scene .9 襲撃者の正体
「ワタシね、探している人がいるのよ。もしかしたらアナタが見たっていうのもその子かもしれないわ」
そう言うとヴィオレッタは、自らスッと壁の中に吸い込まれていった。中でないと会話をするつもりはない、という事だろうか。
覚悟を決めたロルフ達が足を進めると、彼女にとっては可愛いペット、一般的には猛獣型モンスターと呼ばれる生き物達が広々とした檻の中を自由に闊歩している部屋に繋がっていた。通路の方が狭く、長い間ここにいたらこちら側が檻の中だと勘違いしてしまいそうな場所だ。
ヴィオレッタの存在に気付くと、モンスター達は甘えたような鳴き声を出しながら順に柵の方へとゆったりとすり寄っていく。彼女を母親か何かだと思っているのであろうか。そんなモンスター達を、ヴィオレッタは「いい子ね」などと言いながら撫で歩く。
「善人には噛みつかない様お願いはしてるけど、彼等にも気分があるの。責任は取れないわよ」
振り返らないままヴィオレッタから発されたその言葉に、近くにやって来ていたモンスターを撫でようと手を出しかけていたモモがスッと手を引いた。
「ここじゃ落ち着かないでしょうし、控室で話しましょ」
そう言って部屋に二か所あるうち一方のドアを開くと、ヴィオレッタは部屋に入るよう促す。開かれたドアの先は明るく、家具などが見える。今度は普通の部屋の様だ。
モンスターに気を取られて気づかなかったが、ロルフ達の入ってきた場所は部屋の突き当りであった様だ。突き当りと言っても、檻がコの字型に設置されているので、通路の際奥という方がしっくりくる。ドアどころか壁もないところから出てきたという事は、あらかじめ決めておいた場所に魔法陣などを用いて転送される仕組みになっているのだろう。
促されるがままロルフ達が順に部屋へと入っていくと、
「誰なのです?」
部屋の隅の椅子に腰かけた小柄な少女が怪訝そうな顔でロルフ達を見つめてきた。化粧をしていないので少し雰囲気は違うが、黒く長い髪を高い位置で二つにくくっているところを見ると、昨日の公演で綱渡り芸や軟体芸を披露していた子であろう。やたらと体格のいいピエロと共に芸を披露していたので印象に残っている。
「ミネア、ヴル、悪いけど少し席を外してくれるかしら。この人達と少し大事な話があるの」
最後に入ってきたヴィオレッタがドアを閉めながらそう言うと、人形のように少女の横でじっと座っていた大柄な男が小さく頷いた。
そして、男はゆっくり立ち上がると、少し不服そうな少女を連れてロルフ達の出てきたドアとは逆側にあるドアから出て行った。
ロルフは昨日配られたビラの裏面を思い出す。少女はヴィオレッタに呼ばれていた通りミネア、男がキュイヴルであっただろうか。ミネアは落ち着きのある普通の少女と言った様子だが、キュイヴルはまるで少女の後ろに身を潜めているかのような、大きな体に似合わず存在感のあまりない不思議な男だった。
「立ち話もなんだわ、掛けて頂戴」
その声かけに、緊張感もなく我先にとシャルロッテが椅子に座ると、他の面々も近くの椅子に腰かけていく。普段のようにふらふらと出歩かない辺り状況を理解してはいるようだが、誰の言葉であっても素直に聞き入れてしまうのは――仕方のない事か。シャルだしな……ロルフはいつもの様に小さくため息をつくと、自身も近くの椅子に座る。
「そんなに見回したって何の仕掛けもないわよ、ただの控室なんだから」
ヴィオレッタは、さりげなく辺りを観察していたロルフに文句を言うと、部屋の中で一番大きなソファに腰かけた。
調度品にはこだわっているのか、揃ってはいないものの、どの家具も高級品の様だ。ヴィオレッタの言う通り、特に怪しいところは見当たらない。
「さ、クロンはこちらへいらっしゃい?」
ヴィオレッタは自分の横をぽんぽんと叩きながら、他の椅子へ座ろうとしていたクロンを呼ぶ。
突然の指名に驚き、ビクッとして立ち上がったクロンに、ロルフは手を伸ばして制止した。
「待て、どうしてそうクロンに執着する?」
ヴィオレッタは驚いたかのような怒ったかのような表情をした。どうしてそんなことが分からないのか、そう言っているかの様だ。
「これだからカタブツの男は嫌ね。ワタシがカレを取って食おうって風に見える?」
あまり知らない人物ではあるが、やりかねない気はする。
そう思ったロルフの心を見透かしたかのように、ヴィオレッタは呆れたようにはぁ、とため息をついた。
「一目惚れよ、ひ・と・め・ぼ・れ」
そう言いながらぐるりと天井を舐めるように視線を動かすと、ソファに深く腰掛け直し、腕と脚を組んだ。
この状況で一目惚れ? その場にいる全員がそう思ったであろう。だが、ムスッと不機嫌そうに口を尖らせているヴィオレッタは、嘘をついているようには見えなかった。
微妙な空気を感じ取ったのか、しばらくして彼女は自分の感情を抑えるかのように右人差し指で八回ほど左腕をパタパタと叩くと、大きく息を吸って口を開いた。
「もういいわ、本題に入るとしましょうか」
名残惜しそうに投げかけられるヴィオレッタの視線を感じつつ、クロンはホッとした様子で元の椅子へ腰を下ろす。そして、クロンから視線を外したヴィオレッタは重要なことをさらりと言い放った。
「その子ね、多分ワタシの妹だわ」