scene .11 謎多き地下室
「ゲホッゲホッ」
何人かが咳き込む音と共に、足元で何かガラスのような物が砕ける音がした。
たった今まで感じていた地響きはなくなったものの、粉塵の中でも薄明るかったはずの周囲からは一切の光を感じられない。咳とガラスの割れた音の残響が聞こえなくなると、辺りを静けさが包み込む。
そんな中、足元がぽぅっと明るくなったかと思うと、陣らしき紋章が暗闇に浮かび上がった。そしてキラキラと煌めくと、埃が舞うように少しずつ散っていく。
その光がいくつか不自然に壁の方へ吸い寄せられているのに気づいたロルフは、発光の魔術を唱えた。
「ひぇっ」
「ま、眩しっ」
突然の眩しさに、誰からともなく悲鳴が聞こえる。
そして壁にかかった魔導ランプがその光を我先にと吸収したかと思うと、煌々と周囲を照らし出した。周辺を見渡すと、全員眩しそうな仕草をしているが、無事一人として欠けることなく、且つ他の要らざる者を連れてくることなくこちらへ移動できた様だ。どうやら難は逃れたらしい。
全員の無事を確認できてほっとするロルフの隣で、ロロが興奮したように目を輝かせて下を向いている。
「す、すごいわ!」
ロロの視線を追って床を見ると、足元にはびっしりと色々な魔法陣が描かれていた。
どの陣がどのような効果をもつのかすぐには分からないものの、この煩雑さを見るからに、ゴルトの描いた魔法陣で間違いなさそうだ。恐らくここは屋敷の地下かどこかなのだろう。
もしかすると、昔にゴルトが言っていた、屋敷にかけてある不可視魔術や他の場所からの転送陣を描き溜めた場所なのかもしれない。
「それで? この場所は安全なの? ここがどこだか知らないけれど」
気味の悪い場所に来てしまった、ヴィオレッタがそう言わんばかりに眉根を寄せる。
「コンメル・フェルシュタットのすぐ近くだが問題な」
「はぁ? 何よそれ! 意味ないじゃない!」
「いや、だから、話を最後まで聞け。ここは俺達の住む屋敷で、敷地全体にインヴィジブル系の魔術が幾重にもかかってるんだ」
「……あら、そ」
イラつくヴィオレッタに、ロルフは半ば呆れながらそう答えた。
本来、インヴィジブル系の魔術は不可視魔術と呼ばれるが、一度認知してしまうとその効果を感じられなくなるため、赤子の頃からこの場所で育ったロルフがそれを確認できるはずがなかった。普段ならば“らしい”そう語尾につけていたところだが、ヴィオレッタをこれ以上刺激したくなかいロルフが必死にそれを飲み込んだのは言うまでもない。
「まぁいいわ、こんなところ早く出ましょ」
ヴィオレッタのその言葉に全員が頷く。ロロのみ少し名残惜しそうだが、来たければその時にまた来ればよいだろう。
ゴルトの安否や、リージアの目的、人工的に色持ち能力を付与することが可能なのか。それに、リージアの言っていた、ロルフを恨んでいるというのは誰の事なのか。今すぐにでも知りたいことは山ほどあるが、それは外に出てからでも遅くないだろう。
「そうだな」
ドアに最も近かったロルフは、何の気なしに部屋の扉を開けた。だが、そこにあったのは階段などではなく、左右に広がる暗闇だった。
辺りを確認しようと覗き込むようにロルフが体を外へ出すと、ドアの隙間から漏れ出た部屋の光がふわふわと暗闇に吸い込まれていった。そして、その光を吸い込んだ、部屋にあるものと同じデザインの魔導ランプに光が灯る。その光を隣の魔導ランプが、更にその隣の魔導ランプが、と言う具合に順々に光が灯されていく。
「これは……」
見えなくなるほど遠くまで、それも左右どちらにもランプが続いているのを目の当たりにしたロルフは、眼鏡の両端を中指と親指で押さえるように手を添え、少しの間動きを止めた。
今までいた部屋すら広いものだったというのに、その部屋の広さが霞む程の広さがありそうだ。この広さは、屋敷の敷地の広さを優に超えている。
「なにぼさっとしてるのよ、早く出なさいよ」
痺れを切らしたヴィオレッタに背中を押され、ロルフは廊下に出た。続けて出たヴィオレッタも、後に続いた四人もあまりの広さに声も出ないようだ。
しばらくしてヴィオレッタが我に返ったように口を開く。
「ほ、ほら、早く案内なさい。ワタシは初めて来たんだからどの扉が地上に出られるかなんてわからないわ」
その点に関してはロルフも強く同意である。
地下室があることは昨日思い出したものの、それがこれほどに広いとは思いもしなかった。五人程が横に並び歩いても余裕のありそうな廊下には、今ロルフ達の出てきたドアと同じようなデザインの扉がそこかしこについている。全てのドアを確認していては地上に出られるのがいつになるかわからなさそうだ。
「ロルフさん! な、何かがこっちに……!」
モモの声にロルフが振り返ると、黒い塊のようなものがこちらに向かってやって来るのが見えた。