scene .20 脅威との決着
マンティコアの元へ戻ってきたロルフ達は、ヴィオレッタを中心に凍ったプラントバリケードを見上げる。
「さっさと片付けちゃいましょ。さ、早く破壊して」
「ヴィオレッタ、さっきの話聞いてたか?」
「嫌ね、ワタシを誰だと思っているの? あんなの長ったらしくて聞いてられる訳ないじゃない」
偉そうにそう言うヴィオレッタに、ロルフは頭を抱える。この身勝手猛獣使いには、再度説明する必要がありそうだ。
マンティコアの位置を探るため、まずはモモがプラントバリケードと交信する。その結果を踏まえて破壊する場所を決め、シャルロッテのファイアボールで部分的に破壊する。ヴィオレッタの出番はそれからだ。
「あぁハイハイ、わかったわよ。待てばいいのね、待てば」
二度目の説明を聞いたヴィオレッタは、退屈そうにプラントバリケードに寄りかかった。
――本当に大丈夫だろうか……ロルフが心の中でため息をつきながら視線をずらすと、少し離れたところでモモがこちらに向かって手を小さく振っているのが見えた。
ロルフが小走りで近づくと、モモは寒そうに手をさすりながら口を開いた。氷に触れていたのか、前髪も少し湿っておでこにまとわりついている。
「居場所がわかりました。ここから見て正面奥に、こちらに頭を向けて丸まっているみたいです」
「そんなことまで判るのか。ありがとうモモ」
「はい!」
初めて能力を発動させたときはどうなるかと思ったが、今となっては自分なりに能力と向き合っているらしい。プラントバリケードが想定よりも大きく生成できたのも、彼女の普段の特訓の成果だと言える。
嬉しそうに返事をしたモモを後ろに下がらせると、ロルフはシャルロッテを呼び指示を出した。
「シャルロッテ、ファイアボールで破壊だ。ここから、ここまで。少しずつでいい。できるか?」
「うん!」
ロルフに指示された通りシャルロッテがファイアボールを投げつける。すると、ジュウ……という音と共に、水蒸気か煙か、白い靄を上げながらプラントバリケードに小さな穴が開いていく。
日が落ちてからしばらく経っているため、辺りは薄暗く、少しの穴が開いたくらいでは中の様子は全く見えない。
「シャル、ダメだ」
中が気になったのか、穴から中を覗こうとするシャルロッテにロルフは待ったをかけた。モモに位置を教えて貰ったとはいえ、現在は移動している可能性もある。穴は小さいが、尻尾の先や爪を出すことはできるだろう。炎を吹き出すかもしれない。
と、そこへ、ただ待つことに耐え切れなくなったのか、ヴィオレッタがシャルロッテの元へやってきた。
「まだなの?」
「んーとね、言われたのの半分くらいかな?」
その答えを聞くか否か、穴の大きさを見て「これだけ開いていれば十分だわ」と言うと、ヴィオレッタは穴から中を覗き込んだ。
こぶし二つ程度の大きさの穴のため、ランプなどで照らすことも出来ずプラントバリケードの中は大分暗いはずだが、視線を捉えるのに明るさは関係ないらしい。ヴィオレッタは誰かと話しているかのように、顔や手を動かしながら時折ブツブツと何かを呟き始めた。
どれほども経たずして、ヴィオレッタが動きを止めたかと思うと、固唾を飲んで見守る一行の方へくるりと体を向けた。そして、サーカスでのショーエンドの時の様に両手を上に広げ、
「さぁ、皆下がりなさい! 最後の力を振り絞って、自分でここから脱出するそうよ」
そう言い放った。
「だ、脱出……? 説得は……?」
クロンはヴィオレッタの元へと駆け寄ると、心配そうにそう聞いた。いつもならば後ろで大人しく見ているだけであろうが、ヴィオレッタに任せると自分が言い出したが故に責任を感じているのかもしれない。
そんなクロンに、ヴィオレッタは「大成功よ」と言いながら得意気に片目を閉じた。
「空いた穴からなら自分の炎で檻を壊せると判断したみたい。彼女はなかなか頭の切れるマンティコアみたいね」
ヴィオレッタがその台詞を言い終えると同時に、プラントバリケードに空いた穴から大量の炎が吹き出した。
すると、みるみるうちに穴の周りから氷が解け、あっという間にバリケードの半分ほどが崩壊した。
その威力に一行が呆然と立ち尽くす中、蒸気の合間からマンティコアが顔を出す。長期戦の際に負った傷からか、足を引きずっているながらもその眼光は未だ鋭く、今にもこちらに飛び掛かってきそうだ。
思わず身構えたロルフ達を尻目に、ヴィオレッタは両手を広げてマンティコアへ近づいていく。
「よく頑張ったわね」
まるで我が子に会ったかのように、ヴィオレッタはマンティコアの大きな頭を抱きしめると優しく撫で始めた。マンティコアも、それに応えるようにごろごろと喉を鳴らしている。
「マンティコアってネコ科なんでしょうか……」
張り詰めた空気の中、何気なく思った事が口から滑り出てしまったモモはハッとして焦りだす。
そんな呟きを皮切りに、いざという時のため集まっていた人々の緊張の糸が切れ、誰からともなく歓声が上がった。