scene .22 早熟な少女
村長宅を後にしたロルフとクロンは、集合時間を決め捜索を開始した。ロロが家に戻る可能性を考慮して、父親には念のため自宅で待機して貰っている。
「どこも似たような街並みだな……」
民家や店、看板に至るまでほとんどが木によって作られているアルテトは、訪れたのが二度目であるロルフにとってどの場所も同じ様に見える。まだ探し始めて幾程も経っていないが、自分が現在どれ程の範囲を探したのかわからなくなってしまいそうだ。
次はどちらを探そうかと周りを見回したロルフの目に、一本の木が映った。その木は村の中でも少し高台に生えており、建物として利用されているのではなく、“木”として生えているようだった。しかし、目が止まった理由はそんな木が珍しかったからではない。その葉の隙間に、人影が見えた気がしたのだ。
「……行ってみるか」
気のせいである可能性も高いが、探していない場所であるため足を運ぶ分には無駄にはならないだろう。そう考えたロルフは周りに視線を配りつつ目標を見失わない様にそちらに向かう。
数分ほどでたどり着いたその場所は、数本の木とベンチがあるだけの小さな広場だった。木に登れば村を一望できそうだ。
「確か……」
広場に数本生える木の中でも一番立派な木を下から覗き込むと、先程見えた気がする影を探す。すると、木の葉の緑色の中に、それとは違う緑色のふわふわな尻尾らしきものが見えた。
ロルフは「ふぅ」と小さく息を吐くと、肘下まで捲られている袖を肘の上までずらし、手近な枝に手を伸ばした。木登りなんて何年振りだろうか。
「よっと……隣いいか?」
少しだけ乱れた息を整えながら、ロルフは大きな枝の上でちょこんと膝を抱え幹に寄りかかって座り込む少女の隣にそっと腰をおろした。
「オオカミのくせに木に登るなんて生意気ね」
「お褒めの言葉として受け取っておくな」
視線さえ動かさずに叩かれたロロの憎まれ口を軽くいなすと、ロルフは視線を前に向けた。
先程思った通り、村が綺麗に一望できた。広場からは木に遮られ見えていなかった場所も良く見える。マンティコアの炎により発生した火災で焼け焦げてしまっている場所も一部あるが、ここから見ると大した被害では無かったようだ。村中に張り巡らされている守りの結界のおかげだろうか。
「いい景色だな」
「まぁね」
先程の憎まれ口といい、今の返答といい、いつも通りのロロの様だ。
実のところ、非常に落ち込んでいたりするのではないかと思っていたロルフだったが、あまり心配はいらなかったのかもしれない。
「ここにはよく来るのか?」
「まぁね」
「今日は色々あったな」
「まぁね」
質問に対して同じトーンで同じ言葉を返してくるロロに、ロルフは少し苦笑する。
出会ってから数日間共に過ごしている訳だが、未だにこの少女が何を考えているのかさっぱりわからない。まぁ、とりあえずは逃げられなかっただけ良しとしよう。
「家には帰らないのか?」
「……まぁね」
「クロンも、お父さんも心配してるぞ」
止まってしまった返事に、ロルフは視線をロロへ向けた。
悲しいのか怒っているのか、何か思い詰めているかの様なロロは、無表情にも見える顔で景色ではなく足元を見つめている。そんな彼女にかけるべき言葉が見つからず、ロルフは眼鏡を直しながら視線を戻す。やはり、何かいつもとは違いそうだ。
「ねぇ」
少しの沈黙の後、ロロが口を開いた。
「どうして皆怒んないのかしら、わたしの周りの大人って」
「それって俺も入ってるのか?」
「当り前じゃない。あの時……あんな大けが負ったのにげんこつの一つもないんだもの」
思っていたのと違う言葉が返ってきたためか、ロロの視線が一瞬ロルフの方へ向いた気がするが、すぐに元の位置へと戻される。
「それに今だって、普通『いい景色だな』じゃないと思うのよね」
「はは、それもそうだな」
あまりロロを刺激しないようにと思って出た言葉ではあったが、そう言われるとぐうの音も出ない。
「でもいいの、わかったわ。それってきっと、あの時ロルフが言ってたみたいに、わたしが自分でしたことに対して反省して、直していけるって、それがわたしにはできるんだって、みんながそう思ってくれてるってことなのよね」
年の割にませた少女の思考は、ロルフが思っているよりもずっと大人びているようだ。だが、そう言ったロロの横顔はどこか浮かない様な、納得のいっていない様な、そんな雰囲気だった。
「でもね、今日の……今日のことはわからないの。でも多分……多分だけど、お兄ちゃんを取られちゃう気がしたんだと思う」
いつもならば絶対に口にしないであろう言葉を、ロロはゆっくりと、選び取るようにして口にする。
「ヴィオレッタのこと、大好きだった。ずーっとわたしの憧れの人だと思ってた。でも、今朝会った時から、なんだかもやもやしてて。それでさっき、お兄ちゃんがわたしじゃなくてヴィオレッタの側についていたのがなんだか許せなかった。……お兄ちゃん、なのに」
大人でも制御しきれるかわからない感情を、ロロはどうにかしようと一人で悩んでいた。薬の調合のように必ず答えがあるものだと信じて。幼いロロは知らなかったのだ、明確な答えがあるものばかりではないという事を。
「わがまま、なのかな。こんなんじゃお母さんに会ってもらえない?」
少しの間の後、そう言いながら久しぶりにロルフに向けられたロロの瞳からは、今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。
そんなロロにロルフは近づく。そして、左手で優しく少女の身体を引き寄せると、右手でその頭を撫でた。だが、事情を全く知らないロルフには、少女が欲しいであろう「そんなことない」という言葉をかけてやることはできなかった。