scene .10 新たな協力者
「妹?」
ヴィオレッタの意外な発言に、ロルフは思わず言葉を繰り返した。
可能性として考えていなかった訳ではないが、人一倍世間体を気にしていそうなヴィオレッタが、見ず知らずの人間に対して自分の評判が下がりそうなことを言いだすとは思ってもみなかったのだ。
「ええ、双子の妹がね。彼女――ローシャは昔から身体が弱くて。でも小さい頃は一緒に役者を目指していたのよ」
だから昨日の「役者になりたいのか」という質問に、僅かながら反応した訳か。容姿や背格好があまりに似ているのも、双子であるという事なら納得できる。
「貧しかったけれど、幸せだった……」
「あ、あのっ、妹さんならどうして止めてくれなかったんですかっ」
懐かしい日々を思い出すかのように遠い目をしたヴィオレッタに、モモはもっともな意見を投げかける。
「言ったでしょ? ワタシも探してるって」
自分の話に割り込まれたのが癪だったのか、ヴィオレッタは軽くモモを睨みつけながらそう言った。双子と言うのは性格も似ているらしい。
小さく「ひっ」と言いながら縮こまったモモを尻目に、ヴィオレッタは話を続けた。
「色々……色々あって妹とは生き別れたの。あれからもう、二十年位になるかしら」
唇を噛み俯きながらそう言う彼女からは、「思い出したくもない」そんな気持ちが伝わってくるようだ。
しばらくの沈黙の後、ヴィオレッタは顔を上げると少し強めの口調で話を再開した。
「ワタシの記憶の中のローシャも当時のまま止まってるのよ。小さな花や虫さえ大切にするような、そんな、優しい子だって」
ヴィオレッタは一度そこで言葉を止め、自分を落ち着けるように深く息を吸う。
「ちゃんと生きているのかすら心配していたくらい……だからちっとも信じられないのよ? でも話してくれるかしら、その襲撃の話」
妹となれば有益な情報を得られるかもしれない、少しだけ抱いた期待は外れた訳だ。そう思いつつ、ロルフは先日のココット・アルクスでの出来事をヴィオレッタに話した。
モモの故郷であるココット・アルクスに女が現れ、狂暴化したフクロモモンガを放ち暇つぶしだと言っていたこと。彼女の見かけは髪色などが違うものの、ヴィオレッタにそっくりであったこと。そして、お稽古、本番などと言っており、台詞を遮った少女に怒り狂ったことなどだ。
途中から腕を組み何かを考える素振りを見せていたヴィオレッタは、ロルフの話が終わると同時に口を開いた。
「そう、やっぱり信じられないわね。……それにおかしいわ、ローシャは色持ちではなかったはず」
後半は小さな声だったためはっきりとは聞こえなかったが、恐らくそう言ったのであろう。
魔術を使うのには基本詠唱や魔法陣が必要である。しかしあの時、ローシャはそんな素振りなくロルフに攻撃してきた。という事は色持ちである線が強いと考えるのが妥当だろう。だが、彼女がローシャであり、ヴィオレッタの言うように元々色持ちではなかったとしたら……いや、それよりも当時は自身の能力に気付いていなかったという方が可能性としては高いだろう。モモや、ロルフ自身もそうであったように。――ちょっと待て。ロルフがある違和感に気づくのと同時に、ヴィオレッタが再び口を開いた。
「でも仕方ないわね、ワタシも協力するわ。何も情報がないまま探し回るより、少しでも可能性がある方に賭けてみたいのよ」
ヴィオレッタはチラッとロロに視線を向け立ち上がると、先程ミネア達が出て行ったドアへと足早に近づいていく。
「それに悪評広められても困るしね。ワタシは団長と話をつけておくわ。今回の公演が終わってから捜索開始、それでいいわね」
「ちょっと待……」
ロルフの言葉を遮るように、手をパタパタと振りながら、「またね、クロン」そう言って部屋から出て行ってしまった。ロルフは閉められたドアをすぐに開け辺りを見渡したが、既にヴィオレッタの姿は見当たらなかった。
静まり返った部屋の中に、途中から爆睡していたシャルロッテの寝息だけが聞こえる。
「とりあえず……帰るか」
ロルフはシャルロッテを起こすべく体をゆすりながら、そう皆に声をかけた。
「ふぁあ……終わったの?」
シャルロッテは大きく伸びをしながら、気の抜けた声でそう言って辺りを見回している。どんな状況であっても、彼女はある意味で期待を裏切らない。
こんな朝早くに呼び出され、解けた疑問はたった一つ。それと引き換えに新しい疑問が出てきてしまった。
解けた疑問とは、サーカス団員であるヴィオレッタが、昨日なぜ突然街なかに姿を現したのかという小さな謎だ。サーカスが来団することで混雑した街の治安を維持するための見回りかと考えていたが、そんなことは団員ではなく警備員にさせればよい。ヴィオレッタは恐らく妹を探して来客達を観察していたのであろう。世界中を巡る、人気のある有名サーカス団に属しているからこそできることだ。
そこで人助けをしたのはたまたまか、はたまた根は良い人間なのかもしれない。
新たな疑問はと言うと――
「ロルフー! 早く帰ってご飯食べよー」
「ここに来る前に何か食べてたじゃない」
「あれ、そうだっけ?」
考え事をしている間に、全員部屋の外に出たらしい。
ロルフはこの後自分に襲い掛かる悲劇を知る訳もなく、部屋の外へと出て行った。