薄く赤みががった眼で自分を見るシャルロッテに、ロルフは静かに頷いた。
そして、ちょいちょいと指先を動かしてシャルロッテを呼ぶ。
「あれ……これって……」
苔で少し隠れてはいるが、石像の後ろ側に何やら見覚えのある落書きがあった。それは十数年前、ロルフがゴルトの実験を手伝わされている時に、暇を持て余したシャルロッテが実験室の壁に描いた落書きだった。
「という事はゴルトがこれを作ったと思わないか? リージア達の姿も見当たらないしな」
そうは言うものの、不安がないわけではない。
リージア達についてはここまでの道のりも、この場所にたどり着いてからも一切の気配を感じないため、恐らくゴルトが追い払うことに成功しているのだとは思うが、もしそうなのであればゴルトがこの場にいないという点に疑問が残る。更に、なぜ店の存在を消さなくてはならなかったのかという点も謎だ。街の人々の記憶を操作してまでそうせざるを得ない理由が何かあったのだろうか。
魔術をそれなりに学んできたロルフは、記憶の操作というものがどれほど難しいものなのかよく知っている。それをいとも容易く……であったかは分からないが、半日程度で街の人々全員の、しかもかなりの年月分の記憶を書き換えたとなると、必要な魔力量も半端なものではないはずだ。
リージアやロボット達をどうにか片付け、街の人々の記憶を操作し、その上で店舗からこの石像や石碑を創造した。そう考えれば、ゴルトでなくてもこの程度の粗の残る仕事になってしまう事は安易に想像がつく。――いや、むしろゴルトでなければこの全ての処理をこなすことはできなかったのではないだろうか。
今どこで何をしているのか知れないが、恐らくゴルトにはゴルトなりの考えがあって行動しているのだ。ゴルトは本当に、
「ねーねー! ロルフー!」
凄い人だ、ロルフがそう思うと同時に、シャルロッテに呼びかけられた。
ロルフの心配を余所に、シャルロッテはゴルトが生きているという言葉を一ミリも疑わず、いつもの元気さをすっかり取り戻している。
「どうした?」
「なんだかここだけカンカン鳴るの」
シャルロッテがかかとで地面を叩くと、確かにその一帯だけ普通の土では鳴らないような音がしていた。
ロルフはその場にしゃがみ込むと、近くに落ちていた枝で地面を削り取るようにして土を退けた。すると、金属の板のようなものが顔を覗かせた。
「ん? なんだろう、これ?」
シャルロッテはわくわくした様子で自身も枝を拾ってくると、ロルフが削った近くの地面を削りだす。
「んー? 何か書いてあるみたい?」
二人でしばらく削っていると、その板には文字らしきものがびっしりと書かれているようだった。
全容がおおよそ露わになったところで、ロルフは文章を初めから読み始めた。
「えーっと……そなたらがもたもたしておるから少し力を込め過ぎてしまったみたいじゃ。つじつま合わせというのはなかなか骨が折れるの。わしは疲れたからしばらく休暇を取る。――そう言えば、地下室の本は偽物だったのを忘れておった。本物を三人目に持たせておいたからの。――あとわかっておるかとは思うが、あれっぽっちの鉄の塊はわしの敵では有らぬからの。心配するなとシャルに伝えおけ。……――あ、そう言えば……」
そこまで読むと、ロルフは自身の能力を使って周りの土ごと鉄板を捻り潰した。
「ん? 終わり?」
その後にもずらずらと何事か書かれていたようだが、読む価値はないだろう。心配をして損をしたと言ったところだ。できれば先程の感心も返して欲しい。
「ロルフ怒ってる?」
「いや、ゴルトは元気みたいでよかったと思ってな」
「そうなの?」
ロルフはそれだけ言うと石像に近づいた。そして、背面から見て左端に立つ人物が後ろ手に持っている本に石化回復の薬品を振りかけると、それを魔道ポーチへと粗雑に突っ込んだ。




